田舎娘、マヤ・パラディール! 深淵を覗きこむ!

島倉大大主

文字の大きさ
31 / 62
第二章

その十四 ソドム:スキヤーキ、テンプーラ、サシーミ

しおりを挟む
 二人は細い板張りの廊下を案内され、招き猫ごと小さな部屋に通された。
「あっ! 見てよ、紙のしきりだ! 鳥の絵が描いてある! ひゃーっ! この色遣いは大胆だなあ!」
「フスマ……だったかな? それで、そちらの格子状のものはショウジ。イギリスの成金の家で見たな」

 ジャンがテーブルの上にコインを置くと、空気が揺れて結界が張られたのをマヤは感じた。招き猫がにゅるにゅると伸び、ついでばらりとほどけた。
「ふう、陶器に擬態するのは結構疲れるねえ」
「で、どうなんだ?」
 ジャンの問いに、ガンマは荒い籐細工のような猫の形を取り、頬杖をついてテーブルに寝そべった。マヤが眉をしかめた。
「いやあ、猫がそのポーズはどうなんだろう……」
「陶器の質感を表現するのは難しくてねぇ、体がこっちゃったんで楽な姿勢で失礼……。
 さて、色々と聞いて回ったけどヴィルジニーという単語は誰も知らなかった。僕は作戦名か暗号名と睨んでいたけども、空振りだったよ」
「下はどんな風だった?」
 ジャンの問いにガンマは首をこきりと鳴らした。
「まるで迷路だね。住居に教会、寺社仏閣、学校もどきに闇市。上以上に活気に溢れているけど、第三層の境界に、このコインより粗雑な結界が張ってあって、ゆるい防音が施してあったね。僕の見てる前で銃撃戦があったからね。当然の処置だと思うよ」
「お前の目的のものは見つかったか?」
 ガンマはちらりとマヤを見た。マヤはちょっと笑みを浮かべて、肩を竦めた。
「おやおや……ジャン、君にしちゃ珍しく、彼女に色々打ち明けたらしいね。
 ま、そうでもしなきゃ進展しないかもね。僕の目的については、何も言えないよ。ただ、気になる場所があったんだ」
 ジャンは髭を擦った。
「……もしかして、残酷大公の像の真下のあれか?」
「ご名答。どうしてわかったんだい?」
「あれは……見ていると不安になる」
 ジャンの言葉に、マヤは真っ黒い箱状の台座を、そしてその表面に煌めいた赤い光を思い出した。

「あそこって何なの?」
 マヤの問いにジャンは首を捻った。
「噂は幾つか聞いた。エンジンだとか、魔力を溜めてるとか、深海から引き揚げられた怪物を封印した石とか……誰だったか、酒場で、あれは上のアンテナの一部だと言っていた。あれで上のアンテナを動かして、欧州中の軍事情報を受信しているとか」
 ガンマがふすっと鼻を鳴らした。
「無責任な噂だけど、火の無いところに煙は立たないと言うしね。参考にはなるねえ」
 ジャンが片眉を上げた。
「で、どうだった? 何か感じたか?」
「魔力の放出。強力な魔力があの箱から、ケーブルを伝って上に行くのを感じ――おっと」

 ガンマがさっと招き猫の形をとると、失礼します、と廊下から声が聞こえた。
 襖を開けて先ほどの女性が顔を出す。ジャンがテーブルのコインを懐にしまった。
 女性は正座をすると一礼し、盆に載せられた料理をテーブルに並べはじめた。だが、その手がすぐに止まる。
「あら? これ、さっきの招き猫じゃないですわね? 何か形が……」
 マヤは、ガンマが上げる手を間違ったのに気が付いた。
「え? え~、そ、そうですかぁ? でも、あたしたちぃ、これを持ってきてここに置いて、それから触ってませんよぉ」
「はあ……あら? 手が――」
「あ! あの、こ、これ何という料理ですか?」
 マヤの必死な目配せにジャンが顔を歪めながら、参戦した。
「こちらはメニューによるとテンプラ、でしたかな? フリッターのように野菜や魚介を油で揚げたものとみました。それと、あの鍋は――スキヤキ?」
「ああ、スキヤキ! 聞いたことあるなぁ~。この卵は何かしら~……うわっ、これ生の魚だ! へ~、イタリアでは生で食べるとは聞いていたけど……」
「オランダではニシンを生で食べるぞ。レモンを絞るんだ」
「ほぇ~……」
 女性は全てを並べ終わると、二人に微笑みかけた。
「お客様、お料理の食しかたについて、ご説明いたしましょうか?」
 二人は頷く。

「では……こちらの天麩羅は、こちらのつゆにつけてお召し上がりください。つゆがお気に召さなければ、こちらの塩を少量つけてお召し上がりください。こちらのすき焼きは味が付いております。小鉢にとってお召し上がりください。また、こちらの生卵を潜らせますと、大変おいしゅうございます」
 マヤが驚きの声をあげた。
「へえ! 不思議な食べ方だ!」
「皆さん、驚かれます。さて、こちらの生のお魚は、お刺身といいます。こちらのつけ皿に醤油を適量入れていただいて、こちらのわさびを少量乗せて召し上がってください。わさびは辛いので、乗せすぎにご注意くださいませ……一応、これで終わりですが、何かご質問はありますか?」
「いや、もう結構です。あとは判らなかったら呼びますので……」
 ジャンが礼をして、チップを握らせると女性は頭を下げ、ガンマを抱えると後ろに下がった。そして襖を両手で静かにしめた。

 マヤは顔を歪めた。
「……どうしよう、ガンマさん、持ってかれちゃったよ……」
 ジャンはふっと笑うと、目の前に並んだ箸を取った。
「ほっとけほっとけ、すぐに戻ってくる。とりあえず食おう……で、本式ではこれを使うんだよな?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...