四季怪々 僕らと黒い噂達

島倉大大主

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Chapter2

11:接近遭遇

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 誰かが立っていました。

 スケート場前の通り、僕達からちょっと離れた三階建てのビルの前です。雲が丁度太陽を隠し、薄暗い路地が、更に暗くなり、その人はまるで墨で塗ったように真っ黒に見えました。
 げっ、影女! と僕が息を飲む横で、委員長が出やがったか、と何故かファイティングポーズをとっています。
「違いますよ。あれ――人ですよ。男の人です」
 雲が太陽を過ぎると、その人の細部がはっきりとしてきました。背の高いひょろりとした人で、その右手には先程の音の正体、金属バットがゆらゆらと揺れていました。
 あっと僕は息を飲みました。
 僕はカメラを構えたままだったのですが、ズームすると顔の細部が見え、それが知っている顔だったのです。

 安達高也だ、という僕の呟きに、誰それ? と委員長。
 オジョーさんがびくりと体を震わすと、郷土史研究会っと鋭く小さく言いました。委員長もぎくりと体を震わします。

 安達高也と僕達はそのまましばらく――もしかしたら凄く短い時間だったかもしれませんが、向かい合っていました。やがて安達はふいっと横道に入って見えなくなりました。
 僕達はゆっくりと顔を見合わせ、ゆっくりと安達が消えた方を向きながら、ゆっくりと後ずさりをしました。
 さて、どうすべきか? 
 F神社は距離があります。繁華街も同様です。
 走るか? でも大学生男子が本気で走ってきたら、僕達の足では太刀打ちできません。
 ばーちゃん、いや、ヤンさん、いやいや百合ちゃん先生、いやいやいや、警察を呼ぶべきか、とぐるぐる思考する僕の服を委員長が引っ張りました。
 見ればオジョーさんが近くにある看板を指差しています。
 喫茶店の看板で、『警察官立寄所』とステッカーが貼ってありました。

 雑居ビルの四階にあった喫茶店は冷房が効いていました。僕達は窓際に腰を降ろすと、通りを見下ろしました。
 ひとっこ一人いません。
「通報、するべきでしょうか?」
 僕はいや、と首を降りました。特に何をされたわけでもないからです。ただ、されてからでは遅い気もします。
「あの人は何故ここにいたのでしょうか? もしかして……尾行されたのでしょうか?」
 オジョーさんは店内を何度も見まわしています。低いとはいえ、席が壁で仕切られているのが不安を誘っているようです。委員長もソワソワと椅子の上でお尻を動かし、お冷をやたらと飲んでいます。
 僕は、それはないでしょう、と言いました。
「ここに撮影に来ることは急遽決めました。三人のうち誰かに張り付いていなければ、追跡なんて絶対にできないです」
 オジョーさんが、いや、でも、もしかしたらずっと家に張り付いて、と言いかけて、いや現実的じゃないですね、と折れました。
 委員長がゆっくりと自分に言い聞かせるように喋りました。
「尾行するなら理由がある。例えば私達が連中の邪魔になるから排除する、とか。
 でも私達はまだ連中と直接的な繋がりが無い。番組内でも何も言及してない。となると――」
「安達は元からここにいた、ってことになる」

 僕達は顔を見合わせ、窓側によると外を見降ろしました。
 スケート場は建物の影に隠れて全容は見えませんが、裏手に一台、白い車が停まっているのが見えました。
「あれ、廃車じゃないよね?」
 僕の問いに委員長がカメラを構えてズームすると、多分ね、と答えました。
「ちょっと遠すぎるな。でも錆の類は見えない、と思う。形はあれだ、バン」
 白いバン。
 で、郷土史研究会の一人がいる、と。
 今は違うけども、尾行はされていたかもなあ。
「……ああ、口笛の時にヤンさんが言ってたやつか……」
 委員長がうーん、と腕を組んで唸りながら、だとしても尾行する目的は? と話題がループしました。
 オジョーさんは、ん~、とこめかみを両手で揉んでいましたが、わかりませーんと手を挙げて、注文お願いします! と大きな声を出しました。
 はいはい今参ります、と奥から中年の女性店員さんが小走りで出てきました。
 人のよさそうな、そして、いかにも話し好きそうな笑顔満面の人です。
 早速僕は、ここら辺で下水とかドブに関して何か噂はありませんか? と質問しました。
 女性店員さんは、ん? と目をぱちぱち。
 委員長が、実はそんな噂を聞いたもので、とカメラを掲げました。
 あたし達、この町の噂を追いかけて番組にしてるんです、とオジョーさん。
「あ! 聞いた事あるわあ! 店長! てーんちょー!」
 ばたばたと中年の女性が厨房らしきスペースに消え、すぐに小太りの中年の男性を引っ張って戻ってきました。
「ほら、店長、取材の人ですよ!」
 いつから取材になったんだ、と僕が目を丸くするのを見て、店長さんはすぐに事態を悟ったようです。後は僕がやるから、ちょっと早いけど休憩に入って、と店員さんを戻らせました。
 店員さんは名残惜しそうに、チラチラとこちらを見ています。

「いや、すいませんね。で、ご注文は――まだですね? お薦めはパインジュースです」
 委員長とオジョーさんはアイスコーヒー、僕は一も二もなくお薦めです。僕はフルーツでリンゴとパイナップルに目がありませんので、厨房からふんわり漂ってくる香りに鼻の穴が大きくなっていた所だったのです。
 さて、注文の品が届くと、店長さんは椅子を持ってきて僕らのテーブルの横に座りました。
「君達、化け番の人達だろ?」
 やっぱり番組名は覚えられていない、と嘆く僕を無視して委員長はカメラを店長さんに向けました。
「そうです。そこに座ったという事は何か話したいことがあるようですね?」
 店長さんは頭をするりと撫でると、実はその――と言ってから、ところでここには何を撮りに来たんですか? と逆に質問をしてきました。
 オジョーさんが、監督さんよろしいですか? と僕に断ってから、『用水路に蠢く影』について話しました。
 店長さんは聞き終ると、自分のお冷を持ってきて、ぐっと飲み干しました。見れば冷房が効いているのに、額には汗が浮かんでいます。

「……これ、全然関係ないかもしれないんで、放送する時はアレだったらカットしてくださいね? で、その――実は、最近、ここらは妙な感じなんだ」
 店長さんは両手を膝の上に置き、真剣な面持ちです。
 オジョーさんが、妙、とは? とぐっと前に乗り出しました。

「……ここらで、蝉の声とかって聞きましたか?」
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