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第三章:歩き種
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「読んでみろ」
おばちゃんの許可の言葉よりも若干早く、真木は一番上の和綴じの本を手に取ると、ぱらぱらと目を通し始める。あたしも肩越しに覗き込むが、達筆すぎる文字は全く読めず、ページをめくるスピードにもついていけなかった。
仕方なく、巻物に手を伸ばそうと考え、いや、でもなあ、また読めそうもないしなあ、と諦めて筒を手に取った。
片手で持てるが、意外に重い。ゆっくりと持ち上げると、中で固い物がごとりと動くのがわかる。筒は漆塗りのようで、金箔で豪奢な絵柄が装飾されていた。木のように見える。
「これが、御神体の『大いなる木』ですか?」
あたしの質問におばちゃんは首を振った。
「いや、御神体はちっぽけな像があったんじゃが、持ち去られてしまったわ。
その中に入っているのは呪術で使う『杭』だ。『鞭』と呼ぶ者もいる。大いなる木から切りだした木片を加工した、との話だ」
「へえ……開けても大丈夫ですか?」
「構わんよ」
筒の蓋をひっぱるとポンッという間抜けな音がし、うっすらと嗅いだことのない香が周囲に漂った。真木が本から顔を上げた。
筒をゆっくりと傾けると杭がするりと出てくる。
真っ黒だった。
着色したのか、焼いたのかはわからないが、ともかく深く黒い。長さは三十センチ弱、太さは直径五センチぐらい。先端は削られ尖っており、胴体の部分は小学生が彫刻刀でがりがりやったような、深さも長さも不揃いの文字みたいなものが彫り付けられている。不思議な事に杭の角度を変えると、文字の中にキラキラと光る砂のような物が見えた。
「……とんでもない物が出てきましたね」
いつの間にか真木が眼帯をずらして杭を見ていた。
「何が見えるんだ?」
「木の杭さ。ただ、中から色々な光が漏れて見える。金色でもあり銀色でもあり……」
「ど、どういう物なんだこれ?」
「うーん、杭なんだから、刺すものなんだろうね。で、中に入ってる力を使って、刺した対象にダメージを与える。恐らくは、力の発現に霊能力の類を使う……ってところかな?」
真木は頭を振って、物騒な物だねえ、と本に目を戻した。
おばちゃんは驚いた、と呟いた。
「当たりじゃ。何故わかる? それに、お前の目、そりゃあどうしたんだ?」
「ま、色々込み入ってるんですよ。ある日、突然、才能がってやつでしてね……」
真木は本を閉じ巻物を手に取って広げた。うっという呻き声に、あたしは再び真木の後ろに回ってそれを覗き込んだ。
台紙の部分は新しいようだが、本紙、張り付けてある紙は黄ばみ、所々欠けている。
「うわっ……」
あたしも思わず呻いた。
巻物には趣味の悪い絵が描かれていた。両端には何事か文字が書かれているが、相変わらず達筆すぎて、ほぼ読めない。だが――
「かみむし?」
あたしは読むことができた二つの文字を口にした。真木が口を開く。
「ああ。神さまの虫と書いて、『しんちゅう』と読む。こいつのことだろうな」
巨大な真っ黒い塊が折り重なった人々の山の上に乗っていた。虫と言われれば、成程、足のような細長い物が何本か塊から生えている。メタボなザトウムシ、部分ダイエットをした肥満ゴキブリ、まあ、そんな感じだ。
「京さん、これ」
真木が指差す所、絵の端の方にあたしは目を凝らし、そして固まった。
初めは絵の皺、経年劣化により染み、そんな物に見えた。
だが、よく見ればそれには手足がある。
人だ。
真っ黒い人。
それが、絵のあちこちに描かれている。
「こ、これは、なんだ!?」
「神虫は奈良だったか京都だったか忘れたが、まあ絵巻物に描かれた神様みたいなものだ。そっちの絵では病魔、災厄の象徴である小鬼を鷲掴みにしている。勿論色は黒くない。
千鶴子さん、これは何ですか?」
「お前、そっちの本を読んだんだろう? ほれ、その子に説明してやりなさい」
おばちゃんは薄笑いを浮かべた。真木はしばらく顎を掻いていたが、立ち上がった。
「いいでしょう。ところで、千鶴子さん」
真木はスマホをおばちゃんに突きつけた。
「僕は説明を終えたら、真相究明の為にある動画をここで視聴します。御助力願えますか」
おばちゃんは、はあ? という顔をした後、何かに思い当たったようにハッとして、立ち上がった。
「それは――」
「一之瀬裕子が『あの山で何をしでかしたか』が判る代物ですよ」
おばちゃんは震えだした。
「そ、そんな馬鹿な。あの子は――ネットに!」
「そうです。よりによって『人造神虫』を録画した動画を、ネットに公開したんです」
おばちゃんはがくりと腰が抜けたように座りこんだ。
「なんということを……」
あたしはたまらず声を上げた。
「お、おい、説明! 何だ『人造』って?」
真木は踵(かかと)を鳴らしてこちらをざっと振り向いた。
「どうやらこの様子では御老人のフォローは受けれないようだが……まあ、ともかく説明しようか」
あたしは椅子に戻ると腿の上で拳を握り、背筋を伸ばした。真木はスマホを懐にしまい細長い指を組み合わせひらひらと動かすと、悪戯っぽい笑みを浮かべて喋り出した。
おばちゃんの許可の言葉よりも若干早く、真木は一番上の和綴じの本を手に取ると、ぱらぱらと目を通し始める。あたしも肩越しに覗き込むが、達筆すぎる文字は全く読めず、ページをめくるスピードにもついていけなかった。
仕方なく、巻物に手を伸ばそうと考え、いや、でもなあ、また読めそうもないしなあ、と諦めて筒を手に取った。
片手で持てるが、意外に重い。ゆっくりと持ち上げると、中で固い物がごとりと動くのがわかる。筒は漆塗りのようで、金箔で豪奢な絵柄が装飾されていた。木のように見える。
「これが、御神体の『大いなる木』ですか?」
あたしの質問におばちゃんは首を振った。
「いや、御神体はちっぽけな像があったんじゃが、持ち去られてしまったわ。
その中に入っているのは呪術で使う『杭』だ。『鞭』と呼ぶ者もいる。大いなる木から切りだした木片を加工した、との話だ」
「へえ……開けても大丈夫ですか?」
「構わんよ」
筒の蓋をひっぱるとポンッという間抜けな音がし、うっすらと嗅いだことのない香が周囲に漂った。真木が本から顔を上げた。
筒をゆっくりと傾けると杭がするりと出てくる。
真っ黒だった。
着色したのか、焼いたのかはわからないが、ともかく深く黒い。長さは三十センチ弱、太さは直径五センチぐらい。先端は削られ尖っており、胴体の部分は小学生が彫刻刀でがりがりやったような、深さも長さも不揃いの文字みたいなものが彫り付けられている。不思議な事に杭の角度を変えると、文字の中にキラキラと光る砂のような物が見えた。
「……とんでもない物が出てきましたね」
いつの間にか真木が眼帯をずらして杭を見ていた。
「何が見えるんだ?」
「木の杭さ。ただ、中から色々な光が漏れて見える。金色でもあり銀色でもあり……」
「ど、どういう物なんだこれ?」
「うーん、杭なんだから、刺すものなんだろうね。で、中に入ってる力を使って、刺した対象にダメージを与える。恐らくは、力の発現に霊能力の類を使う……ってところかな?」
真木は頭を振って、物騒な物だねえ、と本に目を戻した。
おばちゃんは驚いた、と呟いた。
「当たりじゃ。何故わかる? それに、お前の目、そりゃあどうしたんだ?」
「ま、色々込み入ってるんですよ。ある日、突然、才能がってやつでしてね……」
真木は本を閉じ巻物を手に取って広げた。うっという呻き声に、あたしは再び真木の後ろに回ってそれを覗き込んだ。
台紙の部分は新しいようだが、本紙、張り付けてある紙は黄ばみ、所々欠けている。
「うわっ……」
あたしも思わず呻いた。
巻物には趣味の悪い絵が描かれていた。両端には何事か文字が書かれているが、相変わらず達筆すぎて、ほぼ読めない。だが――
「かみむし?」
あたしは読むことができた二つの文字を口にした。真木が口を開く。
「ああ。神さまの虫と書いて、『しんちゅう』と読む。こいつのことだろうな」
巨大な真っ黒い塊が折り重なった人々の山の上に乗っていた。虫と言われれば、成程、足のような細長い物が何本か塊から生えている。メタボなザトウムシ、部分ダイエットをした肥満ゴキブリ、まあ、そんな感じだ。
「京さん、これ」
真木が指差す所、絵の端の方にあたしは目を凝らし、そして固まった。
初めは絵の皺、経年劣化により染み、そんな物に見えた。
だが、よく見ればそれには手足がある。
人だ。
真っ黒い人。
それが、絵のあちこちに描かれている。
「こ、これは、なんだ!?」
「神虫は奈良だったか京都だったか忘れたが、まあ絵巻物に描かれた神様みたいなものだ。そっちの絵では病魔、災厄の象徴である小鬼を鷲掴みにしている。勿論色は黒くない。
千鶴子さん、これは何ですか?」
「お前、そっちの本を読んだんだろう? ほれ、その子に説明してやりなさい」
おばちゃんは薄笑いを浮かべた。真木はしばらく顎を掻いていたが、立ち上がった。
「いいでしょう。ところで、千鶴子さん」
真木はスマホをおばちゃんに突きつけた。
「僕は説明を終えたら、真相究明の為にある動画をここで視聴します。御助力願えますか」
おばちゃんは、はあ? という顔をした後、何かに思い当たったようにハッとして、立ち上がった。
「それは――」
「一之瀬裕子が『あの山で何をしでかしたか』が判る代物ですよ」
おばちゃんは震えだした。
「そ、そんな馬鹿な。あの子は――ネットに!」
「そうです。よりによって『人造神虫』を録画した動画を、ネットに公開したんです」
おばちゃんはがくりと腰が抜けたように座りこんだ。
「なんということを……」
あたしはたまらず声を上げた。
「お、おい、説明! 何だ『人造』って?」
真木は踵(かかと)を鳴らしてこちらをざっと振り向いた。
「どうやらこの様子では御老人のフォローは受けれないようだが……まあ、ともかく説明しようか」
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