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現在:幻

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 その日を境に、優臣はたびたび俺の前に現れるようになる。
 それは必ず、梓の近くだった。俺の右隣には来てくれない。手の届かない距離に梓を見る時にしか、優臣は姿を現さなかった。

 近づけば消えてしまう。触れようと手を伸ばしても消えてしまう。じっと見つめる分には、優臣は消えずに梓のそばに居た。

 目を凝らして優臣を見る。
 いつも表情がよく見えないんだ。笑っているのか、泣いているのか……。いや、俺は……一度だって優臣の泣き顔を見た事が無い。あいつは、全然泣かない男だったから。いつも笑って、辛いことも痛いことも、笑顔で耐えた。そして決して何にも屈することのない綺麗な男だったんだ……。

「柄沢さん?」

 目の前で梓が俺を覗きこむ。
 置き去りにされた幻にはっと我に返ると、優臣も一緒に消えた。

「どうしたの? 何見てるの?」
「いや……、何も見てない。ごめん、ぼーっとしてた」

 頭を振って目頭を押さえる。これは優臣の亡霊なのか。それともただの幻なのか……。ゆっくりと呼吸を繰り返し、俺の左隣に座った梓を見つめる。

 “お前は左に座るのか”

 そう思ってしまったけど、梓は場所なんて拘らない。右にも、左にも、前にも後ろにも座る。俺の周り、全部一人占めする。

「梓」

 名を呼ぶと、梓は「ん?」と首を傾げ、そして俺の前髪にそっと触れた。

「疲れてる? 少し休んだ方がいいんじゃない?」

 優しい梓。そういえば、優臣にはこんなこと……言われたことなかったな。俺がどれだけ疲れてたって、「家まで送って」といつも強請った。それはまるで、二人一緒にいる時間が一番の「癒し」だと知っていたみたいに。

「あぁ……そうだな。少し休むよ」

 目が覚めれば、今度こそ優臣の表情が見えるだろうか。願わくば、……笑っていて欲しい。それを願って止まない……。
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