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過去:真夏の微熱

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「柄沢くん。彼女出来たの?」

 皆で岩ちゃんちの倉庫に集まっている時、そう聞かれた。

「え? うん。いるけど?」

 八月。扇風機が首を振るだけの暑い暑い倉庫の中。皆で他愛ない会話をしながら、バイクを弄ったり、バイク雑誌を見てはしゃいだり、それこそ女の話をしたりして一日の暇を過ごしていた。

「どんな人?」

 優臣が麦茶の入ったペットボトルをくるくる手の中で回しながら聞いてくる。

「どんな……。いい女だよ」

 そう返答すると、仲間がひゅ~なんて言う。

「写真見せてやれよ。今回の女、エロそうだよな~!」

 俺じゃなくて直人が携帯の写真を優臣へ見せた。

「これこれ。ミオちゃんね。地元の子なんだけど、二週間くらい前か? 付き合いだしたの」
「そうだよ」
「綺麗だろ? まじ上玉」

 直人がそう言って同意を求めたが、優臣は嫌悪感丸出しの声で、「尻軽そう」って呟いた。
 その一言に、みんなピタっと喋るのをやめて、不思議そうに優臣を見た。そんなことを言うタイプだと俺含め、誰も思っていなかったからだ。

「尻軽?」

 俺が不機嫌にそう聞き返すと、優臣はじっと俺を見て、「うん」と頷いた。

「お前俺に喧嘩売ってんのか?」

 どこの世界に彼女を悪く言われて笑って許す彼氏がいるって言うんだよ。
 持っていたスパナを握り返す俺に、直人が慌てて「ストップ! ストップ!」と割り入ってくる。

「ちが、違うよな? エロそうだな~、セクシーだな~って意味でしょ? ね? そうだよね!」

 無理やりそうだと言わせようとする直人だったが、優臣は首を振った。

「ううん。って言ったんだよ。誰とでもエッチしそう。飯島くん一度誘ってみなよ。きっと抱かせてくれるよ」
「おい!」

 思わず声を上げると、直人が大急ぎで背中に優臣を隠した。

「落ち着け落ち着け! 臣もほら! 早く謝れ!」

 倉庫内にいるほかのメンバーが苦笑いしながら、「落ち着け、柄沢」と俺を宥めに来るが、誰も俺の味方にはならない。優臣はすっかり皆の「可愛い子ちゃん」になっている。

「なんで俺が落ち着かなきゃなんねんだよ! 臣がおかしいだろうが!」
「ちょちょ、待て待て。お前と臣じゃ臣が圧倒的に不利だろ。とりあえずスパナ置けって、あぶねぇから」

 俺が皆に抑え込まれたのを確認したのか、優臣は直人の背中から姿を現すと「帰る」と言って逃げるように岩ちゃんちの倉庫から姿を消してしまった。
 みんなが、帰ってしまった優臣を「可哀相」なんて思っていたのは歴然で、俺の方がよっぽど可哀想だろと思った。彼女を悪く言われたんだぞ? あいつ、俺の女に会ったこともないくせに。
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