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第四章:黒い花
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足の下が揺れ始めた。
未海ちゃんが道路に転がる。
あたしも足をとられ道路に転がる。
それでも、起きる。また転がる。
のろのろと起き上がった未海ちゃんは、スマホを取り出して眺めると、また空を見上げた。
「未海ちゃん!」
ぼんやりした顔で空を見上げている彼女の足が、アスファルトから離れた。
あたしは走りながら声を張り上げる。
「待ってて! 今行くから! どこかに掴まって、手を伸ばして――」
と、尻ポケットに突き刺さるような熱い感覚が起った。あたしはそれを取り出すや、手の平に乗せ、未海ちゃんの方に掲げる。
「未海ちゃん! これ!」
未海ちゃんがゆっくりとこちらを向く。
今度は手の平に突き刺すような熱さが産まれた。
あたしは振りかぶると、それを未海ちゃんに投げつけた。
こつん、と小さい音を響かせ、未海ちゃんの額に当たった蛙は小石よりも小さいのに、吸い上げる力をものともせずにアスファルトにことんと着地した。
「……あれ? あたし――浮いてる?」
「未海ちゃん!」
あたしの声に未海ちゃんは、四肢をばたばたと動かし始めた。足は完全に地面から離れ、今や逆さまになりながら吸い上げられつつあった。
「きゃっ……いや、お、お姉ちゃん! た、助けて!」
その声に、あたしは最後の数メートルを、思い切り道路を蹴って飛んだ。細くて、発疹が治りかけた腕をなんとか掴む。
だが、上昇は止まらない。
「何かに掴まれ!」
野町さんの叫びが聞こえる。
雲が穴に吸い込まれ始めた。
真木の車ががくがくと震動している。右手の辺りに転がっていた塀の欠片が、固い音を立てて転がり、ついで浮く。
あたしの体も少しづつ浮き始めた。踏ん張ろうにも力が入らない。今更ながら御霊桃子に、いたぶられたのが効いてきたようだ。
くそっ……。
「先輩っ! せーんぱーーーい!」
肩越しに振り返ると、真木はまだ空を眺めていた。
「おい! ヒョロナガトカゲサイコ野郎! てめえ、あれだけ散々べらべら喋っといて、結局、『黒の世界』の思う通りか! 人生滅茶苦茶にされた挙句に、一体化したいですって、お前どんだけお花畑野郎なんだよ! 戦えよ、この野郎!
おい!
なんでもいいから、あたしを助けろって、この先輩野郎――」
御霊桃子だったモノが爆発した。
周りの空気がきゅっと絞られるような感覚になるや、鈍くて重い音と共にマンホールの蓋が吸い上げられた。
駄目だ、もう――
「いやいや、京さん、僕は意識を失っていたわけではなくてね、これを見逃す手はないとじっくりと観察していたのだよ。見届けるのは僕らの使命――そう思わないかね?」
未海ちゃんの手を握ったあたしの足、それを掴んだのは真木だった。その足を野町さんが掴み、その野町さんの胴体に香織さんがロープを巻きつけていた。ロープの先は真木の車の後部のウィンチだ。
あたし達は、静電気付き下敷きに引っ張られる髪の毛のごとく、空中で静止した。
「ふっはははは、中々に間抜けな状態ですなあ!」
「うるせえ、ゴミ屋! 笑ってないで何とかしろ!」
「うぇーん、よし君、愛してるわあ!」
やけくそなやり取りに、あたしは振り返ると、真木と互いに、にやりと笑い合った。
「ったく、なーにが使命だよ。先輩、『黒の世界』に魅かれてたんだろ?」
「失敬だな! 僕は理性の人だよ。とはいえ、仮にそうだったとしたら、それは、病気のようなものだ。君は風邪をひいた人間に、熱を出したなと攻めるのかね? まったくもって、とんだドSだな!」
「お褒めに与り光悦至極だね。ところで、先輩、マヨネーズってどっから持ってきたんだ?」
「ああ、あれですか。裏口が壊れていた家があったので中に入って失敬したのだよ。舐めるかね?」
あたしは吹き出した。
「いらないよ」
「そりゃ残念。では――餞別にしましょうかね」
真木はあたしの足を掴んでないほうの手で、マヨネーズのボトルを放り投げた。そこそこ重いそれはくるくる回りながら、上空の黒い穴に吸い込まれていく。
「御霊桃子さーん! あなたに素敵なプレゼントですう!! そっちに行っても、頑張ってくださいねー、永遠にねえ! オーイエーーーッ!!!」
真木は、ぎゃははははっ、とここぞとばかりに高笑いをした。あたしの頭の中に、御霊桃子の叫びが響く。
あたし達はアスファルトに投げ出された。真木のぐえっという声に、野町さんの毒づく声が被さる。
真っ黒い巨大な花が、夜の空に咲いた。
それはやがて薄れ、萎み、跡形もなく消えて行った。
あたしと未海ちゃんと小さな蛙の間に、半分になったマヨネーズのボトルが落ちてきた。それは三度跳ねると、中身をどろりとアスファルトにぶち撒けた。
未海ちゃんが道路に転がる。
あたしも足をとられ道路に転がる。
それでも、起きる。また転がる。
のろのろと起き上がった未海ちゃんは、スマホを取り出して眺めると、また空を見上げた。
「未海ちゃん!」
ぼんやりした顔で空を見上げている彼女の足が、アスファルトから離れた。
あたしは走りながら声を張り上げる。
「待ってて! 今行くから! どこかに掴まって、手を伸ばして――」
と、尻ポケットに突き刺さるような熱い感覚が起った。あたしはそれを取り出すや、手の平に乗せ、未海ちゃんの方に掲げる。
「未海ちゃん! これ!」
未海ちゃんがゆっくりとこちらを向く。
今度は手の平に突き刺すような熱さが産まれた。
あたしは振りかぶると、それを未海ちゃんに投げつけた。
こつん、と小さい音を響かせ、未海ちゃんの額に当たった蛙は小石よりも小さいのに、吸い上げる力をものともせずにアスファルトにことんと着地した。
「……あれ? あたし――浮いてる?」
「未海ちゃん!」
あたしの声に未海ちゃんは、四肢をばたばたと動かし始めた。足は完全に地面から離れ、今や逆さまになりながら吸い上げられつつあった。
「きゃっ……いや、お、お姉ちゃん! た、助けて!」
その声に、あたしは最後の数メートルを、思い切り道路を蹴って飛んだ。細くて、発疹が治りかけた腕をなんとか掴む。
だが、上昇は止まらない。
「何かに掴まれ!」
野町さんの叫びが聞こえる。
雲が穴に吸い込まれ始めた。
真木の車ががくがくと震動している。右手の辺りに転がっていた塀の欠片が、固い音を立てて転がり、ついで浮く。
あたしの体も少しづつ浮き始めた。踏ん張ろうにも力が入らない。今更ながら御霊桃子に、いたぶられたのが効いてきたようだ。
くそっ……。
「先輩っ! せーんぱーーーい!」
肩越しに振り返ると、真木はまだ空を眺めていた。
「おい! ヒョロナガトカゲサイコ野郎! てめえ、あれだけ散々べらべら喋っといて、結局、『黒の世界』の思う通りか! 人生滅茶苦茶にされた挙句に、一体化したいですって、お前どんだけお花畑野郎なんだよ! 戦えよ、この野郎!
おい!
なんでもいいから、あたしを助けろって、この先輩野郎――」
御霊桃子だったモノが爆発した。
周りの空気がきゅっと絞られるような感覚になるや、鈍くて重い音と共にマンホールの蓋が吸い上げられた。
駄目だ、もう――
「いやいや、京さん、僕は意識を失っていたわけではなくてね、これを見逃す手はないとじっくりと観察していたのだよ。見届けるのは僕らの使命――そう思わないかね?」
未海ちゃんの手を握ったあたしの足、それを掴んだのは真木だった。その足を野町さんが掴み、その野町さんの胴体に香織さんがロープを巻きつけていた。ロープの先は真木の車の後部のウィンチだ。
あたし達は、静電気付き下敷きに引っ張られる髪の毛のごとく、空中で静止した。
「ふっはははは、中々に間抜けな状態ですなあ!」
「うるせえ、ゴミ屋! 笑ってないで何とかしろ!」
「うぇーん、よし君、愛してるわあ!」
やけくそなやり取りに、あたしは振り返ると、真木と互いに、にやりと笑い合った。
「ったく、なーにが使命だよ。先輩、『黒の世界』に魅かれてたんだろ?」
「失敬だな! 僕は理性の人だよ。とはいえ、仮にそうだったとしたら、それは、病気のようなものだ。君は風邪をひいた人間に、熱を出したなと攻めるのかね? まったくもって、とんだドSだな!」
「お褒めに与り光悦至極だね。ところで、先輩、マヨネーズってどっから持ってきたんだ?」
「ああ、あれですか。裏口が壊れていた家があったので中に入って失敬したのだよ。舐めるかね?」
あたしは吹き出した。
「いらないよ」
「そりゃ残念。では――餞別にしましょうかね」
真木はあたしの足を掴んでないほうの手で、マヨネーズのボトルを放り投げた。そこそこ重いそれはくるくる回りながら、上空の黒い穴に吸い込まれていく。
「御霊桃子さーん! あなたに素敵なプレゼントですう!! そっちに行っても、頑張ってくださいねー、永遠にねえ! オーイエーーーッ!!!」
真木は、ぎゃははははっ、とここぞとばかりに高笑いをした。あたしの頭の中に、御霊桃子の叫びが響く。
あたし達はアスファルトに投げ出された。真木のぐえっという声に、野町さんの毒づく声が被さる。
真っ黒い巨大な花が、夜の空に咲いた。
それはやがて薄れ、萎み、跡形もなく消えて行った。
あたしと未海ちゃんと小さな蛙の間に、半分になったマヨネーズのボトルが落ちてきた。それは三度跳ねると、中身をどろりとアスファルトにぶち撒けた。
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