宮廷道化師の報告書 勇者五千分の一

島倉大大主

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追記:ランサの花

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〇これは、ラダメスに報告をし、トルト・ガルファが名を変えて外交顧問になってから一年後の出来事である。
 その日、私はいつも通り道化師の恰好で領内の見回りに出かけていた。
 そして、いつも通りに旧アルカデイアに入ると、これまたいつも通りに、夜半過ぎにある場所を訪れた。



 エーデル城跡は今では埋め立てられ、住民のいこいの場である巨大な庭園になっていた。
 私は屋台で買ったウースラのパイを食べながら、歩を進める。
 エーデル城の中庭だった場所は、一面の花畑になっている。季節ごとに変わる花畑は、今はランサであった。

 ランサの花は今が旬で、見渡す限りに淡い桃色が溢れていた。
 あれほど酷い事が起きた場所であるはずなのに、まるで楽園のように見えた。

 私は歩を進めると、優しく甘い香りを胸いっぱいに吸い込み、その色に見惚れた。
 どこにでもあるけども、たくましくて、けなげで勇気が湧いてきて、涙が流れる。
 そう言った彼女を、恐らく私は手にかけた。
 あの大キメラの、頭はきっと彼女だったのだろう。

 風が吹いた。

 はっとして顔を向けると、ランサの花畑の中に、それは立っていた。

 それは、ただ孤独にその中に立っていた。

 あの日と同じく、深くフードを被ったそれ。
 月光が、フードの奥を照らす。

 奇妙に捻じれていたが、それでいてある美しさがあった。
 風が吹き、ランサの花が一斉にそよぐと、それはこちらを見た。
 ああ、と私はため息をついた。
 ようやく面と向かえた。
 かつて、その花の名前と同じ少女の名前を、それはどんな思いで、あの時口にしたのか。
 そして父と秘かにしたったトルト・ガルファを、追撃しようとした暗殺者をほふりながらも死地に導いた、その思いは――

「あの時はすまなかった」
 私は、そう言った。
 殺されても仕方がない事を私はした。
『まあ、あんたはよくやったよ』
『こいつも感謝してるのさ』
 老人と女の声がそう言った。
「私を殺さないのか」
 私がそう言うと、勇者はこう言った。
『彼女を救ってくれたあなたには、感謝しかありません』

 そうして、再び風が吹くと、揺れるランサの花の陰に隠れ、それは永遠に私の前から姿を消した。
 あとには、月明かりに照らされたランサの花があるだけだった。

 私は、道化師にして、国の要職に就くものとしてあるまじき行為をした。

 さめざめと泣いたのである。

 了
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