上 下
105 / 116
空を満たす何か

旅行は自分の行きたい所に行くから楽しいんです

しおりを挟む
「それじゃあ行こうか。僕らの国は国に住む者同伴じゃないと入れないんだ。」
ミカエルさんが説明してくれる。天使な名前なのにその名前を持つ本人は、人を救うどころか陥れる側だとは心がもやっとする。

「僕達の羽で飛べばすぐだよ。だから僕達に捕まってね。……大きい君たちは……うん、まぁ、僕達に触れていたら飛べるから。」
そう言って私はミカエルさんに手を取られた。ツニートやアノーリオンの大きさに戸惑った精霊達は、二人を六人がかりで運ぶことにしたようだ。カーミラさんも大柄なため三人がかりだ。

ふわりと足が地面から浮いたと思えば、繋いだ手に力がかかることはなく、風の圧も感じなかった。快適、まさにその一言に尽きた。空を滑るように飛んで暫くすると、森の中心部に築かれた国が見えてきた。

「森の中心に国がある…。」
ジ○リに出てきそうな幻想的な光景だった。嘘の精霊のイメージが強く、もっと暗く黒い街並みでおどろおどろしいかと思ったら、白い建物が多く、以前写真で見たギリシャの風景のような華やかさがあった。

そしてミカエルさんは私の呟きに律儀に返した。
「まぁね。森でしか生きられない妖精や精霊もいるから。人間の傍で力を強くする者もいたけれど、尽く人間によって滅ぼされたんだ。人間達に有益な種もね。今はもう僕達の国にしかいない生き残りも多い。」

そう語るミカエルさんは、嘘の精霊らしからぬひたむきさがあった。淡々と語るようで何かを懇願するような切実な響きの中に、偽りは一切見えなかった。何というか、司る資質と本音が一致していないような気さえした。

国の入り口に下ろされた。門は美しい繊細な装飾がついた白い石の門で、所々に薔薇が絡んでいた。門の中から見える街並みは洗練された美しさがあった。
「この国の特産はなんですか?」
里のみんなにお土産を買って帰ってあげたいのだ。そしてお土産のどさくさに紛れてケット・シーの人達をもふるという素晴らしい計画を立てたのだ。

「この流れでよくそれ聞けたね。普通は人間が憎いかとか、何でラヴァル達に協力したのかとかじゃない?あとは国にある価値のある宝石とか薬とかさ。」

「いえ。人間が憎いという話はもうお腹いっぱい胸いっぱいです。強いていうなら妖精や精霊にまつわる面白い話か感動する話をしてほしいな、くらいしか思いません。」

「……土産物には妖精印の羽衣か靴かな。羽衣は光に透けるように煌めくのが美しく、更に保温にも優れていると評判だね。靴は履く人を良い方向に導く祝福がかけられてるんだ。精霊言語が読めるなら詩集もお勧めだよ。
……っていつから僕は君のガイドになったんだ……。」

やっぱりこのミカエルさんは頼られたら断れないタイプの世話焼きさんだと思われる。律儀に教えてくれるし、揚げ足を取るような言葉遊びも何故か仕掛けてこない。

「あぁ、もう着いたね。国の中で花は手折っちゃだめだから気を付けて。それから石畳から覗く草や花も踏んではだめだよ。生まれたばかりの妖精や精霊がそこにいるんだ。踏まれたら呪いをかけられるか、最悪その妖精達が死ぬからね。」

注意事項までしてくれるなんて思ってもいなかった。意外。

「その妖精達が死んだら何か不都合があるんですか?」
「妖精や精霊は淀みを浄化する能力があるけれど、生まれたばかりの妖精や精霊が殺されると淀みになるんだ。しかも出来た淀みが淀みを呼んで更に増えるから厄介なんだ。妖精や精霊の誕生は祝福だから、その現場に出会ったら大人しくしておく事だね。」

悪ぶって怖がらせようとしているようだが、その内容は親切心というチグハグさに何故か胸がきゅんとした。可愛い所もあるではないか。

「嘘の奴らに大人しくしておけと言われるなんて、何だか釈然としないわね。それに妖精の羽衣なんて私達の商売仇じゃない。」
そう突っ込んだのはカーミラさんだ。

『妖精の呪い……。かけられた奴、知ってる…。』
ツニートが顔を青褪めさせて呟いた。アノーリオンも何やら顔色が悪い。
「それは儂の倅の事じゃな…。」
思ってたよりも身近で事故に合っていたらしい。
なんでも、アノーリオンの息子さんは星が殊更に綺麗だった夜、鼻歌を歌いながら星を眺めていたところ、道に落ちていた栗を踏んだという。

「運が悪いことに、生まれたての妖精が宿る栗の木から落ちたものでな…。更に悪いことに、その木が最初に実を付けたものが落ちたものでもあったんじゃ…。」
「うわ……。それじゃあ息子さんはどうなったの……?」
「何度交換しても寝床はいが栗になり、何を食べてもいが栗に口内を刺され、外を歩くと何処からともなくいが栗が飛んできておったわ……。」

栗怖っ。あれ意外と凶器よね…。

「カーミラに呪い避けの衣を織ってもらうまでの1年はひたすら泣いておったわ…。馬鹿息子め…。衣を纏ってからも暫くは栗を見ると失神するほどじゃった。」
息子の話なのにアノーリオンも涙目だった。
流石のミカエルさんもあまりの事態に引いていた。
「……植物は自分で動けないだろう?それ故に自分を愛し慈しんでくれる者に執着し、独占したがる資質があるんだ。だから植物系の妖精や精霊は特に感情の起伏が激しいし執念深いんだ。よく恋愛関係で酷い目にあった人達を見るから関わるときは気をつけると良い。さ、街中に移動しよう。」
ミカエルさんの言葉にアノーリオンは身体をびくりと強張らせた。よく見ると鱗も逆立っているようだった。
(あれ。アノーリオンは嘘の精霊とも確執があったんだっけ?里の皆を傷付けたのはラヴァルさん達だけれど、嘘の精霊はそれに関わっていたっけ?)

皆がミカエルさんの号令に続いて門を通る中、私はアノーリオンにそっと声をかけた。
「……大丈夫?嘘の精霊と関わりたくないなら、里の皆と一緒に……」
「……いいや、大丈夫だとも。心配をかけてしまったな……。過去に、嘘のやつらはラヴァル達に先んじて仕掛けてきたことがあったのじゃ。まぁ未然に防げたから気にしておらなんだが…。ただ、あやつらを見ているとどうもラヴァルの顔が、死んでいった仲間達の最期が、脳裏に思い浮かんでなぁ……。」

項垂れるアノーリオンの鼻面をぎゅっと抱きしめた。しんどい思いをしてまで今回の計画に協力してくれる事が堪らなく嬉しかったし、塞がりかけの傷をこじ開けてしまったようで申し訳なかった。アノーリオンはぽろりと涙を溢した。
「なんと情けない…。あれから何百年経ったと思っておるのじゃ……。」
この老いた竜が負ってきた傷の深さに、たまらなく胸が傷んだ。

暫くすると落ち着いたのか、アノーリオンが身じろぎをした。目が合うとどちらともなく笑みを溢した。
「儂の心が耐えきれなくなったとき、いつも気付くのはカエデじゃなぁ。もう一人の図体のでかい孫は何をしておるのだ。」
「ふふっ。ツニートも心配してるよ。」

ふわっと重力を感じさせずに目の前に降り立ったのはミカエルさんだった。
「ふぅん。貴方がかの有名な竜族の長か。僕はミカエル。宜しくね。二人とも遅いから迎えに来たよ。」

ミカエルさんの挨拶にアノーリオンは頷くだけだった。

そうして誰の所有しているお家なのかは分からないが、白亜のお城に着いた。ディ○ニーの姫が住んでいてもおかしくない程美しいお城だった。

通されたのは舞踏会を行えるような大広間だった。但しそこに広がっているのはドレスを着た婦人達ではなく、いくつかのテーブルとイス、そしてそのテーブルを囲う人達だった。

(カジノみたい。あっちは多分ポーカー?奥は麻雀?何か賭けてる………それにしてもここには嘘の精霊しかいない。)

不思議なのは、お城と城を飾るインテリアは大変可愛らしいのに、そこにいる嘘の精霊達に違和感を感じない所だ。
(嘘の精霊にこんな可愛いインテリアの趣味の人がいるんだ…。)

「じゃあ早速やろうか!ルールは君達が来るまでに皆に説明してあるからね。」

その一言に、広間に集まっていた精霊達の目が一斉にギラついた。

嫌な予感しかしなかった。














    
しおりを挟む

処理中です...