上 下
223 / 312
“チームメイト”

しおりを挟む
「ユキくん、待って。一緒に帰ろう!」

 そう誘われ、雪村は返答もせずに一ノ瀬と並んでスタジオを出た。

 一人になるとあれこれ消極的なことを考えてしまうから、誰かが隣にいる方がいい。そんな風に思いながらも、本当はゆっくり考えなきゃならないことだと分かってもいる。

 志藤に思いっきり噛み付かれた。いつも自分の後ろをちょこまか付いて回っていた志藤に。

 事務所が経営している小さな劇場。そこでANNADOL達はライブを行い、経験値を上げていく。大抵その出演は曜日ごとに割り振られ、毎回でもないのだが、雪村と志藤はほとんどその先頭に立って月曜メンバーを引っ張ってきていた。
 月曜日のセンターは、ずっとこの二人で務めてきたのだ。気持ちいいタイミングでいつもフォローが入る。自分がセンターに立つと、その後ろに藤本と志藤が立つが、圧倒的に志藤のパフォーマンスの方が藤本より一枚上手で、客席への煽りだってとても上手かった。

 雪村が失敗することはほとんどない。ほとんどないけど、ゼロではない。歌い出しがズレることも、ステップが出遅れることも、フォーメーションチェンジが上手くスイッチできないことだって、そりゃある。ゼロではない。
 けど、そのミスを志藤はいつも完璧にフォローした。そしてミスした雪村にいつもニコニコ笑いかけ、まるで「大丈夫」と言っているような優しい瞳を向けてくれるのだ。

 ステージ上での志藤は信用できた。ずっとパートナーとしてやってきたから、誰よりも一番やりやすい相手だった。

 そんな風に……本当はずっと思っていた。けどそれを口にしてやれなかったのは、雪村のつまらない “照れ” のせいだ。

 客席に笑顔を振りまき、ステージ袖で見学している後輩エッグ達にも笑顔で対応し、それでも一旦楽屋に戻ると、二つしかないシャワールームへ一番に姿を消し、サッパリして出てくるはずの志藤は、いつも半端なく疲れた表情をしていた。

 そんな姿、誰も気に留めない。だけどそれをずっと見ていたのは雪村だった。
 楽屋で志藤へ話しかける者はいない。黙々と髪を乾かし、黙々と着替え、衣装とタオルを洗濯ボックスに放り込む。

 志藤は、いつも一人。

 それを構いに行く勇気が振り絞れなかったのは、一体なんだったのか。周りに流されていただけ?
 それは……ないとは言い切れない。雪村だって普通の少年だから。

 そりゃもちろん、裏のありそうな面構えをしている志藤を怪しがっていたのは事実だ。ストレスを溜め込んでそうだなとか、嫌味を言っているエッグに一度くらい嫌味言い返してやれよとか、多少なりヤキモキしていた。
 けど、助けに行かなかったのは……何故だ?

 周りに、流されていたからだ。
しおりを挟む

処理中です...