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なけなしザッハトルテ8

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「ありがとう、士浪さん」

 耳元。
 優しい声が滑り込んでくる。体の真ん中に、じんと熱が灯った気がした。
 竹内さんの腕の中。温かい。広い。抱きしめてくれる腕の力が……やばい。きゅんとする!

「仕事で士浪さんに会えなくなるのは、やっぱり少し寂しいなって、一人でため息ついてたんですけど、なんか……安心しました。職場は離れてしまいますが、これからも私のそばに居てくださいますか?」

 そんなことを言う彼に、ドキドキと胸を高鳴らせ、震える息を吸い込む。

 ……ずるいよな、こんなの。そんなこと言われて、落ちないやついないって。

 抱かれる腕の中で竹内さんに視線を移し、俺は彼の唇に口付けた。
 柔らかくて、あったかくて、とろけるような甘いキス。竹内さんとの、初めての……キスだ。

「……ぁ、一誠さん……、ぅん」

 角度を変えて、何度も何度も繰り返すキス。終わらないのかと思うほど長いキスを繰り返す。今までの、セフレとするキスとは全然違う。エッチの、その場の雰囲気でしちゃうようなものとは比べ物にならない。湧き出るような幸福感だ。

 抱きしめあい、舌を絡め合い、息をすることすら忘れてしまう。

「ん、……ぁぁ、いっせ……さ……」
「士浪さん」

 ようやく離れた唇。だけど、ろくに焦点もあわないほどの至近距離。

「「好きです」」

 コンマ一秒の狂いもなく、二人……そう口にした。

 奇跡のように揃った告白に、俺達は目を丸め、そしてまた一緒に吹き出した。

「そんなことある!?」
「 “せーの” は、必要なかったですね」
「あははは!」

 笑い合い、そしてまたキスをして、ちょっとエッチな雰囲気になったけど、いいところで頼んでいた出前が配達されて、俺達はまた笑い合った。

 小さなテーブルにいっぱいの料理を並べ、竹内さんはキッチンへ立った。

「ワインでも飲みますか?」
「ワインあるの?」

 聞くと彼は頷いた。

「もちろん。私、ソムリエですから」

 え?

「一誠さんって、ソムリエなの⁉」
「アレ? ご存じなかったですか? ソムリエの資格を取ってからかれこれ十年くらいは経ちますかね?」
「そんなに!? え? あれ? ジャルディーノには、いつ……来たんでしたっけ?」
「店には四年前に」
「それまでは何してたの?」
「水道業を」

 知ってるわ!!

 俺の心のツッコミを察知した竹内さんはクスクス笑いながら「小さなバーで小遣い稼ぎをしていました」と返事した。

「家からはあまり家財道具を持ち出して来てはいませんが、ワインとか、お酒とか、シェーカーやお気に入りのグラスなどは全部持ち出してきました」

 にしし、と歯を見せて笑う竹内さんは冷蔵庫を開けて一本のワインを俺に見せる。

「乾杯はスパークリングワインにしましょうか」

 細いシャンパングラス。注がれるワイン。気泡がぱちぱちとさわやかに弾ける。

「じゃあ、乾杯しましょう」
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