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第五章
その二 決闘場:接岸
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マヤは集中した。
体中に溢れた喧騒が、煮えたぎる怒りに転嫁され、再び腕に、目に、足に満ちていく。
残酷大公はアゾットを前につきだし、矢のように飛び込んできた。
迎え撃つマヤも、拳を振りかぶると前に踏み出し、アゾットの剣を踏み台にして、空を舞った!
どこか遠くで、あぶない、ねーちゃん! とレイの声が聞こえた。
それの意図するところを知ったのは、跳躍して残酷大公の上を飛び越えようとした時だった。
決闘場の斜め下、処刑台でハインツがルガーを構えているのが目に入った。
両手を交差させるより早く、銃弾が飛んできてマヤの喉を穿つ。重く鋭い痛みが喉から鎖骨に走り、口が開いて舌が伸びる。
「そおら!!」
重い衝撃が襲ってきて、足の感覚が消えた。悲鳴と怒号、ダイアナの叫ぶ声が聞こえた。
残酷大公の二本のアゾットは頭上に突き出されて、マヤの体を串刺しにしていた。血が吹き出し、残酷大公は慌ててそれを避け、決闘場にマヤを叩きつけた。上半身と下半身が千切れる寸前までずれ、床は血のバケツをひっくり返したような有様になった。
「危ない危ない。貴様の血は、ヴィルジニーと同じで、生のまま接種するには濃度が濃すぎるはずだ……」
上機嫌で残酷大公はマヤに近づいた。マヤの胴は繋がりつつあった。
だが、血は止まらず、体を走る激痛は視界を歪め、思考能力を奪う。
汗と涙と、内臓から出た血が口から溢れ出し、呼吸が乱れる。
それでも、マヤは体を動かした。
震える膝と両の手で、何とか血の海から体を起こす。
残酷大公は首を傾げる。
「何故動く? そのまま寝ていれば楽に敗北できるのだぞ?
それにその顔――なんということだ! ちっとも絶望してないではないか!」
「……絶望なんてしてやるかよ……」
残酷大公はのけ反って笑った。
「大した女だ! ならば拷問だな! これは楽しいことになってきた!」
残酷大公は手を翳した。転がっていたマイクが飛んできて手に収まる。
『では、これでとどめだ、 マヤ・パラ――』
銃声が響いた。残酷大公は体をこわばらせ、振り返る。
決闘場端の脱ぎ捨てた残酷大公の服の前、そこにジャンが銃を構えて、立っていた。
だが、首は無かった。
「……き、貴様――」
「どうしました? 手品は初めてみますか? なら、もっとみせてやりましょう。
アブラカタブラ!」
ジャンが足を踏み鳴らすと、決闘場の中央に転がっていたジャンの首がぐにゃぐにゃと動きだした。マヤは、血でむせながら吹き出した。
「へ、変な顔……」
首なしジャンは、肩を竦めた。
「おいおい、ちょっと見ない間に、また胸が大きくなったんじゃないか? 再生する時に大きくしてんじゃねーだろーな?」
「う、うるへーよ……」
「ふふん、まあ、いいからもうちょっと休んでろ」
転がっていたジャンの首は変色し、真っ赤な流動体になると決闘場から下に零れ落ちた。
残酷大公がアゾットをくるりと回し、血の混じった唾を吐いた。
「なるほど驚いたぞ、手品師。地階で見せた偽物の腕と同じというわけか。だが、今ので終わりか? くだらんぞ!」
「はは、手品ってのはくだらないものですよ。一瞬の驚愕を追い求めるのが手品でしてね。ところで……血清は何本お持ちで? 打たなくてよろしいので? 今の銃弾は――特別性ですよ?」
残酷大公が、弾けるようにのけ反ると、がくりと膝をついた。汗が吹き出し、笑みが薄らいでいく。
「な、なんだこれは!? き、気分が――」
「水銀と粘菌を使っておりますな。水銀が内臓を破壊し、粘菌が食らいつくという段取りです」
残酷大公は血清を打ち込み、体を大きく震わす。酷い臭いと共に、げろりと肉の塊が吐き出された。
マヤが顔を顰めた。
「うわ、くっさいなあ!」
残酷大公はマヤを睨んだが、足の震えが止まらず立ち上がれなかった。
首なしジャンが、ほほっと甲高い笑い声を上げた。
「おやおや、大分効いたようですな! まあ、科学と魔術をミックスさせて使うのは、今や普通になっておるのですよ。ああ、この船から出ないあなたは知りようもない、か」
ジャンは一端言葉を切り、ようやく立ち上がった残酷大公に会釈をした。
「先ほどの私の頭でございますが、あれは私の粘菌の中でも最高の自信作でございましてねえ……」
残酷大公は息を整えると、胸を反らした。
「……認めよう。貴様の粘菌が中々の物だとな。
だが、吾輩は殺せんぞ。血清を打ち続けるかぎり、すぐに回復する! そして血清は何百とある!」
残酷大公は両手を拡げた。残酷大公の周囲の空間が歪むと、血清の小瓶が浮かび上がる。
「吾輩の血清が切れるのを待つ作戦だったのだろうが、どうやら当てが外れたようだな!」
首なしジャンは、懐から残酷大公の持っている物と同じマイクを取り出した。
「予備のマイクを拝借してきました」
マイクを首の切断面に近づける。
『お客様にお知らせがございます!』
あまりの事態の連続に、呆然として客たちは、首なしのジャンの声に耳を傾けた。
『本船は間もなく接岸いたします。荒っぽい運転ですからびっくりするくらい揺れますでしょうが、なーに、ご心配めさるな。後に控えたショウに比べれば涼風といったところ。
クライマックスは近いですぞ、皆さま!
さて――』
ジャンの怒気溢れる押し殺した声が、マイク越しに響いた。
『本船は、十分後に爆発いたします』
船が大きく揺れた。誰かが接岸していると叫ぶ。あっという間に客の間に、ジャンの発言が野火のように広がり燃え盛った。パニックが起こり人々は我先にと客室や自室に走る。
『き、貴様ら――この国を捨てるのか!? 出鱈目だ! 全て出鱈目なのだぞ!!!』
マイクを通した残酷大公の声は誰にも届いていなかった。
首なしジャンはのんびりと残酷大公越しにマヤに説明した。
「マヤ、ガンマがソドムを陸につけてくれた。だから船底のあの箱を吹っ飛ばすぞ」
マヤは片膝をついて、汗を流しながら微笑んだ。
「……でもあそこには、危険な物は入れねえんじゃねえの?」
残酷大公が叫ぶ。
『そうだ! あそこには魔術で障壁が――』
「粘菌は危険なもんじゃないぜ。俺はあそこに入れた。粘菌は生き物でもある。加工してない粘菌ですら道を覚えることもできるんだ。鍵と火種も同伴させた」
「ああ! 黒鍵にマグネシウム黴か!」
マヤは、汗ばんだ顔で残酷大公に微笑んだ。
「……どうやら終わりみたいだよ、お偉い大公様」
残酷大公は唸り声をあげ、マイクを決闘場に叩きつけた。
「手品師! 貴様の粘菌が棺にたどり着くことは無い!」
残酷大公が何事かを高速で呟く。
と、船内で悲鳴が上がり始めた。マヤが下を見下ろすと、通路の彫像――ゴーレムが全て動き始めていた。
「吾輩を裏切る者どもは皆殺しだ! 貴様の粘菌も破壊する! 貴様も殺す!」
「ほう? 私を殺すのですか?」
首なしジャンは体を震わせ笑った。
「死に際を間違えた、あなたが私を殺すと? 惨めったらしく、細々と生きているあなたが?」
残酷大公は奇声を上げると、アゾットを構えて突撃した。首なしジャンは、懐から銃を出すと無造作に撃つ。だが、残酷大公はそれを左の剣で受け流した。
「手品師! これでも生きられるかっ!!」
残酷大公の右のアゾットはジャンの胴を横に薙いだ。間髪入れず左の剣が下から縦に胴を薙ぐ。
首なしジャンは十文字に切り裂かれた。
マヤは目を見張った。
……え? 内臓――いや、中身が――ない?
体中に溢れた喧騒が、煮えたぎる怒りに転嫁され、再び腕に、目に、足に満ちていく。
残酷大公はアゾットを前につきだし、矢のように飛び込んできた。
迎え撃つマヤも、拳を振りかぶると前に踏み出し、アゾットの剣を踏み台にして、空を舞った!
どこか遠くで、あぶない、ねーちゃん! とレイの声が聞こえた。
それの意図するところを知ったのは、跳躍して残酷大公の上を飛び越えようとした時だった。
決闘場の斜め下、処刑台でハインツがルガーを構えているのが目に入った。
両手を交差させるより早く、銃弾が飛んできてマヤの喉を穿つ。重く鋭い痛みが喉から鎖骨に走り、口が開いて舌が伸びる。
「そおら!!」
重い衝撃が襲ってきて、足の感覚が消えた。悲鳴と怒号、ダイアナの叫ぶ声が聞こえた。
残酷大公の二本のアゾットは頭上に突き出されて、マヤの体を串刺しにしていた。血が吹き出し、残酷大公は慌ててそれを避け、決闘場にマヤを叩きつけた。上半身と下半身が千切れる寸前までずれ、床は血のバケツをひっくり返したような有様になった。
「危ない危ない。貴様の血は、ヴィルジニーと同じで、生のまま接種するには濃度が濃すぎるはずだ……」
上機嫌で残酷大公はマヤに近づいた。マヤの胴は繋がりつつあった。
だが、血は止まらず、体を走る激痛は視界を歪め、思考能力を奪う。
汗と涙と、内臓から出た血が口から溢れ出し、呼吸が乱れる。
それでも、マヤは体を動かした。
震える膝と両の手で、何とか血の海から体を起こす。
残酷大公は首を傾げる。
「何故動く? そのまま寝ていれば楽に敗北できるのだぞ?
それにその顔――なんということだ! ちっとも絶望してないではないか!」
「……絶望なんてしてやるかよ……」
残酷大公はのけ反って笑った。
「大した女だ! ならば拷問だな! これは楽しいことになってきた!」
残酷大公は手を翳した。転がっていたマイクが飛んできて手に収まる。
『では、これでとどめだ、 マヤ・パラ――』
銃声が響いた。残酷大公は体をこわばらせ、振り返る。
決闘場端の脱ぎ捨てた残酷大公の服の前、そこにジャンが銃を構えて、立っていた。
だが、首は無かった。
「……き、貴様――」
「どうしました? 手品は初めてみますか? なら、もっとみせてやりましょう。
アブラカタブラ!」
ジャンが足を踏み鳴らすと、決闘場の中央に転がっていたジャンの首がぐにゃぐにゃと動きだした。マヤは、血でむせながら吹き出した。
「へ、変な顔……」
首なしジャンは、肩を竦めた。
「おいおい、ちょっと見ない間に、また胸が大きくなったんじゃないか? 再生する時に大きくしてんじゃねーだろーな?」
「う、うるへーよ……」
「ふふん、まあ、いいからもうちょっと休んでろ」
転がっていたジャンの首は変色し、真っ赤な流動体になると決闘場から下に零れ落ちた。
残酷大公がアゾットをくるりと回し、血の混じった唾を吐いた。
「なるほど驚いたぞ、手品師。地階で見せた偽物の腕と同じというわけか。だが、今ので終わりか? くだらんぞ!」
「はは、手品ってのはくだらないものですよ。一瞬の驚愕を追い求めるのが手品でしてね。ところで……血清は何本お持ちで? 打たなくてよろしいので? 今の銃弾は――特別性ですよ?」
残酷大公が、弾けるようにのけ反ると、がくりと膝をついた。汗が吹き出し、笑みが薄らいでいく。
「な、なんだこれは!? き、気分が――」
「水銀と粘菌を使っておりますな。水銀が内臓を破壊し、粘菌が食らいつくという段取りです」
残酷大公は血清を打ち込み、体を大きく震わす。酷い臭いと共に、げろりと肉の塊が吐き出された。
マヤが顔を顰めた。
「うわ、くっさいなあ!」
残酷大公はマヤを睨んだが、足の震えが止まらず立ち上がれなかった。
首なしジャンが、ほほっと甲高い笑い声を上げた。
「おやおや、大分効いたようですな! まあ、科学と魔術をミックスさせて使うのは、今や普通になっておるのですよ。ああ、この船から出ないあなたは知りようもない、か」
ジャンは一端言葉を切り、ようやく立ち上がった残酷大公に会釈をした。
「先ほどの私の頭でございますが、あれは私の粘菌の中でも最高の自信作でございましてねえ……」
残酷大公は息を整えると、胸を反らした。
「……認めよう。貴様の粘菌が中々の物だとな。
だが、吾輩は殺せんぞ。血清を打ち続けるかぎり、すぐに回復する! そして血清は何百とある!」
残酷大公は両手を拡げた。残酷大公の周囲の空間が歪むと、血清の小瓶が浮かび上がる。
「吾輩の血清が切れるのを待つ作戦だったのだろうが、どうやら当てが外れたようだな!」
首なしジャンは、懐から残酷大公の持っている物と同じマイクを取り出した。
「予備のマイクを拝借してきました」
マイクを首の切断面に近づける。
『お客様にお知らせがございます!』
あまりの事態の連続に、呆然として客たちは、首なしのジャンの声に耳を傾けた。
『本船は間もなく接岸いたします。荒っぽい運転ですからびっくりするくらい揺れますでしょうが、なーに、ご心配めさるな。後に控えたショウに比べれば涼風といったところ。
クライマックスは近いですぞ、皆さま!
さて――』
ジャンの怒気溢れる押し殺した声が、マイク越しに響いた。
『本船は、十分後に爆発いたします』
船が大きく揺れた。誰かが接岸していると叫ぶ。あっという間に客の間に、ジャンの発言が野火のように広がり燃え盛った。パニックが起こり人々は我先にと客室や自室に走る。
『き、貴様ら――この国を捨てるのか!? 出鱈目だ! 全て出鱈目なのだぞ!!!』
マイクを通した残酷大公の声は誰にも届いていなかった。
首なしジャンはのんびりと残酷大公越しにマヤに説明した。
「マヤ、ガンマがソドムを陸につけてくれた。だから船底のあの箱を吹っ飛ばすぞ」
マヤは片膝をついて、汗を流しながら微笑んだ。
「……でもあそこには、危険な物は入れねえんじゃねえの?」
残酷大公が叫ぶ。
『そうだ! あそこには魔術で障壁が――』
「粘菌は危険なもんじゃないぜ。俺はあそこに入れた。粘菌は生き物でもある。加工してない粘菌ですら道を覚えることもできるんだ。鍵と火種も同伴させた」
「ああ! 黒鍵にマグネシウム黴か!」
マヤは、汗ばんだ顔で残酷大公に微笑んだ。
「……どうやら終わりみたいだよ、お偉い大公様」
残酷大公は唸り声をあげ、マイクを決闘場に叩きつけた。
「手品師! 貴様の粘菌が棺にたどり着くことは無い!」
残酷大公が何事かを高速で呟く。
と、船内で悲鳴が上がり始めた。マヤが下を見下ろすと、通路の彫像――ゴーレムが全て動き始めていた。
「吾輩を裏切る者どもは皆殺しだ! 貴様の粘菌も破壊する! 貴様も殺す!」
「ほう? 私を殺すのですか?」
首なしジャンは体を震わせ笑った。
「死に際を間違えた、あなたが私を殺すと? 惨めったらしく、細々と生きているあなたが?」
残酷大公は奇声を上げると、アゾットを構えて突撃した。首なしジャンは、懐から銃を出すと無造作に撃つ。だが、残酷大公はそれを左の剣で受け流した。
「手品師! これでも生きられるかっ!!」
残酷大公の右のアゾットはジャンの胴を横に薙いだ。間髪入れず左の剣が下から縦に胴を薙ぐ。
首なしジャンは十文字に切り裂かれた。
マヤは目を見張った。
……え? 内臓――いや、中身が――ない?
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