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エッグバトル、予選開始!
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今までのダイジェストが流れる。そのVTRを見ながら、陽一は呆然と考え事をしていた。本当は番組観覧に行かせてもらう手筈だったのだが、正直そんな気分じゃなくなった。
家では両親が夕飯を食べていて、一緒に食べなさいと何度も言われたけど、無視してテレビの前から離れなかった。
テレビ画面の中で動き回る太一の姿を見つめながら、自分の中に渦巻く様々な思いがドロドロになっていく様を感じとる。生き残れと思う反面、落ちてしまえとも……思ってしまう。
ずっと応援してきたくせに、自分の都合が悪くなると落ちればいいなんて思っていることに、陽一は酷く自己嫌悪した。泣いてしまいそうで、必死に堪える。
太一と一緒に居たい。離れたくない。
そんな感情ばかりが優先される。けど、太一はそれを望んでいない。テレビに映る兄は “ここに居たい” と全身で訴えているから。
太一が望む世界は陽一のいない芸能界という世界。スポットライトを浴びて、大衆に笑顔を振りまき、煌びやかな衣装を着て、マイクを持って歌う……、そんな世界。
そこに自分の存在は皆無で、陽一は悔しくて、悲しくて……震えてしまうほど寂しかった。
そう感じることが、今までなかったわけじゃない。太一が遠い存在になって行くことを感じてはいても、それでも平然を装っていられたのは、自分と太一がバラバラになるなんてことは絶対にあり得なかったからだ。部活を終えて学校から帰れば、大抵はそこに太一が居て、仕事で夜遅くに帰ってきても、朝には顔を合わせる。
この家に自分と太一がいる。それが当たり前だったからだ。
だけど、それが……崩されそうになっている。
父の転勤先。それは広い海を越えて日本の裏側。アメリカ合衆国。
これでも一応、栄転だった。だけどそれは喜べるものじゃなくて、住み慣れているこの家に、日本に、駄々を捏ねてでも残りたいに決まっていた。ましてや今は太一が一番大事な時で、デビューできるかどうかの瀬戸際。デビューが決まってしまえば、太一は一人、日本に残ることになる。
それはあの日、家族会議で決まったことだった。
事務所の寮へと入り、日本に一人で残る。しかし、このデビュー争奪戦に生き残れなければ、太一は家族と共に日本を離れることになる。もとより、芸能界に居続けることを熱心に応援していなかった両親。ある程度で足を洗って欲しかった両親の思いと、太一の夢とを天秤にかけ、こういう結論に行き着いた。
陽一は、そんな条件がついてしまうなら、いっそ落ちてしまえばいいのにと、醜い感情に支配されそうになっている。そんな己の汚さに泣いてしまいそうで……、だけど、太一の追っている夢を自分が一番に応援してやるんだという思いもまだ捨てきれなくて。
じわりと込み上げてくる涙を流れる前に指で拭った。
太一が……好き。
それは綺麗な兄弟愛、というよりは不道徳で醜悪な兄弟愛。
抱いてはいけない感情。
けど、こんな時だからこそ、その感情は素直なまでに増幅して、陽一を侵食していく。
誰にも渡したくはない。例えそれが“その他大勢のファン”だとしても。
自分だけ親に連れられ渡米し、太一と離れ離れになるなんて絶対に許せなかったし、太一の隣にいるのは雪村でも志藤でも一ノ瀬でもなく、自分なんだと怒りさえ覚えるのだ。
落ちろ。
いや、受かれ。
でも、……落ちろ。
感情のコントロールもままならない。テレビはVTRが終わり、ライブ中継映像へと切り替わった。画面左端に見える白い衣装の太一に、陽一はたまらず涙を零した。
「……ぅ……ッ、うぅ」
抑えきれなかった嗚咽に、両親は静かに心を痛めた。
家では両親が夕飯を食べていて、一緒に食べなさいと何度も言われたけど、無視してテレビの前から離れなかった。
テレビ画面の中で動き回る太一の姿を見つめながら、自分の中に渦巻く様々な思いがドロドロになっていく様を感じとる。生き残れと思う反面、落ちてしまえとも……思ってしまう。
ずっと応援してきたくせに、自分の都合が悪くなると落ちればいいなんて思っていることに、陽一は酷く自己嫌悪した。泣いてしまいそうで、必死に堪える。
太一と一緒に居たい。離れたくない。
そんな感情ばかりが優先される。けど、太一はそれを望んでいない。テレビに映る兄は “ここに居たい” と全身で訴えているから。
太一が望む世界は陽一のいない芸能界という世界。スポットライトを浴びて、大衆に笑顔を振りまき、煌びやかな衣装を着て、マイクを持って歌う……、そんな世界。
そこに自分の存在は皆無で、陽一は悔しくて、悲しくて……震えてしまうほど寂しかった。
そう感じることが、今までなかったわけじゃない。太一が遠い存在になって行くことを感じてはいても、それでも平然を装っていられたのは、自分と太一がバラバラになるなんてことは絶対にあり得なかったからだ。部活を終えて学校から帰れば、大抵はそこに太一が居て、仕事で夜遅くに帰ってきても、朝には顔を合わせる。
この家に自分と太一がいる。それが当たり前だったからだ。
だけど、それが……崩されそうになっている。
父の転勤先。それは広い海を越えて日本の裏側。アメリカ合衆国。
これでも一応、栄転だった。だけどそれは喜べるものじゃなくて、住み慣れているこの家に、日本に、駄々を捏ねてでも残りたいに決まっていた。ましてや今は太一が一番大事な時で、デビューできるかどうかの瀬戸際。デビューが決まってしまえば、太一は一人、日本に残ることになる。
それはあの日、家族会議で決まったことだった。
事務所の寮へと入り、日本に一人で残る。しかし、このデビュー争奪戦に生き残れなければ、太一は家族と共に日本を離れることになる。もとより、芸能界に居続けることを熱心に応援していなかった両親。ある程度で足を洗って欲しかった両親の思いと、太一の夢とを天秤にかけ、こういう結論に行き着いた。
陽一は、そんな条件がついてしまうなら、いっそ落ちてしまえばいいのにと、醜い感情に支配されそうになっている。そんな己の汚さに泣いてしまいそうで……、だけど、太一の追っている夢を自分が一番に応援してやるんだという思いもまだ捨てきれなくて。
じわりと込み上げてくる涙を流れる前に指で拭った。
太一が……好き。
それは綺麗な兄弟愛、というよりは不道徳で醜悪な兄弟愛。
抱いてはいけない感情。
けど、こんな時だからこそ、その感情は素直なまでに増幅して、陽一を侵食していく。
誰にも渡したくはない。例えそれが“その他大勢のファン”だとしても。
自分だけ親に連れられ渡米し、太一と離れ離れになるなんて絶対に許せなかったし、太一の隣にいるのは雪村でも志藤でも一ノ瀬でもなく、自分なんだと怒りさえ覚えるのだ。
落ちろ。
いや、受かれ。
でも、……落ちろ。
感情のコントロールもままならない。テレビはVTRが終わり、ライブ中継映像へと切り替わった。画面左端に見える白い衣装の太一に、陽一はたまらず涙を零した。
「……ぅ……ッ、うぅ」
抑えきれなかった嗚咽に、両親は静かに心を痛めた。
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