宮廷道化師の報告書 勇者五千分の一

島倉大大主

文字の大きさ
9 / 10

7:アルカデイア王国 外交大臣 トルト・ガルファの証言 弐

しおりを挟む
 私は時間がかかったが、なんとか王宮に辿り着いた。
 勿論正門からは入れないから、夜半に水路を通るしかないと考えた。だが、実際行ってみると、巨大な蛇のような魚が泳いでいて、とてもではないが入れない。
 ならば、緊急時の脱出用通路を使ってみようと考えた。これは先代の王が作ったものだが、エーデルは存在を知らないはずだ。

 何故なら――それを伝える前に、エーデルは先代王を毒薬で――いや、今のは忘れてくれ。私は鈍い男なのだ。十歳の子供が、権力を欲して自分の父親を殺すことなぞ、絶対にない――と信じたいのだ……。

 ……話が逸れたな。
 ともかく、脱出用通路に私は入った。だが、通路に張る蜘蛛の巣はやけに頑丈で、そこにねずみがかかって干からびて死んでいた。こそこそと人のささやき声のような音が聞こえ、一度だけ――あれは今でも見間違いだと思っているが――熟れた果物のような頭をした子供の顔が見え、その下に毛むくじゃらの蜘蛛のような体が――

 い、いや、ともかく、私は通路を抜け、中庭に出たのだ。
 そこから先は、記憶が断片的になってしまうのだが……私は王の寝室に行くために外壁を昇ろうと考えた。寝室の下には非常時のために先代がこしらえた、足がかりがあったのだ。これはつたや文様に隠れて見えないようになっていた。
 しかし、私は非力だ。登っている最中に落ちてしまうかしれない。
 やめるべきか、しかし他に道は――

 そうしたら、私はあっさりと発見されてしまったのだ。衛兵は私を何度も殴りつけた。気が遠くなり、誰かが叫んでいる声が聞こえた。そうして、私は冷たい石の回廊を引きずられていったのだと思う。

 意識が戻った時は、私はエーデルの前にいた。
 あいつは、正装をし、玉座に腰かけていた。
 私は再び殴られ、気が遠くなる。
 何故戻った、と聞かれたのだと思う。
 王を殺すため、と答えた。だが、唇が腫れあがって、私の耳にすら言葉として認識できない声しか出せなかった。
 察しはつく、とエーデルは笑い、指を鳴らす。これは今から楽しいことが始まるぞ、という時の癖だった。
 足音がした。
 痛む顔を何とかそちらに向けると、玉座の間に彼が入ってきた所だった。
 彼は上半身には何も着けていなかった。
 だから、彼が何をされたか、エーデルが何をしていたかが、ようやくはっきりと判ったのだ。

 私は彼をキメラにしたのだろうと考えていた。
 人と獣を合わせた怪物にしたのだろうと。
 だが、真実は更にもっと悍ましかった。
 彼の両肩には、老人と女の顔が縫い付けられていたのだ。勿論その顔は飾りではない。老人は皮肉めいた笑みを私に向け、女は舌を出しておどけて見せたのだ。
 どうだね、とエーデルは嬉しそうな声を出した。

 こいつの二つの頭は生きている。生きて、それぞれが魔法を行使できる。だから、複数人必要な魔法も一人でできてしまうのだ。
 剣を振るいながら、魔法を縦横無尽に行使できるのだ。
 これほどの、兵器は世界を探しても見つかるまい。
 これを造り出すのに、五千もの血を流した。
 子供の腕を断ち、妊婦から胎児を引きずり出し、老人の脳を煮詰めた。
 役に立たない愚かな血であったが、余のために流せて、連中も本望であったろう。
 しかも、あのような百万の兵力を持ったキメラに生まれ変われたのだ。
 感謝してほしいくらいだ。
 しかし、こいつが生きて帰って来たという事は、見事、『性能実験』は成功したというわけだ。連中も今頃は煉獄れんごくにて、歓喜の絶叫をあげて私を褒め讃えているに違いない!

 エーデルはそう言って笑った。
 取り巻き達も笑った。
 誰一人、目の前にある自分たちがやってしまった事の結果について、罪の意識を感じていなかったのだ。
 さて、最後に何か言う事はあるか?
 エーデルの嘲るような言葉に、私はなんとか言葉を絞り出した。


 かくて、国は終わりけり――


『その通りだ』
 彼がそう言った。
 何? とエーデルがいぶかしげな顔をする。
 彼が動いた。
 殴られた所為か、目には止まるのに、追えない不思議な動きだった。彼の影が元居た場所にとどまっているのに、本物の彼はすでに取り巻き達の胴を薙ぎ、衛兵の首を刎ね、エーデルの両の足を切り落としていたのだ。
 悲鳴すらあがらずに、たちまちのうちにエーデルと私、そして彼以外が死んだ。
 エーデルは頭から股まで両断された従者の手から、呼び鈴を取ろうとしたが、その手を断ち切られ、私と同様に無様に床に転がった。
 血が扇状に広がり、エーデルの体が大きく震える。

 な、何故――

 エーデルの言葉に私は思わず笑ってしまった。
 老人と女も笑った。
 彼は、私を抱き起すと、何かを唱え始める。
 知っている魔法だった。
 同時に老人と女が、やはり何かを唱えだす。

 彼の魔法は転移。
 私と共に逃げるのか――しかし、王を殺して逃げるのは無理だ。何より、お前を待つ妻の事を――ならば、私に華を持たせてくれ――王を殺し、果てた大罪人という毒の華を――

『妻はキメラになりました』
 私は絶句した。
『あなたは全てを見て、全てを理解しましたか?』
 私は頷く。
『ならば、生きて、いつの日にか真実を公にしてください。この非道を繰り返さぬよう警告をしてください。それが、私からの生涯一度のお願いです』
 私の頭に、ふいとむこうを向いてしまった彼の幼い姿が浮かんだ。
 涙が出た。

 こんな――こんな酷いことがあるのか――一体彼が何をしたのか――ただ生きていただけじゃないか――神はどこにおられるのか――

『わしらの魔術が完成し、こいつがわしらと同じ魔術を唱え終わる時、この城は消え失せる』
 老人は重々しくそう言った。
『だから、クソ爺は邪魔だから早くどっかに行けってことよ!』
 女はそう言って、床をはいずるエーデルに唾を吐きかけた。
『では、これでお別れです。さようならお父さん』

 お父さん

 もしかしたら、それは私の妄想なのかもしれない。
 だが、ともかく、彼は私に微笑み、そして、こう言ったのだ。

 ランサ、と。

 私は光に包まれ、次の瞬間、バタク山の山頂に投げ出されていた。
 光が見え、そちらに顔を向けると、城が光の柱の中で粉々に砕けていくのが見えた……。

 これが、全てだ。
 私は意識を失い、ずっと悪い夢の中を漂っていた。
 夢の中で、ランサという彼の声と共に、どす黒い光が現れる。エーデルはそれに飲み込まれながら、悶え、絶叫し、肉をそぎ落とされ、内臓が蒸発し、それでも死ねないまま、虚空に放り出され、永遠に悲鳴を上げて回転しているのだ。
 正夢であってほしい、悪夢だったよ。

 ん?
 私を介抱していた奴がいた?
 テーブルの上に、ランサの花が?

 ……全く心当たりがない。
 気まぐれな炭焼きが世話を焼いてくれたのだろう……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

人間嫌いの狐王に、契約妻として嫁いだら溺愛が止まりません

由香
ファンタジー
人間嫌いで知られる狐族の王・玄耀に、“契約上の妻”として嫁いだ少女・紗夜。 「感情は不要。契約が終われば離縁だ」 そう告げられたはずなのに、共に暮らすうち、冷酷な王は彼女だけに甘さを隠さなくなっていく。 やがて結ばれる“番”の契約、そして王妃宣言――。 契約結婚から始まる、人外王の溺愛が止まらない和風あやかし恋愛譚。

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

処理中です...