上 下
55 / 60
【結】 俺たちの答え

しおりを挟む
 夏の暑い日──。
 思い出を塗り替えてくれと差し出したスプーンを思い出す。
 銀色のスプーンの奥から俺を見る嵐の瞳。何を考えてるのかよく分からないポーカーフェイスだけど、あの時スプーンではなく手を取られてキスされたこと……、一気に思い出した。

 嵐……。

 こんなことを言われて、ようやく嵐の優しさに涙が込み上がる。

 嫉妬してないはずが無いんだ。けどそれ以上に嵐は俺のことしか考えてない。自分を犠牲にしてでも俺のことを優先させる。

 嵐……。嵐……!

 俺はクラッシュゼリーのボールを作業台に置くと、そっと嵐を抱きしめた。

「無理しなくていいんだ、嵐。俺は嵐に充分思い出を塗り替えてもらってる」

 嵐を安心させてやりたくて言ったのに、嵐は俺よりずっと大人で俺よりずっとずっと優しかった。

「そうだとしても、今無理してるのは俺じゃなくて兄ちゃんだよ。俺は兄ちゃんの過去も全部ひっくるめて愛してる。だから無理して作らないなんて言わなくていいし、兄ちゃんがいつかちゃんとあの男を過去だと思えた時、またコレを作ればいいと思う」

 寺島が、嵐を「いい男」だと言った。本当に…、本当にそうだと思う。

「俺はどんな兄ちゃんでも……愛してるよ。だから安心して」

 ……これは無償の愛だ。見返りなど求めない無償の愛。それを、俺なんかが貰っていいのか?

「嵐……」
「ありがとう」

 優しい瞳で礼を言われた。礼を言いたいのは、俺の方なのに。
 意味が分からなくて首をかしげると、嵐は眉を下げて苦笑いをこぼした。

「高校生の俺なんかを選んでくれて、本当にありがとう。正直……勝算ないと思ってたから」

 やっぱり……臆病者。俺と同じ……。お前よくそんなで、寺島のこと殴れたな。すげぇよ……。どこまで、……どこまで俺のこと好きなんだよ……っ。

「バカ……。俺だって嵐のこと……愛してる」

 そっと踵をあげ、愛しくて優しい嵐に口付けた。

 ピントも合わないくらいの距離。
 嵐はこつんと額を合わせてくると、踵を上げる俺を抱き上げて作業台へと座らせた。

「うん、そうみたいだね……。安心した」

 そう言って優しく笑うと、またキスをして、きつくきつく抱きしめられた。

「でも…、嬉しかったから。名前……、俺の名前を呼んでくれて、ありがとう……!」

 いろんな感情が全部喜んでいるみたいな、おかしな感覚がした。

 でも、なんか分かった……。
 嵐はポーカーフェイスで言葉数は少ないけど、めちゃくちゃ素直だ。寺島とはまた違った素直さ。

 勝算はないと思ったとか、安心したとか、名前を呼んでくれてありがとう……なんて。全然背伸びしようとしてない。俺のせいでいっぱい無理させてると思ってた。実際無理してる時だってあると思う。でもなんか……、俺が素直になったら、嵐もきっと背伸びをしない気がする。


「いくらでも呼ぶよ……」


 やっぱり俺たちに理性や背伸びは必要ないんだ。必要なのは素直な心と、無償の愛だけ。
 この名前を呼び続けていられることを、俺は永遠に望むよ。

 

「嵐」






ー 完 ー
しおりを挟む

処理中です...