田舎娘、マヤ・パラディール! 深淵を覗きこむ!

島倉大大主

文字の大きさ
3 / 62
第一章

その一 風の吹く丘

しおりを挟む
 風が吹いた。
 なだらかな丘に草花が揺れ、白い綿毛のようなものが舞い上がった。マヤはお気に入りの麦わら帽子を飛ばされないようにと、頭に手をやり、その感触に――手で触った感触がまるでないのにハッとした。

 あたしは今、夢を見ている。

 ごとん、と遠くで音がした。その音に、夢を見ている場所を思い出し、途端に足元に広がっていた草原が歪みだす。
 頭が仄かに熱くなり、目が覚めようとしているのを感じた。
 だが、このままでは終わらない予感があった。

『マヤ』

 またあの声だった。ずっと前から見ている夢。
 いつも後ろから語りかけてくる謎の女性が出てくる嫌な夢。
 どこかで、そしていつも聞いているような耳元で囁かれたその声に、マヤは返事をしようとしたが、声はいつも通りに出なかった。
 足元の草原は渦巻きながら形を変え、石畳になっていく。

 ああ、また、始まる……。

 マヤは通りの真ん中に立っていた。
 そして、いつも通りに、懐かしくて暖かい何かに体が包まれるのを感じる。
 そして――これまたいつも通りに――空を見上げる。

 街灯の上に青白い光が踊っていた。

 空には毒々しい光の帯がうねるのが見える。
 オーロラだろうか? だが、ここで見れるとは聞いた事が無い。
 右手にある大きな建物の窓に何かが――誰かが映っている。
 だが、頭が動かせないのでよく判らない。
 女性のような気がする。後ろの彼女だろうか?

 うっすらとした影が周囲に現れ、人の形をとり始めた。やがて、それは数を増していき、通りを埋め尽くす群衆となっていく。群衆は皆、一方を、遠くにある大きな建物の方を見ながら何かを囁きあっていた。

『マヤ、ここがどこだか覚えている?』

 マヤは頷く。
 建物の形、群衆の囁き、図書館で調べるとすぐに見当はついた。最初に見せられてから一週間後には母親からお金を借りて、実際に現場に足を運んでもみた。

 ここはオーストリア――正確に言うならサラエボの市庁舎から四キロメートル。
 日付は一九一四年六月二十八日。
 サラエボ事件があった日だ。
 第一次大戦のきっかけと言われているオーストリア=ハンガリー帝国の大公夫妻が暗殺された事件。
 その日の夢を何度も何度も、この耳元で囁いている女性に見せられているのだ。

「ヴィ……ルジニー」

 マヤは声を絞り出した。途端に周囲の囁きが、音が、動きが止まる。

『私の名前を憶えていたのね。最初に会った時に名乗っただけなのに……』

 マヤは必至に目を動かす。
 雪のように白い手が見えた。そしてその指先の爪は、長く湾曲していた。

『マヤ、ソドムに向かってるのね?』

 真っ白な腕が後ろから絡みついてくる。マヤの鼓動が早まった。触れられると、強烈な違和感が体を走り抜ける。
 これはあってはならない感触だ。だが、それが何なのかは判らない。
 あってはならない? と、ヴィルジニーの含み笑いが漏れた。
 ああ、また心の中を読まれた、とマヤはうんざりした。

『……もうすぐ会えるわ。マヤ、あなたの父親にね。そしてソドムに来れば……』

「あなたにも会える?」

『かもね……ああ、頭にご用心……』

 今度こそ夢の終わりが訪れた。
 世界が急速に萎み、足元が無くなり、マヤは何処までも深くて暗い闇に落ちていく。
 クルクルと回りながら落ちていく。
 髪をなびかせ、手を振る女性の真っ白なシルエットが遥か彼方に遠ざかっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...