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第二章 冒険出発の篇

43-1 彷徨(さまよ)い人

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 アイたちが倒れている男性の近くまで行くと、その身体に毛布がかけられていた。

 彼女たちは一瞬、男性が亡くなってしまったのかと思ってギョッとする。
 だが毛布は彼の上半身にだけかけられ、脚のところにモアが座って魔法をかけていた。
 その近くでアユミはぐったりしてナオに寄りかかっている。

 女の子2人はまだ警戒けいかいしているのか、男性から少し離れたところに座ったままモアやアイのことをジッと見ている。
 アイはアユミに小声で話しかけた。

アイ「アユミ、大丈夫?…」
アユミ「ありがとう…私は大丈夫…」
アカリ「この人はどう?」
ナオ「クマにやられた傷がかなり深かったらしくて、アユミが『ヒーラー』をかけて傷はふさがって血も止まったんだけど…」
アユミ「痛みがだいぶキツイみたいだし、出血がかなりひどかったから…」
アイ「命も危ないの?…」
アユミ「分からないの…
 今はモアが『ヒーラー』と『ケアラ』をかけてくれてるけど…」

 アイたちの話し声に気がついたのか、男性は身体を動かそうとする。
 アイとナオがあわてて男性のそばへ行った。

ナオ「動かないで下さい。傷が深かったし、出血も多かったので…」
男「……あんたら……一体どこから……」
アイ「山の方から来ました…数日かけて歩いて…そこで皆さんがクマに襲われているのに出会って…」

 すると年長の少女がアイをキッとにらむ。

少女「あの山…魔獣まじゅう住処すみか…あそこから…人…来ない…」

 アイとナオは顔を見合わせる。ナオはそれでも男性が起きないように声をかける。

ナオ「とにかく、今はお話も身体を動かされるのもしない方がいいです…」
アイ「私の仲間が魔法をかけていますので…」
男「魔法……あんたたち…一体……」
アイ「話は後で…今は休んで下さい。」

 男性はやはり苦しいのだろう。少しうなると話を止めて目をつぶった。

 『ヒーラー』や『ケアラ』をかけていたモアも疲れてきたので、今度はナオが代わる。
 他のみんながその場にぼんやりと座っているのに気づき、ルカがストレージからパンと飲み物を取り出した。

ルカ「あまり食欲が出ないかもしれないけど…」
アカリ「ううん…ありがたいよ…」
ソラ「でも、正直あまり食べたくないかな…」

 格闘かくとうの激しさと疲労に何人かがソラの言葉にうなずく。
 そんな声に、タクミがちぎったパンと飲み物を見せながら言う。

タクミ「例えばパンをオレンジジュースとかミルクティーにひたして食べるだけでも違うよ…」
アイ「食べやすくなるってこと?」
タクミ「そう。それに今あるパンって菓子パンじゃないから、ちょっと甘さをつけたらいいんじゃないかな…」
ソラ「じゃあ、やってみるよ…」

 タクミは実際にやってみせ、他の女の子らも思い思いのパンを甘い飲み物に浸して口に運ぶ。
 ソラは自然と2口目、3口目、また次とパンを食べ続けた。

ソラ「確かにこれの方が食べやすい…」
ルカ「私も…」
モア「これ、美味しい…」

 タクミは自分の提案がうまくいって内心ホッとする。

タクミ「ちょっと変えるだけで違ってくるから…」
ツグミ「これって、おかゆ代わりのものとちょっと似てるね…」
ソラ「あー、確かに…」
アユミ「こういうのって、正直行儀悪いと思ってたけど…」

 アカリはパンを手に少女たちのところへ行った。

アカリ「私たち、パンを持ってるんだけど…食べない?」

 アカリの言葉に年長の少女がかぶりを振る。

少女「私たちも持ってる…らない…」

 2人の女の子は背負っているかわの袋からパンと革の水筒を出して、自分たちも食べ始めた。
 アカリは無理にすすめずに仲間のところに戻った。

 食事を終えた後も、アユミとモアとナオが交代で男性の怪我けがの箇所に回復魔法をかけ続ける。
 すると、次第に男性の顔に生気が戻ってきた。
 モアがまた『ヒーラー』をかけている間にアイとアユミが男性にたずねる。

アイ「お加減かげんはいかがですか?」
アユミ「まだ、痛みは酷いですか?」

 男が身体を起こそうとするのでアイが支える。
 アユミがコップに入れた水を差し出すと男はそれを口にした。

アユミ「大丈夫ですか?」
男「…ああ…済まない…酷い痛みは…収まってきた…」
アイ「集落しゅうらくは近いんですか?」
男「いや、歩いて3,4時間はかかる。オレたちは今日、日の出前に村を出てきたから…」

 アカリやナオも男のそばまでやって来た。

アカリ「私たちが村までお送りしましょう。」
男「…それは…ありがたいが……それより、あんたら…一体誰なんだ?…」

 アイたちはみな顔を見合わせ、アイが自分たちのことを話し始める。

アイ「名乗るのが遅れてすいません。私はアイと言います。
 実は私たち、この世界の人間じゃないんです。全く別の世界にいたのが、気づいたらあの山の中の小屋にいて…
 その小屋にあった本に、私たちを魔法でこの世界に連れてきたって書いてあって…」
男「……まさか……「彷徨さまよい人」とは……ただの言い伝えだと思っていたが……」

 男の口から出た「彷徨い人」という言葉を聞いて、みんな、何度もその言葉を繰り返した。
 アイが、アユミが取り出した本を男に見せようとする。

男「……ダメだ……オレは字が読めない……だが、もう疑ってはいない……」
アイ「「彷徨い人」って…私たちみたいな人がいたんですか?…」
男「……くわしいことは…オレには分からない……村の長老たちは…知っているかもしれんが…」

 男の言葉を聞いて、アイがみんなの顔を見る。

アイ「私たちも誰かのお話を聞きたいんです…だから、村まで送らせてもらえませんか?…」

 男はまだ傷が痛むのだろう。「フー」と一度大きく息を吐き出した。

男「…分かった…オレの名前はギリア…
 アイとか言ったが…あんたがたに送ってもらうのが一番良いのだろう…申し訳ないが、よろしく頼む…」

 ギリアはまだつらそうだが、それでもしっかりと頭を下げた。
 2人の女の子のうち姉の方はギリアのそばにいたが、妹は虫でも見つけたのだろう、何かを追いかけて少し離れたところまで行ってしまっている。
 ギリアはそばにいる少女の頭をでた。

ギリア「この子はリカ…そして妹はリア…二人ともオレの娘だ…」

 アカリがギリアのそばに行き、ひざまずいて名乗る。

アカリ「私はアカリと言います。私がギリアさんを背負っていきましょう。」

 ギリアは女性が自分を背負うと名乗り出たのに驚いて、辺りを見回す。
 そして、そこにいるのがほとんど若い女性なのに気づき、さらに驚いた。

ギリア「…あんたらが……本当にあの…化け物を……」
アイ「ハイ…でも、かなり運が良かったと思います…」
ギリア「……そうか……「彷徨い人」……だからか……」

 ギリアは最後の言葉を独り言のようにつぶやいた。
 アカリが跪いてギリアに背中を向けるとアイやルカが、ギリアが背中につかまるのを助ける。
 ギリアの傷のある脚を持たないようにするため、ルカがギリアの背中を支える。

 彼を背負ったアカリが立ち上がったのを合図に、全員が出発の準備をした。
 リカは走ってリアを父親のそばまで引っ張ってくる。
 アユミが体をかがめてリカに尋ねた。

アユミ「リカさん、村まで案内してくれませんか?」

 リカはまだ警戒しているのか、ジッとアイたちを見回すが、小さくうなずいて歩き出した。
 リカは川の方へ行くのではなく、むしろ川から離れるように進む。
 全員がリカについて歩き始めた。

アイ「ギリアさんがいるから、ゆっくりと進もう!」

 リカは父親のことが気になるのか、アカリの少し前を歩いて時々父親の方を見る。
 リアはいつの間にかソラやモアと話をするようになっていた。

アカリ「…どうですか?苦しかったり、痛かったりしたら言って下さい。」
ギリア「……ああ……」








*楽しんでくださった方や今後が気になるという方は、「いいね」や「お気に入り」をいただければ励みになります。
 また、面白かったところや気になったところなどの感想もいただければ幸いです。よろしくお願いします。

 2025年10月14日。
 読みやすさ改善のため、文章を大幅に変更しました。
 一部の語句や文章の修正も行っていますが、内容は変更していません。
 今後も文章の改変を随時行っていきます。ゆっくりマイペースで行いますので、どうかご理解下さい。

 2025年12月14日。
 文字数がかなり多いエピソードが増えてきましたので、エピソードを分割して読みやすくしていきます。
 現状では文字数で機械的に分割を行っていますので、単純にページが増えているという感じでお読み下さい。
 こちらもマイペースで進行いたしますので、ご容赦ください。
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