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C2:6/17:栃木県居種宮市『自宅に向かえ!』
5:霧
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大根田達は走り出した。
居種宮駅は地上三階、地下一階の商業施設を含む駅で、新幹線も止まる。西側にはバスターミナルがあるのに対し、東側はイベント会場や屋台村、一般車両の乗降場や駐車場がある。
「あ、やっぱり駄目か――」
大根田が当初目指していたのは、引切橋を直進した先にある地下道だった。線路下を通る白い壁の地下道は天井が落ち、どう見ても通れる状況ではなかった。
だが、人の流れは止まっていないのだ。
どういうことだと辺りを見回すと、すぐに理由が判る。
地下道の上は陥没して、線路が大きく寸断されていた。人員が裂けないための応急処置だろうか、陥没箇所の両側には工事用の赤いコーンが置かれていた。
駅員は一人もいない。
だからなのか、人の流れは線路を横断している。
「あーららら……これは、また――」
正義感を気取っても仕方がないが、大根田は躊躇した。
五十嵐が苦笑して、大根田の肩を叩くと、ずんずんと進んで行く。肩車をした増田親子も続く。
大根田はしばらくその場に佇んだ後、結局線路を横断する流れに乗った。
こんな状況で言い訳を探してしまった……。
情けない顔で真っ赤になった大根田の鼻に異臭が届く。
ガソリンが燃焼した独特の臭い。
それと――
「何だこの臭いは?」
五十嵐が立ち止まって鼻をひくつかせた。
顔をしかめる育人の腕の中で、バチリが脇に頭を突っ込んで丸くなる。増田も育人と同じく顔をしかめた。
「うわー……事故現場ってこういうものなんですか? ヘリの燃料の臭いですか、これ?」
大根田は三人に追いつくと、五十嵐の横に並ぶ。
「いや……これは、そういうものじゃないような……あ! あれだ、オゾン!」
「おぞん? 何それ?」
育人の言葉に増田はうーんと唸る。
「目に見えない空気の仲間で――育人は雷が鳴ってる時に、こういう臭いを嗅いだことが無いかい?」
育人は頭を捻って、どうかなーと言っている。
五十嵐は、成程と言いながら人をかき分け、ヘリが落ちたと思われる方へ進む。
「オゾンね。成程、言われればそうだな。だがよ……」
大根田も頷き、鉄棒を構えた。
「何でこの場所で、何でこんなに強く臭うのか、てことですよ」
足元にふわりと白いもやもやした物が漂ってきた。
これは――あのヘリから出ていた白い煙、か?
突如人の波が割れた。
本来ならば、左手に交番があり、その奥に駅前広場があるはずなのだが――
真っ白だった。
もやもやとしたそれは、形を刻々と変えながら漂い、その隙間から本来の広場が垣間見える。
「……え? これ霧? こんな日に霧って……」
「かもな。でもよ……霧ってこんなに臭いのかよ?」
「いや、霧自体は水ですから臭いは……やはりヘリの……でもオゾン臭いのは……」
あの、と声を上げる増田を大根田は片手で制した。
「増田さん、さっきよりも危ない事になるかもしれません。お子さんを連れて、ご帰宅された方が良いと思います」
「あ、そ、そうなんですか、じゃあ――――あ」
増田の、『あ』という言葉がやけに大きく聞こえた。
五十嵐がびくりと反応し、腰を低くする。
大根田はさっと振り返って、反射的に鉄棒を正眼に構える。
ヘリは駅東口の乗降場前の広場、餃子屋の辺りに墜落しているようだった。
立ち込める霧越しに、餃子屋の看板とヘリの無残な姿がぼんやりと見える。
上部の羽、メインローターは残らず吹き飛んでいるようだ。
目を凝らすと、それらが餃子屋の壁や、近くのアスファルトに砕けて刺さっているのが判る。機体はどうやら、横倒しのようで、ドアがあると思われる個所から黒煙が上がっているようだ。
薄くなったり濃くなったりを繰り返す霧の向こうから、大勢の人の足音や声が聞こえる。
ふいに大根田達から見て右前方の霧が薄くなった。
太った女性――十勝に似た女性が自衛隊員と思われる人を引きずり、ヘリから離れようとしている。
その向こうで大きな影がちらちらと動いた。
「あ、あれが、ヤバい奴、ですか……」
増田は囁くように言うと、腰を落とした。同じく育人もバチリを抱き締め、頭を低くしている。
「おっさん、これはどうすべきだと思う?」
五十嵐が押し殺した声で言う。
「いやあ……と、とにかく――あの人を……」
大根田は自衛隊員を引きずっている太った女性の方に走った。五十嵐が後からついてくる。
まずは情報だ。
黒い奴があと一体や二体でてきても、五十嵐さんがいるからなんとかなりそうだ。
だが――
霧の向こうに、少なくとも五体の黒い影が見えた気がする。
「こんな視界が悪いんじゃ駄目だな。おっさん、悪い事は言わねえ。踏み込まねえ方が良いと思うぜ」
五十嵐の言葉に大根田は頷いた。
「勿論そうするつもりです。まずはそこの人にお話を聞いて――」
太った女性が消えた。
五十嵐と大根田は同時に立ち止った。
霧が一瞬濃くなった思ったら、かき消すように消えてしまったのである。
「あれ……あの女性は……」
「ん? 女? そこにいたのは親子連れ――」
あれっという声が霧の向こうから聞こえる。
「おい! ここにいたお婆ちゃんは――」
五十嵐と大根田は顔を見合わせると、さっと背中合わせになる。
すでに今来た道は判らなくなっている。
「くそっ、どうなってんだ……蜃気楼、みたいなもんか?」
「い、いや違いますよ!
五十嵐さんや僕、それに増田さんも多分別の『何か』を見ているんです!
見ている人によって姿形が変わる蜃気楼なんてありません!
これは、むしろ、げ、幻覚というやつです!」
「ってことはよ……そういうのを俺らの頭に送り込んでる奴がいるって事か?」
大根田の前方、十数メートルの辺りで霧が波のようにうねった。
そこから自衛隊員が走り出てくる。
「あなた達! 逃げて逃げて! この霧ヤバいんだよ!! はや――」
自衛隊員がうごっと声を上げ、のけ反った。
肩越しにそれを見た五十嵐は、一瞬体が固まった。次の瞬間、踏みだす靴音を聞き、しまったと手を伸ばす。
大根田がそれをすり抜け、倒れた自衛隊員のもとに走り出した。
「おっさん! くそっ先走りやがって――」
「大丈夫ですか!? あの――」
駆け寄った大根田は、自衛隊員が喉を抑えてうめいているのに気が付くと、すぐに鉄棒を持っていない方の手で、口と鼻をカバーした。
ガスか?
ヘリから何か漏れた、とか?
もしかしたら化学兵器?
息を浅くしただけで、平気なのか?
目や皮膚からもガスは入るんじゃなかったか?
ここからすぐに離れなくちゃ――でも、この人は――
「おっさん! 何やって――」
『五十嵐さん! 口を塞いで!』
察した五十嵐は女性にあげたのとは別の花柄のハンカチを取り出し、口に当てた。
『ガスか? もしかしてこの臭いの所為か? それとも――』
『判りませんが、ともかくここを離れましょう!』
大根田は鉄棒を脇に挟むと、倒れた隊員の足を掴む。五十嵐も空いている方の手で隊員の足を掴む。
『……あっち、でしたよね?』
大根田は五十嵐が走ってきた方を見つめて言った。
霧は深く濃く、渦巻くように大根田達を囲んで漂う。
どこからか悲鳴が上がる。
どさりと倒れる音。
同じような事がすぐそこで起こっている!
早く離れて――
いや、待て。今そこで倒れた人を助けなくちゃ――
咳き込む音。
倒れる音。
視界の端に何かが動く。
目を走らせると、黒い影が霧から一歩踏み出してきた。
あいつか!?
隊員の足を離し、鉄棒を構え赤熱化させる。
だが、大根田の目の前で、黒い影は崩れるように消えた。
な、なんだ!?
五十嵐の緊張した声。
『……おっさん、聞くけどよ、今何が見えてた』
『あの黒い奴です。き、霧の中から歩いてきて――これも幻覚……』
『……俺達は罠にかかっているってことか』
五十嵐の言葉に呼応するように、周囲の空気が動いた。
大根田は殺気、としか言いようのない物を感じ、その場から飛び退る。
たちまち五十嵐の視界から大根田が霧の向こうに消えた。だが、赤く細い光がぼんやりと見てとれる。
おっさんが熱くしてる鉄棒か。
どうする?
おっさんと一緒に行動すべきか?
『五十嵐さん! その人を抱えて先に逃げてください! あなたなら一人でできますよね!?』
また、あのおっさんは――――死にたがりなのか?
五十嵐はくそっと唾を吐き、自衛隊員を抱え上げた。背中と足の筋力を意識し、頭の後ろの方から力が降りてくるのを感じると駆けだした。
『おっさん! そっちもすぐに逃げろ! 壁ができてるわけじゃねえんだからな!』
居種宮駅は地上三階、地下一階の商業施設を含む駅で、新幹線も止まる。西側にはバスターミナルがあるのに対し、東側はイベント会場や屋台村、一般車両の乗降場や駐車場がある。
「あ、やっぱり駄目か――」
大根田が当初目指していたのは、引切橋を直進した先にある地下道だった。線路下を通る白い壁の地下道は天井が落ち、どう見ても通れる状況ではなかった。
だが、人の流れは止まっていないのだ。
どういうことだと辺りを見回すと、すぐに理由が判る。
地下道の上は陥没して、線路が大きく寸断されていた。人員が裂けないための応急処置だろうか、陥没箇所の両側には工事用の赤いコーンが置かれていた。
駅員は一人もいない。
だからなのか、人の流れは線路を横断している。
「あーららら……これは、また――」
正義感を気取っても仕方がないが、大根田は躊躇した。
五十嵐が苦笑して、大根田の肩を叩くと、ずんずんと進んで行く。肩車をした増田親子も続く。
大根田はしばらくその場に佇んだ後、結局線路を横断する流れに乗った。
こんな状況で言い訳を探してしまった……。
情けない顔で真っ赤になった大根田の鼻に異臭が届く。
ガソリンが燃焼した独特の臭い。
それと――
「何だこの臭いは?」
五十嵐が立ち止まって鼻をひくつかせた。
顔をしかめる育人の腕の中で、バチリが脇に頭を突っ込んで丸くなる。増田も育人と同じく顔をしかめた。
「うわー……事故現場ってこういうものなんですか? ヘリの燃料の臭いですか、これ?」
大根田は三人に追いつくと、五十嵐の横に並ぶ。
「いや……これは、そういうものじゃないような……あ! あれだ、オゾン!」
「おぞん? 何それ?」
育人の言葉に増田はうーんと唸る。
「目に見えない空気の仲間で――育人は雷が鳴ってる時に、こういう臭いを嗅いだことが無いかい?」
育人は頭を捻って、どうかなーと言っている。
五十嵐は、成程と言いながら人をかき分け、ヘリが落ちたと思われる方へ進む。
「オゾンね。成程、言われればそうだな。だがよ……」
大根田も頷き、鉄棒を構えた。
「何でこの場所で、何でこんなに強く臭うのか、てことですよ」
足元にふわりと白いもやもやした物が漂ってきた。
これは――あのヘリから出ていた白い煙、か?
突如人の波が割れた。
本来ならば、左手に交番があり、その奥に駅前広場があるはずなのだが――
真っ白だった。
もやもやとしたそれは、形を刻々と変えながら漂い、その隙間から本来の広場が垣間見える。
「……え? これ霧? こんな日に霧って……」
「かもな。でもよ……霧ってこんなに臭いのかよ?」
「いや、霧自体は水ですから臭いは……やはりヘリの……でもオゾン臭いのは……」
あの、と声を上げる増田を大根田は片手で制した。
「増田さん、さっきよりも危ない事になるかもしれません。お子さんを連れて、ご帰宅された方が良いと思います」
「あ、そ、そうなんですか、じゃあ――――あ」
増田の、『あ』という言葉がやけに大きく聞こえた。
五十嵐がびくりと反応し、腰を低くする。
大根田はさっと振り返って、反射的に鉄棒を正眼に構える。
ヘリは駅東口の乗降場前の広場、餃子屋の辺りに墜落しているようだった。
立ち込める霧越しに、餃子屋の看板とヘリの無残な姿がぼんやりと見える。
上部の羽、メインローターは残らず吹き飛んでいるようだ。
目を凝らすと、それらが餃子屋の壁や、近くのアスファルトに砕けて刺さっているのが判る。機体はどうやら、横倒しのようで、ドアがあると思われる個所から黒煙が上がっているようだ。
薄くなったり濃くなったりを繰り返す霧の向こうから、大勢の人の足音や声が聞こえる。
ふいに大根田達から見て右前方の霧が薄くなった。
太った女性――十勝に似た女性が自衛隊員と思われる人を引きずり、ヘリから離れようとしている。
その向こうで大きな影がちらちらと動いた。
「あ、あれが、ヤバい奴、ですか……」
増田は囁くように言うと、腰を落とした。同じく育人もバチリを抱き締め、頭を低くしている。
「おっさん、これはどうすべきだと思う?」
五十嵐が押し殺した声で言う。
「いやあ……と、とにかく――あの人を……」
大根田は自衛隊員を引きずっている太った女性の方に走った。五十嵐が後からついてくる。
まずは情報だ。
黒い奴があと一体や二体でてきても、五十嵐さんがいるからなんとかなりそうだ。
だが――
霧の向こうに、少なくとも五体の黒い影が見えた気がする。
「こんな視界が悪いんじゃ駄目だな。おっさん、悪い事は言わねえ。踏み込まねえ方が良いと思うぜ」
五十嵐の言葉に大根田は頷いた。
「勿論そうするつもりです。まずはそこの人にお話を聞いて――」
太った女性が消えた。
五十嵐と大根田は同時に立ち止った。
霧が一瞬濃くなった思ったら、かき消すように消えてしまったのである。
「あれ……あの女性は……」
「ん? 女? そこにいたのは親子連れ――」
あれっという声が霧の向こうから聞こえる。
「おい! ここにいたお婆ちゃんは――」
五十嵐と大根田は顔を見合わせると、さっと背中合わせになる。
すでに今来た道は判らなくなっている。
「くそっ、どうなってんだ……蜃気楼、みたいなもんか?」
「い、いや違いますよ!
五十嵐さんや僕、それに増田さんも多分別の『何か』を見ているんです!
見ている人によって姿形が変わる蜃気楼なんてありません!
これは、むしろ、げ、幻覚というやつです!」
「ってことはよ……そういうのを俺らの頭に送り込んでる奴がいるって事か?」
大根田の前方、十数メートルの辺りで霧が波のようにうねった。
そこから自衛隊員が走り出てくる。
「あなた達! 逃げて逃げて! この霧ヤバいんだよ!! はや――」
自衛隊員がうごっと声を上げ、のけ反った。
肩越しにそれを見た五十嵐は、一瞬体が固まった。次の瞬間、踏みだす靴音を聞き、しまったと手を伸ばす。
大根田がそれをすり抜け、倒れた自衛隊員のもとに走り出した。
「おっさん! くそっ先走りやがって――」
「大丈夫ですか!? あの――」
駆け寄った大根田は、自衛隊員が喉を抑えてうめいているのに気が付くと、すぐに鉄棒を持っていない方の手で、口と鼻をカバーした。
ガスか?
ヘリから何か漏れた、とか?
もしかしたら化学兵器?
息を浅くしただけで、平気なのか?
目や皮膚からもガスは入るんじゃなかったか?
ここからすぐに離れなくちゃ――でも、この人は――
「おっさん! 何やって――」
『五十嵐さん! 口を塞いで!』
察した五十嵐は女性にあげたのとは別の花柄のハンカチを取り出し、口に当てた。
『ガスか? もしかしてこの臭いの所為か? それとも――』
『判りませんが、ともかくここを離れましょう!』
大根田は鉄棒を脇に挟むと、倒れた隊員の足を掴む。五十嵐も空いている方の手で隊員の足を掴む。
『……あっち、でしたよね?』
大根田は五十嵐が走ってきた方を見つめて言った。
霧は深く濃く、渦巻くように大根田達を囲んで漂う。
どこからか悲鳴が上がる。
どさりと倒れる音。
同じような事がすぐそこで起こっている!
早く離れて――
いや、待て。今そこで倒れた人を助けなくちゃ――
咳き込む音。
倒れる音。
視界の端に何かが動く。
目を走らせると、黒い影が霧から一歩踏み出してきた。
あいつか!?
隊員の足を離し、鉄棒を構え赤熱化させる。
だが、大根田の目の前で、黒い影は崩れるように消えた。
な、なんだ!?
五十嵐の緊張した声。
『……おっさん、聞くけどよ、今何が見えてた』
『あの黒い奴です。き、霧の中から歩いてきて――これも幻覚……』
『……俺達は罠にかかっているってことか』
五十嵐の言葉に呼応するように、周囲の空気が動いた。
大根田は殺気、としか言いようのない物を感じ、その場から飛び退る。
たちまち五十嵐の視界から大根田が霧の向こうに消えた。だが、赤く細い光がぼんやりと見てとれる。
おっさんが熱くしてる鉄棒か。
どうする?
おっさんと一緒に行動すべきか?
『五十嵐さん! その人を抱えて先に逃げてください! あなたなら一人でできますよね!?』
また、あのおっさんは――――死にたがりなのか?
五十嵐はくそっと唾を吐き、自衛隊員を抱え上げた。背中と足の筋力を意識し、頭の後ろの方から力が降りてくるのを感じると駆けだした。
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