黒い花

島倉大大主

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終章

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「――というわけで、未海ちゃんの方はうまくいってるみたい。
 いやあ、良きかな。なんか未海ちゃん経由でそのお友達が先輩に会いたいって言ってるらしい」
「……たしか君が幽体離脱した時、朝霧親子のいた部屋に入れなかったのだったね?」
「あー、そういや、そうだった」
「その結界を張ったのは朝霧未海だが、指示したのは、その子なのだろうな」
「その子が蛙をくれたらしいね。で、なーんで、その子は未海ちゃんを覚えていたわけ?」
 コホン、と電話の向こうで真木が堰払いをした。
「長くなるのか?」
「いや。現時点では推論しか言えないから短いね。例の陰陽師のお伽噺を覚えてるだろ? 彼がお偉いさんに渡したお札には『小動物』が描かれていた」
「……そういえば、あの本にも蛙が描いてあった――婆ちゃんとこの玄関の置物も!」
「蛙はひらがなで表記した場合、様々な意味が含まれる。
 そのうち一つが『物事が元の状態に戻る』だ。
 恐らくだが、人造神虫にはそういう安全装置のような因子が組み込んであるのだろうねえ」
「へえ、そりゃまた……」
「ま、推測だよ。
 御老人――君の祖母殿にもそれとなく聞いてみたのだが、彼女は知らないようだったな。
 だから、まあ……ここは友情が起こした奇跡って事でいいんじゃないかな。
 もしくは、その柊麗香という子が霊的直観力とでも呼ぶべきものを使った。恐らくは君の祖母殿も、無意識で蛙を手元に置いたんだろうなあ……。
 ところで、他にも報告があるという事じゃあなかったのかい?」
 あたしは、ああ、と返事をしながら電話の子機を片手にベッドに仰向けに寝転がった。黄色いむにゅっとしたクッション――あたしは餅クッションと呼んでいる――を足で挟んで持ち上げ、お手玉を始めた。
「ん? なんだね、そのさりっさりっという音は」
「ああ、餅をちょっとね」
「餅? ふむ? で?」
「実は婆ちゃんなんだけど、あの家に戻った。今はうろつくのも無くなって、時々うちに遊びに来る。なんか近所付き合いもうまくいってるみたい」
「恐らくは君と話し込んでいる姿を近所の人が目撃した所為だろうな」
「へ? なんで? まあ、確かにあたしと喋ってるの回覧板回しに来た人とかに見られたけど……」
 電話の向こうから真木の忍び笑いが聞こえた。よくよく耳を澄ますと低い機械音みたいな物が聞こえる。
「なんか、モーターみたいな音がするな」
「実は今保管庫に来ていてね。ここは冷房が効いて涼しいから」
 あたしは餅を足の先でぐしゃっとひしゃげさせた。
「保管庫って、特産廃の?」
「うむ。
 本日先程、人造神虫事件の特産廃が届いてね。御老人から譲り受けた『杭』、いや正式名称は『鞭』か。あれと『人造神虫に関わる文献』。被害者宅、及び御霊桃子の車から回収した『歩き種の映像が入ったハードディスク』を特産廃として保管することになった」
「ああ、動画を消して終わりってわけにはいかなかったんだ」
 電話の向こうから真木の溜息が聞こえた。
「……いやな話を聞きたいかね?」
「イヤダー、キキタクナイヨー」
「よし、聞きたいか。じゃあ話して進ぜましょう。
 覚えているかね? アパート包囲戦の隔離対策に、お偉いさんが関わってきたがっているって話があっただろう。あの系列の人間がどこかに紛れていたらしくてね、人造神虫を知っている人間が増えたんだよ」
「……まさかと思うが、それを利用したいという馬鹿がいるって言わないよな?」
 ガァンと金属音がした。
 なにか、バケツ的な物を蹴ったらしい。ガランガランと音が響いている。
 おお、怒ってる怒ってる。電話越しにビリビリきてるでぇ。
「……ふぅ、失礼。金属的な物に八つ当たりをしたところだ。
 僕も無理やり面談させられたんだがね、あのおっさん曰く『平和的に紛争を解決させるのに使えそうじゃないか』だとさ」
「で、どうした?」
 あたしの問いに真木は嬉しそうに笑った。
「くくく……どうした、とは?」
「まさか無傷で返したりしなかっただろうな?」
「おお怖い怖い。まあ、ライターの蓋を跳ね上げるところまでいったが、野町さんに止められたよ。
 その後は同席していた公機捜特のトップの御方が引き継いでくれたけどね。
 可愛そうにあのおっさん、鼻と鎖骨を杖で砕かれて、のた打ち回って色々漏らしてたねえ。思わず動画に撮っちゃったよ~。いやあ、ネットにアップしようかなって言ったら、泣きながら土下座したよ~」
 あたしは、うはははっと笑い、それから長く息を吐いた。
「ってことは、とりあえずは一件落着?」
「ああ。迷惑をかけたね、京さん。今度ちゃんとした高級なご飯をおごらせてくれたまえ」
 あたしは、はいはいと生返事をしつつ、餅クッションを蹴り上げ続ける。
「……全部終わったんだよな? 御霊桃子は間違いなく、あっちに行ったんだよな?」
「間違いなく行ったよ」
「証拠は? 死体が見つからなかったとかは無しで」
「奥歯に物が挟まったような言い方はやめ給えよ、京さん。
 僕は今、御霊桃子のスリーサイズが言えるんだ。つまりは、彼女は『黒の世界』に行ってしまったという事さ」
 あたしは溜息をついた。
「安心したよ」
「うむ。彼女は『黒の世界』がある日突然終わるまで、きっとマヨネーズの歌と共にあるのさ」
「地獄だ……。ところで『黒の世界』がある日突然終わるってのは、何か根拠があるのか?」
 真木はしばらく無言だった。洞窟を歩くような足音が規則的に響く。
「多分来るさ。だって、この宇宙だって突然始まって突然終わるって言われているじゃないか?」
「ほう、いきなりスケールがデカくなったなあ」
 真木の笑い声が聞こえた。多分、間違いなく、絶対に上を見上げて、耳まで口を裂けさせているに違いない。
「宇宙! 考えてみてくれ京さん! 僕達の周りの酸素水素窒素、原子に分子、これらが他の世界から取り込まれた物である可能性、これゼロではないと思わないかね? 
 つまりは僕らの住んでいる世界だって、『黒の世界』と同じようなものかもしれないのだよ。
 ビッグバンは爆発だと言われているよね? 爆発して、何処かに穴を空けて、そこから大量に色々流れ込んできた……これが僕達の宇宙の始まりかもしれないわけだよ!」
「お、おう」
「そして! 今もその穴は塞がっていないかもしれない! 
 そしてそして! 僕達の世界に捨てられた奴もいるかもしれない!
 神よ! 悪魔よ! ゴミ捨て場よ!」
 あたしは餅クッションを股に挟むと、拍手をした。
「よーし、その辺でいいだろう」
「御清聴ありがとうございました。さーて、京さん! 一つ頼みがあるのだが!」
 あたしは顔を歪めた。
「テンションが高ぇと思ったら、やっぱりか。勘弁してください。うちでゴロゴロしていたいです」
 ひひひっと真木の笑いが電話の向こうで木霊する。
「ところが君はこれからも僕に協力しなくては、ならんのだなあ。
 御霊桃子が君の祖母を縛り上げた時にいた謎の男達、覚えているだろう?」
「……まあね」
「連中がどういう人物か判ったのだよ。聞きたいかね?」
「嫌だと言っても喋るだろうに」
「ほほう! 正解だ!
 で、連中だが、仲介業者だった」
 あたしは目を瞑って、くそっと毒づいた。
「そういう特産廃を専門に横流ししている連中かよ……。野町さんに言っとけよ」
「言ったさ。だがね、君、よく聞きたまえ。実はあの教団から色々と特産廃が流出しているのが判明したのだよ。一之瀬教祖は教団の箔の為に、凶悪な特産廃を買い漁っていたのだ。これは君の祖母は知らない情報でね、御霊桃子の自宅の捜索で判明したんだ。つまりそれが――」
「御霊桃子の資金源、か。畜生め!」
「そういうことだよ。君には姉の尻拭いの為に今後も協力を願いたいのだ」
 あたしは大きく溜息をついた。
「……日当は?」
「一日、二万出そう」
「マジか」
「マジさ。危険手当も付けよう。まずは『窓』辺りを捜そうと思っている」
「『窓』ぉ? 何だそりゃ?」
「ほほ、すまんね、電話ではちょっとねえ。それに『窓』捜索はまだ情報収集の途中でね。後日、目途がついたらお知らせということで、ね」
「……んじゃ、この電話は終わりという事で」
「いやいやいやいやいや!
 実は他にも仕事の依頼が色々来ていてねえ! 人手不足という奴に僕は悩んでいるのだよ! そこで、さっきの日当の話なんだがね、どうだい、同じ額を出そうじゃないか!」
「はあ……テンションたっかいすねえ」
 真木の甲高い笑い声が電話の向こうで木霊した。
「そりゃそうだよ君ぃ! 僕は長年の悪夢! 悩み! しがらみ、その他諸々から解放されたのだよ! これからは趣味丸出し己の欲望の意赴くままに、特産廃を追いかけられるのだ!」
「趣味とか言っちゃったよ、この人」
「ということで、同好の士として君を、いやいや、君達オカ研を丸ごと誘うというわけだ。
 無論、政府絡みになったら、君だけにするが、どうかね? 
 まずは君と部長さんを楽しい依頼に連れて行こうと思ってるのだが……さあ、どうするね? 
 うっふっふふふ、興味深いぞぉ! 会誌のネタになるぞぉ! 人や世界の暗部をねっとりと観察できるぞぉ!」
「いや……そう言われて嬉しそうについてく奴って、人として、どうなんだ?」
 とかなんとか言ったものの、金欠まっさかりで、そういう話が大好きなあたしは、なんだかんだで参加することになるわけで、真木言うところの楽しい依頼は最終局面で、とんでもない大事件になるのであるが――
 まあ、要するに、碌な事にはならなかったのだ。

 だが、それは、また別の話だ。

 了
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