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第一部 第一章 異世界転移の篇

30 ゴブリンの襲撃

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 この世界にやって来て6日目も終わり、夜になると全員が早々はやばやと毛布にくるまって眠りについた。

 そして真夜中。

 みんなが寝静ねしずまっている中、暗闇にツグミが一人だけもぞもぞと起き上がった。
 しばらく何かを確認するように辺りの様子をうかがう。だがいつものように虫の声と鳥の声、そして時々遠くでサルか何かの鳴き声が響いているだけだ。

 しかし、ツグミは意を決して隣で眠っているナオの身体をゆささぶる。

ツグミ「ナオ、ナオ…」
ナオ「…ううん…なに?まだ真っ暗だよ……」
ツグミ「ねぇ、何も感じない?」
ナオ「え~?何のこと?…」
ツグミ「『索敵さくてき』って能力。何か、近づいてきてるみたいなの…」

 ナオは面倒めんどくさそうに起き上がり、ぼんやりと虚空こくうながめる。だが、直ぐに真剣な表情に変わった。

ナオ「…山から確かに…」
ツグミ「ねぇ。何か来てるでしょ?」

 ナオは直ぐに『光源こうげん』であかりをつける。
 ツグミはアイやアカリを揺さぶって起こした。

アイ「え~、何よ?こんな時間に……」
アカリ「…う~…まだ夜中じゃないの?……」
ツグミ「ねぇ、何かがこの小屋に近づいてるの…」
アイ「何か、って何?」
ツグミ「分からないの…でも、山の方から…それに…」
アカリ「それに…」
ツグミ「一匹とかじゃないと思うの…結構な数だと思う…」

 アイはやっと事情を飲み込み、毛布から起き上がる。眠っていた者も皆、目を覚ました。

アイ「それって、けものか何かなの?」
ナオ「うん…『索敵』って能力があって、私とツグミには分かるんだけど…」
モア「あー!ホントだ。何かこっちへ来てる!」
アカリ「モアにも分かるんだ。」
モア「うん。」

 アイは立ち上がって毛布をしまうと、すぐにみんなに指示を出す。

アイ「分かった。とにかく準備をしよう。ルカ、引き戸のつっかえ棒はちゃんとなってる?」
ルカ「ちょっと待ってね……うん、大丈夫。」
アイ「じゃあ、ここは小屋だし、戸締とじまりもしているから直ぐに獣が入ってくるわけじゃない。落ち着いて準備をしよう。」
ソラ「何がるの?」
アイ「とりあえず、私とアカリとソラとルカ、そしてタクミにはこないだひろってきた木の棒があるでしょ?それを棍棒こんぼうわりにして、それと拾っておいた石ね。これを獣にぶつけよう。」

タクミ「オレ、棒はもらったけど石はないよ…」
アカリ「あんたには『投石』の能力はないから、要らないんじゃない。」
アイ「タクミはとにかくアユミのそばにいて、その棒でアユミが襲われないように守ること。」
タクミ「了解…」
ツグミ「私たち、魔法を使えるメンバーはどうしよう。」
アイ「え~とね……」

 アイが腕組みをしたのを見て、タクミが話し出す。

タクミ「あのさ、いきなり接近戦って危険すぎるから、とにかくアイさんたちは石を投げて、ツグミさんたちは離れて『ファイア』とか『ウインド』とか『サンダー』とかで攻撃をしようよ。それで出来るだけ接近しないようにしよう。」
アイ「その通りね……オーケー、とにかく物理戦闘ができるメンバーが前に並んで、その後ろに魔法が使えるメンバーが攻撃する形にしよう。」

ツグミ「前にいる人に当てないように気をつけないと……」
モア「そうか……」
ソラ「そうだよ!当てたりしないでね。」
モア「オーケー(笑)…」
アユミ「……私、どうしよう……」
アカリ「あの、アユミは後ろから灯りでらしてくれない。この『光源』の灯りだけだと見にくいかもしれないから……」
アユミ「分かった……」

 全員がアイとタクミの指示で引き戸から離れ、物理戦闘ができる者が石を持って前に、魔法が使える者が後ろになって二列に並び外の音に耳をすませる。
 すると「ザザッ、ザザッ。」という地面をむ音が次第に近づいてくる。それもかなりの数のようだ。

アイ「ツグミ、いったい何か分かる?」
ツグミ「何かは分からないの…でも、どうやら獣みたい…」
ルカ「獣って?」
ツグミ「ごめんなさい…それが何なのかも……」
アカリ「でも、鳴き声とかはしないね…」
ナオ「声を小さくした方がいいよ…」
アイ「オーケー……」

 いつの間にか獣たちの足音は小屋のすぐ前にまでやってきていた。
 だが、野犬やオオカミのようなえ声やサルのような鳴き声は聞こえない。

ソラ(小声で)「ねぇ、窓を開けて何がいるのか見ようか…」
タクミ(小声)「いや、灯りが見えるとこっちへ向かってくるかも…」

ギー、ギー!
ズン、ズン!

全員「!!!」

 何かが引き戸を引っかいたり、ぶつかってきたりするような音がして、全員が緊張で身体をかたくする。

ズン、ズン、ズン!
ドン、ドン、ドン!

 ここが入り口だと分かっているのか、引き戸への衝撃がだんだんと大きくなってきた。

アカリ「アイ、このままじゃ……」
アイ「…分かってる……タクミ…」
タクミ「えっ?」
アイ「あんた、引き戸のそばにいって、私が合図したらつっかえ棒を取って、引き戸を開けて。」
タクミ「…わ、わかった…」
アイ「前のみんなは、もし何かが入ってきたら、直ぐに石を投げつけること。」

 前に並んだメンバーはみんな、黙ってうなずく。タクミは棒を手に、おずおずと引き戸のすぐ横へと近づく。
 その間も何かが戸にぶつかってきている。その衝撃はどんどん強くなって、次第に引き戸がたわむようになってきた。

ソラ「ヤバい……」
アイ「開けて‼」

 タクミはつっかえ棒を取ると、大急ぎで引き戸を開ける。
 そこにいたのは元の世界では誰も見たことがない生き物だった。

 身長は140㎝ほどか。背の高いものでも150㎝もないだろう。
 ずんぐりした身体に短い太い足二本で立っていて、腕は短く、指先の爪は長くとがっている。
 顔はカピバラを思わせるのだが、口から何本もきばが出ており、目もり上がっていておまけに真っ赤だ。
 全身はサルやウサギと同じように毛でおおわれている。
 戸の前に何匹も密集していて、その奥は真っ暗なのでどれだけの数がいるのか分からない。

 全員がその未知の獣の群れに身構みがまえて、戦闘態勢を取る。
 しかしヤツらは頭が良くないのか、一斉に中に入ろうとして詰まってしまい逆に自分たちで動けなくなった。

アイ「今だ!いけっ!」

 アイの合図で前衛ぜんえいのメンバーが一斉に獣たちに石を投げつけた。
 ヤツらは詰まって動けないので、石を投げれば当たる。石をぶつけられた獣たちが泣き叫ぶような声を出し、引き戸の前から逃げ出そうとした。

ツグミ「いくよー!」

 ツグミは腕を伸ばすと、いくつもの炎の玉を獣たちの頭上を越えた向こう側へと飛ばす。
 すると闇の向こうからも大きな声が次々と上がった。
 ツグミの攻撃を見てモアやナオも同じように火球を飛ばしていく。

グギャ!ゲヤァ!

 聞いたことのない鳴き声があちこちから響いて、獣たちは後退して逃げ出した。
 アイはストレージから木の棒を取り出して指示する。

アイ「さあ、一気に追い返すよ!」
アユミ「みんな、もっと辺りを光で照らそう!」

 アイを先頭に物理攻撃ができるメンバーが逃げる獣たちを追いかけると、魔法使いのメンバーは両手に灯りを持ってその後を追う。

 小屋の前では仲間につぶされたのか、伸びてしまっている獣もいれば、まだ頭に火がついているものもいた。
 獣たちは倒れたり、火が点いたままであったりする仲間を放って、皆、一目散に山へ続く道へと逃げていく。

アイ「ここにいる獣はソラとルカが始末して。私とアカリは全部が逃げてしまうか確認するから。」
ソラ「なぐちゃえばいいの?」
アイ「そう。」
ナオ「私とツグミがアイについていくから…」

 ソラとルカがまどっている獣を棒で殴ってまわる。獣たちは木の棒で一発殴られただけでその場に伸びてしまう。
 モアは倒れている獣に点いていた火が拡がらないように消してまわった。

 アイとアカリは逃げずに向かってくる獣を同じように殴って倒し、どれもこれも一発でけりがついてしまう。
 未知の獣たちはアイたちの誰かを傷つけることもなく、あっという間に山の中に逃げていってしまった。

 獣たちが逃げた後には獣たちの死骸しがいがいくつも転がっていた。

アイ「みんな、大丈夫?何ともなかった?」
ソラ「大丈夫…結構ちょろっかった(笑)…」
ナオ「大したことないのでよかった…」
ツグミ「ホント、何ともなくてよかった…」

 ツグミは安心したのか、ナオにきついて泣き出した。

ソラ「泣かなくてもいいよ(笑)…」
ルカ「ツグミちゃんのおかげだね…」
アカリ「ねぇ…心配したもんね…」

 アカリはナオの胸の中で泣いているツグミの頭をでる。みんながホッとして笑顔でその様子を見ていた。

ソラ「…で、この死骸とかって、どうすればいいの?…」
アユミ「ちょっと待ってね……本、見てみるね……」

 ルカが手から灯りを出して照らし、みんなでアユミが取り出した本をのぞき込む。

アユミ「今、襲ってきたのが『ゴブリン』って言う『魔獣まじゅう』で、魔獣のレベルとしては最弱級なんだって…」
アイ「だろうね……」
アカリ「石と木の棒でやっつけられるんだから…」
アユミ「で、『ゴブリンの肉は人間の食用には向かないが、その毛皮は衣類用として重宝ちょうほうされ、一定の値で取引される。』っと…」
タクミ「このゴブリンのそばにこんな石が落ちてるけど……」

 タクミは灯りの下に拾った石を差し出す。それはくるみほどの大きさの真っ赤な石だ。

アユミ「え~と…その石はなになに…それは『魔石』って言うんだって。
 え~、『魔石は魔獣の中にある石で、この魔石から出る魔力によって獣は魔獣になると考えられている。』…
 で、『魔獣が死ぬとそのそばから魔石は見つかるものである。』と……」
ルカ「じゃあ、その魔石ってヤバくないの?これでゴブリンが魔獣になるんでしょ」

 アユミ以外の女の子たち全員が、タクミが持っている魔石から一斉に離れた。

アユミ「え~と、『魔石がびている魔力は、時にそれを持つ人に悪しき影響を与える。
 例えば頭痛や嘔吐おうと、もしくは魔法使いならば魔法の暴走などが起こりえる。
 なので、魔石には必ず『シールド』や『スクリーン』のような、魔法守備の魔法を掛けておく必要がある。
 また、魔石はカットをほどこして宝石にすると、さらに強く、安全に魔力を得られる。』…」
モア「じゃあ、結構ヤバいよ、それ……」

 モアは怖くなってきたのか、そばにいたアカリの肩にしがみつく。

アユミ「『しかし、ゴブリンの魔石は魔力が弱く、魔石としての価値はほとんどない』だって…」
モア「それを早く言ってよ!」
ソラ「(笑)」
アユミ「『ただし、ゴブリンの魔石はみがいてボタンなどにされることが多く、数があるとギルドでも引き取られる』だってさ。」
ナオ「じゃあ、このゴブリンの死骸も魔石も持っていったら売れるってことね。」
アカリ「どこへ持っていけばいいかが問題ね。ギルドって言ってるけど…」

アイ「とりあえずストレージにしまっとこう。タクミ、あんたのとこに入れといてね。」
タクミ「オレ……?」
ソラ「ハイハイ、手伝うよ(笑)…」
ルカ「みんなでやっちゃおうよ。」
アカリ「じゃあ私は、あっちの道の方ね。」
ナオ「私がついていくね…」
アカリ「ありがとう。」
アイ「急いで片づけちゃおう。」

 みんなはそれぞれ手分けしてゴブリンの死骸しがいと魔石を回収して、さらに『ウォーター』のような魔法を使い、辺りに流れたゴブリンの血を洗い流すこともした。

 こうして初めての魔獣の襲撃の後始末あとしまつは深夜遅くまで行われた。






*楽しんでくださった方や今後が気になるという方は、ブックマークや評価をいただければ励みになります。
 また、面白かったところや気になったところなどの感想もいただければ幸いです。よろしくお願いします。

 2025年10月7日。
 読みやすさ改善のため、文章を大幅に変更しました。
 一部の語句や文章の修正も行っていますが、内容は変更していません。
 今後も文章の改変を随時行っていきます。ゆっくりマイペースで行いますので、どうかご理解下さい。
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