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トルマリンの歌声
トルマリンの歌声
しおりを挟む私の仕事は宝石を買い取りと販売することだ。
私は【物に触れると過去が見える】。
それも良い思い出も悪い思い出も見える。
けれど、そうだとしても私は見えて良かったと思う。
仕事はそれほど、忙しくは無い。
出張買取もやってはいるものの、申し込みの連絡も多くは無い。
不況があいまって、業績が良いとはいえないが。
あくまで生活する分には困らない程度だ。
今日は両親の命日だ。私は店を午前中で切り上げた。
両親が死んでから八年も経っていることに少しだけ時間の経過を感じた。
死んだ当時、自分は大学生で、どうしたらいいか解らなかった。
悲しむ間の無く、葬儀や遺産のこと、これからのことを親戚と話した。
母親の兄の潔さんはとても親身になってくれた。
私にとっての叔父だ。
その潔さんから母親の遺品をいくつか貰った。
その中にも宝石があった。
受け取った当初は、死のショックが大きく見ることが出来なかった。
私はそれを思い出し、引き出しから取り出した。 古くなった宝石入れは色やけを起こしている。
私は宝石入れから、ネックレスを取り出す。
トルマリンで出できたネックレスだ。トルマリンの日本名は電気石。
十月の誕生石で電気を帯びる性質を持っている。
発祥の地はスリランカのセイロン。見た目は黄緑色透明だ。
宝石言葉は希望、潔白、寛大、忍耐。
私はこの宝石言葉が、母親の由希子にピッタリだと思った。
そっと、そのネックレスに触れた。
ひとたび、触れると思い出が見えてくる。
真っ先に聞こえてきたのは歌声だった。
『雨はやがて止み 傷は癒えるだろう 』
『身を引き裂く悲しみは 空に舞い 消えていく』
誰の歌声か解らない。歌声だけが響いている。 次第に映像が鮮明になっていく。
白い服を着た女性が病院の屋上で歌っている。
その歌声は穏やかで、優しく包み込むよ う雰囲気だった。
心を潤すような、聞いている人をリラックスさせるようだった。
その女性に若いころの母親、由希子が話しかけている。
「また自分で作った歌、歌っていたの?」
由希子の声に気づいた女性が後ろを振り返る。
「うん。だって歌うことが私の生きがいだから」
女性は笑う。私はこの女性が誰か解らなかった。
ただ、何処かで見たことある気だけはしていた。
白い絹のような肌、透き通るような目。
均整 の取れた輪郭。目元のホクロが印象的だった。由希子は少し笑う。
「歌上手いから歌手目指したらどう?」
「歌手かぁ。その前にこの病が治らない限り無理じゃないかな?」
女性は全てを諦めた表情を浮かべる。
「無理か。でもさ、テレビに出なくたって、ステージで歌っている人もいるよ?それでもいいじゃん」
「ステージで披露するレベルのものかなぁ」
「私はそう思うよ」由希子は女性の肩に手を置く。
「でも、それは由希子が私の友達だからでしょう?違う?」
「友達だったとしても、素敵な歌声だと思うよ」
「ありがとう」
女性は世界に光を与えるかのような、輝く笑顔で笑った。
私は途切れるような儚さと、美しさに見惚れた。
思い出は切り替わる。
今度は、由希子が女性に地元のカラオケコンテストへの出場を促している。
由希子の説得は必死だった。
「コンテストに出ようよ。屋上で歌っているだけじゃ勿体ないよ」
「いいよ。私以外に上手い人なんて、この世の中に沢山いる」
女性は病室のベッドで毛布をかけてもぐる。由希子はそれを剥がす。
「コンテストにサトルくんも来るよ!私、歩《あゆみ》が出るって言ったからね!」
女性の名前は歩というらしい。
歩はすぐに起き上がる。
「ちょっちょっと余計なことしないでよ!」
「彼氏なんでしょう?彼氏に良いとこ見せないと!」
「もうー解ったわ!」
こうして、歩はカラオケコンテストに出場することになったらしい。
私はそのコンテストの結果が気になった。
そんな思いも虚しく、画面は切り替わった。
今度はカラオケコンテストの後のようだ。
歩の病院の個室。 歩が由希子に何かを渡している。
よく見るとそれは、トルマリンのネックレスだった。
「これ。私とお揃いのやつなの。この前のカラオケコンテストで賞金が出たのそれで買ったんだ。受け取ってほしい」
歩は由希子の首にネックレスをつける。
「ありがとう。凄く可愛い」由希子は喜ぶ。由希子は歩を抱きしめた。
「これからもずっと友達でいてね」
「当たり前だよ」
由希子は歩を離すと、なぜか歩は元気が無い。
「やっぱり不安なの?」
由希子は歩を気に掛ける。
もしかして、手術でもするのかそれとも。私は益々気になってくる。
歩は涙を流した。
「明日の手術が終わっても、再発することがあるから、やっぱ恐いよ」
歩は震えている。
その震えを支えるように由希子は肩を抱く。
「大丈夫。私がいるから」
「うん」
歩は若年性のガンだったのか。 私は衝撃を受けた。
若いうちに掛かるガンは、すぐに増幅する。
死に至るのも早い。この時の母親の由希子と歩は恐らく、推定で二十歳。
歩はどうなるのだろうか。
私は歩が助かることを願った。
歩がどうなったか解らず、ここで思い出は見えなくなる。
私は中途半端に見えた思い出に、悶々とした。
由希子の友達の歩はどうなったのだろう。
由希子は日記をつけていない。
私は歩が死んでしまった可能性が高い気がして、憂鬱な気分になる。
歩の消息を知ることは出来るのだろうか。
せめて、苗字さえ解ればどうにかなりそうにも思えた。
私は、母親の兄の潔叔父さんに聞いてみようと思い立つ。
電話帳から叔父さんの番号を確認し、スマートフォンで番号を押す。
呼び出し音が鳴る。その時だった。
インターフォンが鳴る。宝石店のお客さんだろうか。
スマフォの電源を切った。
私は鍵を開けて、応対する。
「すいません。本日はもう閉店でして」
私は頭を下げた。顔を上げると、熟年の女性が立っていた。
黒い服をまとい、サングラスをしている。
どこかのマダムかもしれない。女性は言う。
「貴女は川本由希子の娘さん?」
「そう。そうですけど」
私は女性を見つめる。女性は笑う。
「怪しいものじゃないわ。ちょっと来てみたかったのよ」
女性はサングラスを外す。
女性の正体は、ベテランのシンガーソングライターの秋川歩だったのだ。
「えええ」
私は驚く。私は若い頃の秋川の活躍を知らないが、ヒットを連発し、一気にトップスターに上り詰めた天才シンガーだ。
今は若手に曲提供やプロデュースをしている。
それでも一流には違いなかった。
「何故、秋川さんが?」
「驚くわよね。由希子とは友達だったの。由希子が私を夢へ導いてくれたのよ。手術の後、私は夢をかなえて歌手になったの。仕事が忙しくなっちゃって由希子とは疎遠になってしまって。で、会いたいと思ったときには死んでいて」
秋川は歩だったのだ。
秋川は目元にホクロがあったのだ。歩は手術に成功し、夢を叶えた。
私は胸がいっぱいになり、自然と涙が出た。
秋川は状況が読めず、動揺する。
「え?どうしたの?」
「ご、ごめんなさい。私の話聞いてくれますか?」
「いいですけど、大丈夫?」
「じゃあ、狭いですけど、奥に行きましょう」
私は秋川を家に招き入れた。
トルマリンの歌声 (了)
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