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第三章 クエスト開始の篇

56 冒険者ギルドと初めてのクエスト

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 アイたちはお店で教えてもらったように、宿屋への道をそのまま戻っていった。

 武器は今までずっとストレージに入れて持ち歩いていたのだが、今日は買ったばかりのものを実際に持って歩く。
 腰に剣をぶら下げ、手にやりつえを持ち、店で渡されたよろいかぶとの入った袋も肩に背負うとその重さや長さ、大きさを実感せずにはいられない。

ソラ「う~ん、武器って意外と邪魔だね…」
タクミ「剣ってこんなに重いんだ…」
アイ「槍も袋もとにかく邪魔だー…」
ナオ「この鎧の入った袋だけでもストレージに入れたらどう?」
アカリ「そうだね…お店じゃ、ストレージが大きいのを隠さないとダメだったから…」
モア「じゃあ、もう入れていい?」
アユミ「もういいんじゃないの(笑)。」

 みんなは並んだ家のかげに入って、鎧兜の入った袋を各々のストレージにしまった。

ソラ「今までは何でもストレージに入れてたから…」
アイ「難しいね…便利なのを知られたらダメだって…」
アユミ「仕方ないよ…町の中にいる間だけだよ…」

 まだ店を出て百メートルというところだが、みな明らかに手にした武器を持て余していた。
 だがとりあえずそんな武器を引きずりながら、ギルドへとまた歩き出す。

 昨日泊まった宿屋も両替所の前も通り過ぎてしばらくいくと、言われた通りに右手に3階建てのちょっと大きめの建物が見えてくる。

タクミ「そこ、みたい…」
モア「ホントだー…こんなところにある…」
ツグミ「昨日は人混みで気づかなかったね…」

 しかし店のオヤジやおかみさんが言ったように、建物の前には何人かの男たちが地面に座ってたむろしていた。
 アイが全員に目配めくばせをすると、みんなはフードをもう一度深くかぶり直す。

 男たちは7,8人で、どうやらお酒が入っているらしい革袋かわぶくろを回し飲みしている。
 どの男も身体が大きく、座ったり寝転がったりしていても背が高いのがわかる。
 手足も太く、何人かは筋肉を見せるためか、上半身裸のままだ。
 剣を地面に置き、槍やほこは壁に立て掛けていて、何かの話をしては笑い声が起こった。

 アイたちは文字通り小さくなってその前を通り、ギルドへ入ろうとする。
 すると、それまで黙ってアイたちをジロジロ見ていた男たちが聞こえるような声で話し出した。

一人目の男「どうやら新入りらしいぜ。」
二人目の男「えらくちっぽけなヤツばかりだな。」
三人目の男「見ろよアイツ、剣に引きずられてるぜ。」
四人目の男「槍も買ったばかりみたいだな、フラフラしてるぜ…」
一人目の男「さっさと自分の村に帰った方がよさそうだな。」

 最初に話し出した男がそう言うと、全員がドッと笑う。
 ソラがムキになって振り向こうとするのをアカリが押しとどめて、みんなは建物の中へと入った。

 入り口を入るとすぐ目の前に急な木の階段がある。
 右手には長い廊下があるが、受付のような場所はなさそうだ。
 全員がきょろきょろ見渡すと、小屋にあった本と似たような文字で左手の板壁に薄っすらと「2階 受付」と書かれていた。

 アイたちはその急な階段を上っていくが、腰にぶら下げた剣や手に持った槍とか杖が邪魔でなかなか上がれない。本当にフーフー言いながら、全員が2階へと上がった。

 2階にも長い木の廊下があり、ちょうどその真ん中辺りに受付らしき小窓がある。
 その小窓のすぐ横の壁には何やら小さな紙がべたべたと一面に貼られているようだ。

 みんながアイを先頭にその小窓のところまで行くと、内側に小柄な中年の男性が椅子に座っていた。
 書類のようなものを一心にのぞき込んでいるその頭はてっぺんまで毛がなく、後ろと耳の上にだけ申し訳程度に生えている。
 男はアイたちの気配に気づいて顔を上げ、無愛想ぶあいそうにアイたちをジロっとした目で見上げた。

受付の男「いらっしゃい…勇者パーティーの方で?…」

 男の何の感情もない言い方にみんなはお互いの顔を見るが、アイが進み出た。

アイ「勇者パーティーの登録をしたいのですが…」
受付の男「あなたがパーティーのリーダーで?…」
アイ「はい。アイと言います…」

 男はうなずくと抽斗ひきだしから木でできたカードを一枚取り出し、それを机の横に置いてある白い箱にせる。

受付の男「じゃあアイさんとやら、このカードを軽くでいいから触って。」

 アイが人差し指を出してそのカードに触れると、カードとそれを載せた箱の両方が一瞬白く光った。
 その光を見ると受付の男はアイに「もういいよ」と言う。

受付の男「後ろに並んでるのがパーティーのメンバーだね…全員そろってるの?」
アイ「はい、これで全員です。」
受付の男「じゃあ、次はメンバー全員が順番にこのカードに触って。」

 アカリから順番にアイと同じように置かれたカードに触れていく。一人々々触れる度にカードと箱が光る。
 受付の男はその様子をしっかりと確かめて、最後にタクミがそのカードに触れると全員を見渡す。

受付の男「これで全員?」
アイ「はい。みんなカードに触ったよね?」

 アイの言葉に全員がうなずく。その様子を見て男はカードを箱から取って、アイに差し出した。

受付の男「はい、これで勇者パーティーの登録は済んだよ。
 このカードには魔法であんたがリーダーってことや、あんたたちがパーティーのメンバーだということが記されてる。

 カードはリーダーがちゃんと管理してくれ。
 もしメンバーが増えたり、減ったりした時や、リーダーが交代した時は近くの町の冒険者ギルドへ行って、おんなじようにこのカードに記録してもらってね。」

アカリ「リーダーが交代することってあるんですか?」
受付の男「ああ、クエストで死んだり、怪我したりして続けられなくなって代わることはあるよ。
 あんたたちは本当に今から始めるところみたいだけど、次に誰がリーダーになるのか、決めといた方がいいよ。」
アイ「はあ、わかりました…」

 まだクエストを決めることはおろか、勇者パーティーとして登録したばかりだというのに次のリーダーを決めとけと言われて、アイたちは黙ってお互いの顔を見合わせるばかりだった。

受付の男「で、今日は登録だけ?クエストはどうするの?」
ナオ「あの~、この壁にられてるのがここに届いてるクエストですか?…」
受付の男「そう。壁の上の方に貼られてるものから報酬ほうしゅうが高くなってる。下の方が安いってこと。」
アカリ「ちょっと見てもいいですか?」
受付の男「ああ、好きなだけ見たらいいよ…」

 受付のすぐ横の壁にはたくさんの紙がピンで留めてある。
 その紙には本にもあった紋様もんようのような字でクエストを出している村や町、貴族らしい人物の名前やクエストの内容、そして報酬が書かれていた。
 クエストによっては期限が書かれているものもあった。

 何やら盗賊の討伐らしいものもあれば、オオカミかクマの退治が書かれているものもある。
 みんなが思っていたよりも難しそうなものが多そうだ。
 アイたちが少しまゆをひそめて難しい顔をしているのを見て、受付の男が声をかけた。

受付の男「あんたたち、今さっき登録したばかりでそんな上の方のクエスト見てても仕方ないよ…
 そんなクエストはあんたらには無理だ…やめといた方がいい…」
ナオ「じゃあ、私たちでも出来そうなのってどれですか?…」
受付の男「そうだな…」

 受付の男は初めて机から立ち上がると、部屋の奥へと回る。
 そして、クエストが貼ってある壁の横にあるとびらから廊下へと出てきた。
 男は椅子に座っている時も小柄に見えていたが、出てくるとタクミよりずっと小さい。

 男は壁の下の方をしきりに見ていたが、そこから紙を一枚手に取り、それをアイの前に出す。
 アイがその紙を手に取ると、他のみんなも一斉にのぞき込んだ。
 そこには「ゴブリン退治」と書かれていた。

アイ「ゴブリン退治、ですか…」
受付の男「そう。結構前から出ていたんだが引き受けるものがいなかったんでな…」
ソラ「ゴブリンって、あの毛皮におおわれてて、二本脚で歩いてるヤツですか?」
受付の男「おお、ゴブリンのことを知ってるのか。それは話が早い。
 そのゴブリンだ。どうもかなりの数が山からやって来てるそうだ…」

アユミ「危険そうなんですか?」
受付の男「まあ相手はゴブリンだから危険ってことはないだろうが、とにかく数が多いらしいから手間がかかる割には安いんだろうな…
 それで引き受け手がいないんだろう…」

ソラ「そんな仕事をやれって…」
受付の男「そんな仕事なんて言うもんじゃないよ…
 クエストを出してる村にとっては大変なことだし、あんたらみたいなまだ始めたばかりのが大層な仕事をやれるわけじゃないだろう…
 親切で言うが、こういうクエストからちゃんとやってく方がいいよ…そうやって仕事のやり方を覚えるんだ…」

ルカ「確かに…知らないことばかりだし…」
受付の男「だろう?外でくだいてる奴らを見たろう?
 あいつらなんか、仕事もできないくせにやれこのクエストは自分たちの仕事じゃないとか、偉そうなことばかりぬかしてる…
 そんなことを言うんじゃなく、安くてもそうしたクエストからやっていって少しずつ難しいことができるようになればいいんだよ。」
アイ「この町まで乗せてくれた駅馬車の御者さんにもそう言われました。」
受付の男「そうだろう…じゃ、そのクエストでいいかい?」

 アイたちは改めてクエストを書かれた紙を読んだ。

『エブルの村 ゴブリン退治

 山から数十匹以上のゴブリンがやって来て、このままだと村まで荒らされそうになっている。
 勇者パーティーの力でゴブリンを退治して、山の向こうへと追い払ってほしい。

 報酬 60ゴールド  期限 なし 』

アイ「このクエストってどう思う?」
ソラ「ゴブリンだと結構ちょろかったよ…」
ナオ「前に戦ったことがあって、何か分かってるのは安心だけど…」
ツグミ「数十匹って、あの時より多いのかな…」
アカリ「あの時もかなりの数、いたけどね…」
タクミ「でも、今は武器もちゃんとあるし…あん時は木の棒と石で戦ったから…」
モア「あんなのいちころじゃん、違う?」
ルカ「油断大敵だよー…」
アカリ「で、どうすんの?…」

 他のみんながアイの顔を見た。アイは黙ってうなずく。

アイ「とりあえず、まずこのクエストをやってみよう。そこまで危ないものでもなさそうだし…」
ナオ「分かった。」
アカリ「オーケー…」
ソラ「り(了解)。」
モア「り(了解)!(笑)」
アユミ「モア、ふざけてちゃダメだよ…」

 アイたちがひたいを集めているところに、元の場所へ戻った受付の男が声をかける。

受付の男「で、どうすんだい?やるの?やらないの?」

 アイは振り返って受付の窓口に改めて向かう。

アイ「じゃあ、このクエストやります。」
受付の男「そう。じゃあ、さっき渡したカードをもう一度ちょうだい…」

 男はアイからカードを受け取るとまたあの白い箱に載せ、その上にさらにクエストが書かれた紙を載せた。
 すると今度はカードと箱とクエストの紙の三つともが光って、アイには一瞬紙が浮き上がったように見えた。

 光が消えると受付の男はクエストの紙を手に取って何か印を書くと、それを机の抽斗にしまってカードをまたアイに渡した。

受付の男「これでこのクエストをあんたがたが引き受けたことがカードに書かれたから、クエストが終わったらまたこのカードを持ってここに来てくれ。」
アイ「エブルの村ってこの町からどれぐらいのところですか?」
受付の男「エブルだと駅馬車で二日ってとこじゃないかな…
 厩舎きゅうしゃで聞けばよくわかるだろう…まだ、何かある?」

 男の言葉にアイは振り返って仲間たちの顔を見るが、誰も今は特に何も浮かんでいないようだ。
 アイはうなずいて受付の男に「大丈夫です。」と言う。

受付の男「じゃあ、クエストが終わったらまた来てくれ。
 それとクエストの報酬は行った村からもらうようにな。
 ここには支払うような金はないから。」
アイ「わかりました。」

 アイたちが頭を下げると、受付の男はまた机の上の書類の方に顔を落としてアイたちには見向きもしなかった。
 みんなはまたぞろぞろと武器を引きずりながら廊下を戻った。

アカリ「とりあえずこの町ですべき大きな仕事は終わったね…」
ナオ「次はこのクエストをどうやってやるのか、だよね…」
モア「大丈夫だって、あんなゴブリンなんか…」
アユミ「この子はまだあんなこと言ってる。
 何が起こるか分からないよ…注意しないと…」
アイ「しっ、まだ外にヤなヤツらがいるからね…気をつけなきゃ…」

 アイが階段を下りながら注意したので、他のみんなは口を閉じてもう一度フードをしっかりと被った。

 アイたちを待っていたわけではないだろうが、たむろする男たちはさっきよりも増えているようだった。
 皆だいぶ酔っているらしく、あちこちから大声がする。男たちはギルドの建物から出てきたアイたちを見るとドッと笑った。

一人目の男「おーおー、どうやらホントに勇者パーティーとしてやってくらしいぜ、こいつら…」
二人目の男「その前にその引きずってる槍の使い方を、帰ってお母ちゃんに聞いた方がいいんじゃないの?」
三人目の男「あんなチビでせっぽちなら、ウサギぐらいしか切れないぜ。」
四人目の男「今のうちに畑仕事に戻った方が身のためだよー…」
二人目の男「そうそう(笑)」

 誰からともなく下品な笑い声がれてくる。
 ソラやアイが怒りで身体を硬くするが、アカリやアユミ、ナオが2人をなだめて男たちの前を黙って通った。

一人目の男「おい、なんか言い返さないのか!」
四人目の男「そんなキンタマもねえか、えー。」
三人目の男「根性なしだぜ、まったく…」
一人目の男「もう戻ってくんなよ!」

 男たちはどこまでもアイたちを揶揄やゆし続けたが、みんなは何とか何も言い返さずにギルドを離れた。
 アイたちはとにかく歩き続けて、男たちが見えなくなって始めてホッと息をつく。ソラはちょっと怒った目つきでギルドの方を振り返った。

ソラ「クソー、あんなヤツらに馬鹿にされて…ホントに腹立つー…」
アカリ「まあ確かにね…ちゃんとしているヤツらならともかく、酒飲んでるだけでしょ…」
アイ「店のおじさんやおばさんに言われてなかったら、マジでヤバかった…」
アユミ「我慢できてよかった…言い合いになんかなってたら、余計大変だったかもしんない…」
ルカ「ホントだよ…」
ナオ「まあ、腹が立っても我慢してくれたんだからよしとしようよ…」

 それでも男たちが見えなくなって誰もが安心した。

ソラ「で、これからどうすんの?」
タクミ「武器も買って、登録もして、クエストも決めたし…」

 おおよその仕事も終わってこれからどうするのか、みんなは額を集めて相談する。

ナオ「クエストの村ってここから駅馬車で二日とか言ってたから…」
アユミ「駅馬車のことを聞きにいかなきゃ…」
アイ「ついでにナニさんに全て上手くいったって、報告しようよ…」

 アイの言葉に全員がうなずいた。

アカリ「それはそうだね…」
ナオ「ナニさんに教えてもらったから、何も困らなかったわけだからね…」
モア「じゃあ、とりあえず…えーと…どこへ行くんだっけ?」
アカリ「なに言ってんのこの子(笑)…」
ソラ「分かってねえんだ(笑)…」
モア「えーと、ナニさんに会いに行くー!」
ルカ「厩舎に行く、だね…」
アイ「ホントに、なに言ってんの?(笑)…」

 モアのいい加減なセリフにみんなが大笑いしてさっきまでのイヤな空気が変わったところで、全員揃って厩舎へと向かった。
 道すがら、ソラやアカリは手にしている槍や矛をいかにも邪魔というように引きずる。

ソラ「で、この槍ってまだ持ってないとダメかな?」
アカリ「わかる…もう邪魔で仕方ないけど…」
ルカ「でも、町にいる間は持ってる方がいいんじゃない?急に持ってなかったら、変な目で見られないかな?…」
アイ「う~ん…」

 アイやアカリがしばらく道の端っこで腕を組んで考え込むところに、ナオが真面目な顔で言う。

ナオ「あのね…私のおばあちゃんが結構な田舎にあったんだけど、そういうとこじゃ誰が何持っていたとか、何着ていたとかってすぐに話題になったし、そういう田舎の人ってそういうことを意外とよく覚えてたよ…
 だから、こんな小さな町だと武器を持ってたり、持ってなかったりしたら奇異きいな目で見られるかもしれない…」

ルカ「確かに…私のおばあちゃんも田舎だったから、ちょっと車が変わってるとか髪型変わってるとか、細かく言われたよ…
 ここでも気をつけた方がいいかもしんない…」
アイ「分かった…武器は宿屋まで持ち歩こう…」

 アイの言葉にソラがちょっと肩を落とす。

ソラ「まだこいつといっしょか…」
アカリ「まあまあ、ガッカリしないって…せっかくの相棒なんだから可愛がってやろうよ…」
ソラ「あんまり可愛くない!」
タクミ「っていうか、この剣が重い…」
ルカ「ねえ、剣ってこんなに重いんだね…腰が痛くなってきてるよ…」
モア「この杖も、どっか置いていきたい…」
ツグミ「気をつけてね…ホントに置き忘れたらダメだよ…」

 みんなはそれぞれ自分の武器に文句を言いながら、それでもそれを引きずって歩き続ける。
 門の前を通り過ぎてしばらく行くと厩舎きゅうしゃにたどり着いた。
 そこはこれまで泊まったどの村の厩舎よりもずっと広く、建物の前にある広場にはちょうど馬車が2両止まっている。

 馬車から外した馬の面倒をみる者。馬車から荷物を降ろす者。馬車の御者らしき男は別の男たちとずっと話している。
 忙しく立ち振る舞う人々ばかりでナニの居場所を聞けるような雰囲気ではない。

 アイたちはしばらく厩舎の入り口で固まってぼんやりと立っていた。
 するとそこに麻のズボンに麻のシャツだけ着た背の高い男が近寄ってくる。

背の高い男「あんたたち、そんなところにぼーと突っ立って、なんか用かい?」
アイ「あの~、人を探しているんですが…」
背の高い男「そうかい、とりあえずそんなところに立ってると邪魔だ。中に入ってこっちに来な。」
アユミ「すいません…」

 男はアイたちを厩舎の前の広場のすみへと連れていく。

背の高い男「で、誰を探してるんだ?」
ナオ「御者のナニさんです…」
アイ「私たち、ナニさんの駅馬車でこの町まで来たんですが、その間にいろいろ教えていただいたので…」
背の高い男「ナニだな?分かった、ちょっと見てきてやるからここにいるんだ。あんまりうろうろすると馬にられるぞ…」
アイ「はい…」

 男に注意されて、アイたちは広場の隅っこに小さくなって固まっていた。
 すると、しばらくしてそこにナニがやって来る。仕事の途中だったのか、汗をいっぱいかきながらもアイたちを見つけて笑顔になる。

ナニ「おう、どうした?武器を持ってるとこを見ると上手くいったようだな…
 ギルドの登録も出来たんだな?」
アイ「ナニさんのおかげでギルドの登録も出来ました。
 お店でもおじさんやおばさんにお世話になって、剣や槍だけじゃなくて鎧や兜とか色々なものを買えました。」
ナニ「そいつは良かった。で、これからどうすんだい?」
ナオ「実はもうクエストも引き受けてきて、エブルという村へゴブリン退治に向かいます。」
ナニ「エブルか…じゃ、ちょっと待ってな。エブルへ行く駅馬車のことを聞いてきてやるから。」

 ナニはアイたちが何も言わないうちから厩舎の建物の方へ走っていった。
 アイがその後ろ姿をぼんやり眺めていると、ナオが脇腹わきばらをつつく。

ナオ「ねえ、ホントは私たちが自分で聞きに行かないとダメじゃん…」
アイ「あっ、そうだ…」
アユミ「なんか、いろんな人にやってもらってばっかりだね…」
アカリ「しっかりしなきゃダメだ、私たち…」
アイ「確かに…」

 そんな話をしている間にナニが戻ってくると、アイがナニに頭を下げる。

アイ「すいません…私たちが自分でいかなきゃダメなのに…」
ナニ「いいって、気にするな…
 それにここは馬もいるからな、知らない人間がウロウロするより俺が聞いてくる方がいいんだ…」
アイ「本当にすいません…」
ナニ「それで…エブルへ行く駅馬車は明日の朝、出発だ。
 ちょっと忙しいが、それでも大丈夫だろ?」

ルカ「明日の朝…」
ナニ「そう。だが、こんな町にずっといたって金が要るだけだ。
 バタバタするが、行くと決めたんだからすぐに行くべきだろうな。」
ナオ「そうかもしんない…」
アイ「明日の朝にここに来ればいいですか?」
ナニ「ああ、ここに来て『エブル行きの駅馬車』って聞きゃあいい。」
アイ「わかりました。」

 ナニはアイたちを人のこない隅に引っ張っていった。

ナニ「俺も明後日には別の村に出発するし、そうすりゃもう会うのは無理だろう…」
アイ「いろいろ親切にしていただき、本当にありがとうございました。」

 アイが改めて頭を下げると、他のみんなもそれにならって頭を下げた。
 ナニは真面目な顔で言う。

ナニ「まあ、よく分からない世界で誰も知らないってのはホントに大変だろうが、とにかく無理せずにやっていくんだ。
 後はよく人を見て、誰が頼りになるのか、しっかり見定めてそういう人に頼れるだけ頼るんだ、いいな。」
ナオ「わかりました。」
ソラ「頼れるだけ頼れって…」

ナニ「今日行った店のオヤジやおかみさんもああ見えていい人だから、なんかあったらあそこへ行っていろいろ聞けばいい。」
アユミ「お店でもいつでも来たらいいって、言ってもらいました。」
ナニ「そりゃあ良かった。とにかくそういう人にいろんな話を聞くんだ。
 あんたらはなんか親切にしてやりたくなるところがあるからな…
 そういうとくなところは使えるだけ使うんだ、いいな(笑)。」
アイ「はい…」

 ナニがうなずいて建物の方へ行こうとすると、ツグミがまた何かを思い出す。

ツグミ「あっ、ちょっと待ってください。」
ナニ「うん、どうした?」
ツグミ「あの~…私たち、ギルドの前で変な人たちに冷やかされて…」
ソラ「そうそう、ナニさんが言ってたように、酒飲んでくだいてるヤツらに色々言われて…」

 ナニは少しけわしい表情になってみんなに聞く。

ナニ「何も言い返さなかっただろうな?」
アイ「はい、店のオヤジやおかみさんにも関わり合いになるな、って…」
ツグミ「でも、宿屋に戻る時にまたギルドの前を通らないといけないから…」
アユミ「確かに…またあそこ通らないと…」
ソラ「もうあんなヤツらに会いたくないよ…」

 アイたちが何を聞きたかったのかをさとって、ナニは笑顔になる。

ナニ「わかったわかった(笑)…
 この厩舎を出てすぐ左手に細い路地がある。そこを入っていくんだ。
 そうすりゃ、まず広い道に出る。そこが門から伸びてる通りだ。
 そこを横切って、そのまま路地を行って最初の十字路を右に曲がるんだ。
 そうすりゃギルドの前を通らずに最初に通った、宿屋の前の道に行けるぜ。」

 アイたちは全員がナニの言葉を頭の中で反芻はんすうして、道を覚えようとする。
 そんな様子を見て、ナニは笑う。

ナニ「そんなに心配しなくても、道が分からなくなったらその辺のヤツに聞けばいい。
 ホルンの女将おかみの宿屋って言やあ、だいたいが知ってるよ…
 そんなにデカイ町じゃなねえからな…」
ナオ「すいません…何から何まで…」
ナニ「仕方ねえだろう…だからそんな小さなこと、気にするなって…
 知らねえことばかりなんだから、何でもかんでも聞きゃいいんだ…
 ただ、相手はよく見ろ、ってだけだ…」

 ナニにそう言われたが、アイたちはやはりもう一度全員で頭を下げる。
 ナニは笑顔で何度もうなずいた。

ナニ「じゃあ、身体に気をつけてな。クエスト、ガンバレよ…」
アイ「本当にありがとうございました。」

 ナニはまた後ろ手に手をひらひらと振りながら厩舎の奥へと歩き去った。
 全員でナニの背中を見送ると、誰かから「グゥー」という音がする。

アカリ「あーあ、お腹減ったよ…」
アユミ「もうとっくにお昼も過ぎてるからね(笑)…」
ソラ「私もお腹空いたよ…」
ツグミ「私も…」
アイ「(笑)…じゃあ、ナニさんに教えてもらった道で宿屋へ帰ろう。」
モア「オーケー!」

 みんなは厩舎を出て、ナニが教えてくれた道へと向かった。








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