黒い花

島倉大大主

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第一章:朝霧未海

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 未海の棲むアパートは二階建てで部屋数は六。未海の部屋は二〇一で、階段は二〇三の前にある。二〇二に住むお隣のおばちゃんこと松浦みずほとは家ぐるみで仲が良いのだが、二〇三の住人とは一度も会ったことが無かった。みずほの話では若い厚化粧の変な女が時々帰ってくるとのことだった。琴音はネット番組のスタジオとして時々使われている、という噂を聞いてきた。
 未海は大いにその話に興味を覚えた。
 一度ちょっとだけお邪魔してみたい。もしお友達になれたら、ネットの番組に出れて、それをママと一緒に見れるかもしれない。
 そう思うと、いてもたってもいられなくて、未海は学校の帰りに、こっそりとドアの郵便受けから中を覗いてみたりした。
 だが、中は真っ暗で何もわからなかった。
 それから数か月、未海が待ちに待った夏休みがやってきた。
 色々と計画を立てていた未海だった。しかし、日を追うごとに気分が重くなっていく。酷く熱い夏で、暑さが苦手な彼女だったが、それ以上に気分を参らせているのは『真っ黒いモノ達』だった。
 二年前に比べ、モノ達には慣れてきた。行動もパターン化されているので、動揺する事はかなり少なくなった。
 だが、真っ黒いモノ達は違った。
 そいつらは人の形に近い、薄ぼんやりした影みたいな存在だ。頭があり、手があって、足がある。だけど、指や目鼻は無く、所々薄くて後ろの風景が透けて見えたりしており、かろうじて人型、なのである。
 普段は日陰等にぽつんと佇み、全体を震わせているだけ。足も腕も全く動かさない。未海の行動範囲内では二体しか見かけなかった。
 だから、未海は黒いモノ達は安全だな、と考えていた。 
 しかし、夏休みに入る直前にその考えは覆された。
 下校時に、未海は強烈な視線を感じた。それは今までに何度も感じた、モノ達の前を通る時に感じる『視られている』感じを何十倍にもしたような、うなじを平手で叩かれるような感触だった。
 普段はこういう視線を感じた時は、視線の方を見ずに、なるべく急いでその場を離れるのだが、あまりにも強烈だったので、未海は振り返ってしまった。
 真っ黒いモノが道の真ん中に立っていた。
 右手の部分が殆ど欠けているから、学校近くの工事現場のやつだ、と未海は思った。
 でも、どうして、ここに?
 その疑問は、すぐに氷解する。
 黒いモノはゆらゆらと揺れながら、未海の方に近づいてきているのだ。スピードはカタツムリのように遅く、手足は全く動いていない。だが、確実に、じりじりと向かってきている。
 そして、強烈な視線。
 一人じゃない。
 未海はそう感じた。
 大勢が、物凄い大勢があたしを見ている。でも、でも――目の前には黒いモノは一体しかいないのに……。
 未海は、歯を食いしばって家まで走って帰った。途中で何度か振り返ったが、黒いモノは振り切ったように思えた。
 だが、次の日、今度は登校中に別の場所で出くわしたのだ。強烈で複数の視線も同じだ。前日に遭遇した場所から、家の方にやや近くなっているように感じる。
 未海は無視して、そのまま班の人達と登校した。一度後ろを振り返ると、黒いモノは追いかけては来ていないようだった。
 下校時には、別の道を使う。そして次の日の朝、未海は黒いモノが自分の家に徐々に近づいてきていると確信した。
 そして、夏休みの初日、家の近くまでそいつは迫ってきていた。相変わらず、カタツムリみたいな鈍い移動だ。もしかしたら、うちに来るのは二月も先になるかもしれない。そうやって無理やり安心しようとしていた未海。だが、新たに家の西側に一体。北の方に二体の黒いモノ達がいるのを発見してしまったのだった。

 やっぱり、ここを目指してるんだ!
 でも、何で? 何でここを目指してるの?
 私の秘密は誰にも言ってないのに……。

 更に、悪い事は続く。
 ある日、未海は黒いモノ達が喋っているのを聞いてしまったのだ。ひそひそと同じ言葉を繰り返し囁いているのだ。
 そいつらの姿や声を見えず聞こえず、という琴音ですら妙な気配を感じているらしく、時々家の窓の外を見て首を捻っている。四日前の事だが、未海の部屋の下、一階の一〇一のベランダに、一体の黒いモノが遂に到着してしまったのである。

『あれがおきる』

 何度も何度も黒いモノ達はそう囁いている。

 おきる、とはどういう意味なんだろう。何かが起きる? 目が覚める? 横になっていたのが起き上がる? 
 ママに聞いてみたい。
 でも、パパが出て行ってからママはとても忙しそうで、すごく疲れている。私がこういうことを言って、また、パパの時みたいな事になったら、ママは倒れてしまう。

 悩む未海の頭にふっと浮かぶ顔があった。
 隣のクラスの、最近友達になった少女。
 ひいらぎ麗香れいか
 彼女に相談できたら――そう考える未海だったが、琴音の忠告がその度に頭を過る。
 結局そのまま数日が過ぎた。相変わらず黒いモノ達は同じことを囁いている。そして、新しい奴らが学校の裏に一体。工場の脇の側溝の中に一体。そして公園の滑り台の下に一体。二丁目の猫が集まる空き地に三体現れた。大きさや形は全部違う。だが、強烈な視線と異常に遅い移動速度、目的地、そして同じことを皆、何度も囁いているのだ。

『あれがおきる』

 そして今日、八月四日、朝霧未海はアパートの廊下で立ち尽くしているのだ。
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