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第三章 クエスト開始の篇
59 戦闘準備
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次の日、全員が日の出前に起きて出発の準備を整えた。
食事も済ませ、武器を携えて宿屋の外で案内の村人がやって来るのを待っていると、そこに昨日途中まで案内してくれた若い男が姿を現す。
若い男「勇者パーティーの皆様、おはようございます。今日は私がゴブリンが出る山まで案内します。
私はキトルと言います。よろしくお願いします。」
アイ「こちらこそ、よろしくお願いします。」
キトル「では、早速参りましょう。山はあそこに見えているところです。」
キトルが昨日のように先に立って目的地へ出発した。アイたちは口々にキトルに質問をする。
アイ「ゴブリンが出没するようになったのは2ヶ月ぐらい前からだと聞きましたが…」
キトル「ええ、この辺りではいつも春先にはゴブリンがよく出てきます。
ゴブリンはだいたい多くても20匹から30匹ほどの群れなので、最初は誰も気にしていなかったのですが…
それに普通は村の男たちが追い払うともう出てこないので…」
ナオ「それが今年はずっと出てきているということですか?」
キトル「そうです。しかも出てくる度に数がどんどん増えてきて、我々では手に負えないようになってしまって…」
アユミ「村にはしょっちゅうやって来るんですか?」
アユミは歩いて早朝の村を見渡しながら尋ねる。
村人たちは畑へ向かうのか、あちこちの家から三々五々と連れ立ってアイたちとすれ違っていく。
剣や槍を持っている姿が珍しいのか、みんなをジロジロと見ながら去っていく者もいる。
キトル「いえ、村にまではそんなに頻繫にはやって来ません。
ただ一匹二匹ではなく、10匹ぐらいの群れでやって来ますし、女子供はあまりゴブリンなどの魔獣を見たことがないので、怖がって家から出なくなってしまいます。
我々も畑仕事があるので、これ以上頻繫にやって来るようだと仕事ができなくなるかもしれません…」
ソラ「ゴブリンが何かしてくることはあるんですか?」
キトル「まあ、ゴブリンが襲ってくるとか食べ物を盗むとかいうことは今のところないです。
ただ見ればわかるんですが、数がものすごく増えているので、もしかしたら食べ物を探しに村まで来る可能性もあるかもしれません…」
ツグミ「そんなにたくさんいるんだ…」
キトル「ええ、私はまだ若いですが、山の様子を見た年寄りがこんな数のゴブリンは見たことがないと言ってました…」
キトルの話を聞いて、アイたちはお互いに目配せをして気持ちを引き締め直す。
キトルは急に立ち止まって、振り返ってアイたちの方へ向き直った。
キトル「実は村の中にはクエストのために来られたのが皆様のように若く、しかもリーダーの方が女性ということに不満を言っている者もおります…
村長はこんなひなびた村のクエストを名の有るパーティーが引き受けたりはしないと申しておりましたが…」
アイたちも立ち止まって顔を見合わせる。
アイ「そうですか…でも、不満をおっしゃってる皆さんの気持ちも分かります。
自分自身で言うのもなんですが、もし私が村の方ならもっとしっかりした人に来てほしいと思うかもしれません…」
キトルはアイの言葉を聞くと、笑顔になって首を振った。
キトル「正直に申し上げて、私は皆様でよかったと思っています。
実は私も以前、皆様がお越しになられたドニアに行って、そこのギルドの前で勇者パーティーと思われる一団に出くわしましたが、皆ただのゴロツキにしか見えませんでした。
ですが、皆様は非常に礼儀正しく、振る舞いも謙虚です。私は皆様のような方々に来ていただいて本当にホッとしました。」
キトルの言葉を聞いて、みんなの表情が明るくなる。
アイ「そう言っていただいて、ありがとうございます。キトルさんや村の皆さんの期待に応えるように頑張ります。」
アイがそう答えるとキトルは一層染み渡るような笑顔になって、また歩き出した。
しばらく進むと山の様子が次第にはっきりとしてくる。
山は手前にややこんもりした山が低く突き出ていて、その奥にもう一段高い山々が連なっていた。
キトルが手前の山を指差す。
キトル「あの手前に突き出ている低い山全体に、ゴブリンが木々に隠れて潜んでいます。
今はどれぐらいの数いるのか、よくわからないほどです。」
そう言われて、みんな立ち止まって山を見つめる。
アユミやツグミは目を凝らすがよく分からないのか、何度も首をかしげる。
だが、アイとアカリ、ルカはジッと山を見つめた。
アイ「なんか茶色のものが細かく動いてるから、あれがゴブリンみたいね…」
アカリ「確かに山の上から下まで全体にいるみたい…」
モア「ねえ、2人には見えてるの?」
ルカ「私もね…だいぶたくさんいるみたい…」
ナオ「これはしっかり準備しないとダメだね…」
キトル「さあ、山のそばまで参りましょう。」
キトルに促され、アイたちは再び歩き出す。
山に近づくとアイやアカリだけでなく、他のみんなにも山に何かがいるのがわかってくる。
モア「あの、緑の向こうにある茶色のモアモアしてるの…あれ全部ゴブリンってこと?…」
ルカ「うん、少しずつ動いてるみたい…」
ソラ「こりゃ、たくさんいるねー…」
アカリ「マジでヤバいよ…」
山から数百メートルぐらいのところから見ると、あまり高くない山全体にゴブリンがいるのがよく分かった。
キトル「山の中の道はこのまま真っ直ぐ進むと、この道と繋がっている道が山をジグザグに通って上まで続いています。
ですが、それ以外には道らしい道はありません。」
ナオ「木々がびっしりと生えているようには見えないですけど…」
キトル「そうですね…猟師などは木々の間を縫ってキツネやヤマドリなどを追っているようです。」
キトルは再びアイたちの方へ向き直る。
キトル「私が案内できるのはここまでです。何かあればすぐに村にお越し下さい。
村の者には改めて村長から皆様が来られていることを知らせておきますので…」
アイ「キトルさん、ありがとうございました。良い報告ができるようにします。」
キトル「皆様、どうかご無事で…」
足早に去っていくキトルの後ろ姿を見送ると、アイたちは改めて山を見上げた。
ソラ「う~ん…これはどうしたらいいんだろう…」
アイ「とりあえずひと当たりしてみようか…」
アカリ「うん、それもいいかもしんない…」
アイとアカリが手にした武器を持ち直して早速やる気を見せたのを、ナオが慌てて止める。
ナオ「ねえ、その前にいろんな魔法を試したり、武器も試したりするとか言ってたんじゃないの?…
あんなにたくさんいるから、ただ突っ込んだら大変なことになるかもしんないよ…」
アユミ「そうだよ…ゴブリンだからってなめてたらダメだよ…」
ソラ「そう?前に襲われた時の感じだと大丈夫じゃない?」
ツグミ「私もこのまま行くのは怖いよ…」
アカリ「あの時のように魔法と直接の攻撃で上手く補ったらイケるよ…」
アイやアカリ、ソラは前の戦いでゴブリンがそれほどの脅威でなかったからか、すぐにでも山に行きたそうにする。
それに対してアユミやツグミは何も準備せずに山に向かうのが不安なのだろう、暗い表情をした。
モアやルカ、タクミはどちらか決めかねて黙ってしまう。
アイとアユミがもう少しで言い合いになりそうなところで、ナオがアイやソラをなだめる。
ナオ「すぐに戦いたい気持ちも分かるけど、戦うためだけに来たわけじゃないでしょ…
ゴブリン相手だとそこまで怖くないわけだから魔法も武器もしっかりチェックして、どんなことができるのか、試せるようにしないと…
闇雲に向かっていって魔法も戦い方も何も試せないと簡単なクエストをやる意味がないよ…」
ナオの言葉を聞いて、アカリもソラも静かになった。
アイ「ナオの言う通りだ…私もちょっと焦っちゃって、ゴメン…」
アユミ「防御魔法とか『ウィンド』とかの魔法もほとんど使ったことないし、槍とか、あとこないだ買った手裏剣、あれとか試しに使ってみようよ…」
アカリ「確かに…弓矢ももう一度やってみた方がいいね…」
ソラ「ごめんね…ちょっと気がはやっちゃって…」
ルカ「ソラは興奮し過ぎだよ…」
ツグミ「そうだよ(笑)…」
みんな、ナオの言葉を素直に聞いて、とりあえず落ち着いて何をすべきなのかをもう一度考えることにする。
ツグミ「アユミちゃんの言うように、まずは防御魔法の『バリア』と攻撃魔法の『ウィンド』『ウォーター』をちょっと出してみようよ…」
アカリ「じゃあ、こっちは弓矢とこないだ手に入れた手裏剣を試そう…」
ソラ「私はどっちに入ろう?手裏剣も気になるけど、魔法の使い方はもっと気になるかな…」
ナオ「とにかく魔法の方を確認しよ…せっかくの機会だから…」
ソラ「わかった(笑)…」
タクミ「ゴブリンの様子は気にしなくても大丈夫なの?…」
タクミは心配そうに山の方を眺める。
ソラ「大丈夫、大丈夫…100匹で向かってきたら大変だけど、10,20ぐらいだったらすぐに追い払えるよ…」
ナオ「アユミ、ちょっと山の方の様子を見ててくれないかな…そんなにいっぺんに襲ってはこないと思うけど…」
アユミ「了解。こっちは私が見とくから、みんなはそれぞれのことをしっかりやって…」
アイ「ありがとう…じゃあ、ちょっと分かれて魔法や武器のことを確かめよう…」
アイ、アカリ、ソラにルカ、そしてタクミが弓矢と手裏剣の使い方を再確認し、ツグミ、アユミ、ナオとモアにソラが防御魔法やあまり使ってこなかった魔法を試すことにする。
ツグミらの魔法使いのグループは、まず防御魔法の『バリア』を出してみる。
アユミが例の分厚い本をストレージから取り出し、5人でそれを覗き込む。
ナオ「なになに…『『バリア』の魔法を意識しながら、防御したい範囲を手や指で囲うように動かす』…」
ソラ「『囲う範囲が一筆書きできっちりと繋がるようにしなければならない』、と…」
ツグミ「『2人で行う場合にも、お互いが手や指で囲う範囲の最初と最後がちゃんと繋がって、閉じられるようにすること』、だって」
モア「どういうこと?…」
ツグミが試しに『バリア』を意識しながら、自分の前に自分の肩の高さから足元まで肩幅よりも少し広い範囲を四角く指でなぞってみる。
きっちり一筆書きで最初と最後が繋がるようにするが、前から見ても指でなぞったところには何も見えない。
モア「えー、本当になんか出てるの?」
ツグミ「うん、私の方からは薄く虹色に透けている膜というか、板みたいのが見えてるんだけど…」
ソラ「えー、マジで?」
ツグミの言葉を聞いて、ソラやモアをはじめ、他の魔法使いの子たちはその魔法の板とやらを見ようとツグミの隣へ集まる。
ツグミたちの様子を遠巻きに見ていたアイやアカリたちも、ツグミの話を聞いてそばに寄ってきた。
確かにツグミの言う通り、彼女が立っている前にうっすらと虹色に光が反射する膜のようなものが浮いている。
アカリ「ホントだ…こっち側から見るとなんか膜みたいのがある…」
モア「これでホントに防御できんの?」
ソラ「確かに…見た目はヤワに感じるんだけど…」
アイ「タクミ、試しにそっちからここに石を投げてよ…」
タクミ「石?」
ツグミから少し離れて立っていたタクミは、石を投げろと言われて戸惑う。
アイ「そう。ホントにこれで防御できてんのか確かめんの…」
アカリ「これってツグミがどけても大丈夫?」
ツグミ「うん、私についてきたりはしないみたい…」
ルカ「じゃあ万が一のことを考えて、みんな一応離れておこう…」
ナオ「そうだね…」
ルカが言うように、みんな魔法で現れた『バリア』のすぐ横からその様子を見ようと移動する。
ツグミが離れても『バリア』はずっとそこにある。
タクミはストレージから石を取り出すと、一度それを頭の上に掲げた。
タクミ「じゃあ、投げるよ!」
アカリ「オーケー。」
ソラ「ちゃんとここに当てるんだよ。」
タクミは『バリア』があると言われる辺りをよく狙って石を投げた。
ゴン‼
全員「おお‼」
貧弱な膜のように見えた『バリア』だが、タクミが投げた拳大の石をしっかりと跳ね返した。
しかも投げた石が当たっても撓むようなこともない。
ソラ「結構すごいね!」
アイ「もう少し強くでも大丈夫かな?」
アカリ「私もやってみる…」
ソラ「私も!」
ソラやアカリがタクミよりも強い力で石を投げつけたが、どれだけ強くてもツグミが出した『バリア』を石が通り抜けたり、割ったりするようなことはなかった。
モア「これってすごいね…」
ナオ「えーと、これだけじゃなくて、『相手側の物理攻撃は跳ね返すけれど、こちら側からの攻撃はそのまま通すことができる』だって…」
アユミ「へーえー、それもすごいね…」
ソラ「やりたい、やりたい!」
アイ「ほらタクミ、そっちに立ってな。」
タクミ「えー、オレ、やられ役?…」
ソラ「いいの、いいの、あんたには当てないから…
さっさとそっちから石、投げて…」
タクミ「うん…」
ソラは『バリア』の範囲に隠れるようにしゃがみ、タクミはその向こうからまた石を投げる。
タクミの投げた石がソラの目の前で透明な『バリア』に弾かれると、彼女はしゃがんだままタクミに向かって石を投げた。
その石は『バリア』に弾かれることなく通過して、タクミに向かって飛んでいく。
ソラが投げた石はタクミの横ギリギリを通っていった。
タクミ「わっ!当たっちゃうよ…」
ソラ「スゲッ!ホントにこっちからは普通に攻撃できる…」
ソラは自分の投げた石がタクミをかすめたことも気にせず、『バリア』のこっち側から攻撃できたことを喜んだ。
モア「えー、私もやってみたいんだけど…」
アカリ「私もいいかな(笑)…」
タクミ「もういいよ!今度はマジで当たっちゃうよ…」
アイ「ハイハイ、もういいでしょ…
こっち側からは攻撃できるのはわかったんだから…」
ツグミはタクミのそばまで寄っていく。
ツグミ「タクミ君、大丈夫?怪我とかない?…」
タクミ「ああ、大丈夫…ありがとう…」
ソラ「ゴメンゴメン…ちょっと力入っちゃった(笑)…」
タクミ「まあいいけど…当たんなかったから…」
『バリア』の力が分かったので、今度はナオやソラたちが2人で組んで出すのもやってみる。
ナオ「じゃあモア、そっちに立ってね…」
モア「ええっと、私どうしたらいいの?」
ソラ「とりあえず胸の高さに、横長の『バリア』が出せるようにしてみたら…」
ナオ「私が右半分を指で描くから、モアは左半分を描くようにしてみて…」
ツグミ「最初と最後が繋がるようにしないとダメだよ…」
モア「オーケー。」
ナオとモアはソラの指示通りに胸の高さに横長の『バリア』を描こうとしてみる。
最初は2人の息が合わずうまくいかなかったが、もう一度やってみるとうまく横長の『バリア』が現れた。
ソラ「これもちゃんと強度があるかな…」
ソラが2度、拾った石をナオとモアが作った『バリア』にぶつけるが、最初のものと同じようにしっかりとそれを弾く。
ナオ「これって物理攻撃を防ぐんだよね…」
アユミ「そう書いてる…攻撃魔法を防ぐのは『シールド』だって…」
ソラ「ゴブリンは魔法は使わないよね…」
アユミ「大丈夫…」
ツグミ「じゃあ、とりあえずは『バリア』がちゃんと使えるといいね…」
ツグミが最初に出した『バリア』は次第に弱まって、いつの間にか消えてしまった。
ナオ「確かに相手の攻撃は防ぐけど、盾みたいに私たちについてきてくれるわけじゃないんだね…」
ツグミ「自分たちがいる場所を守るための魔法みたい…」
モア「こっちから攻撃できるからいいんじゃないの…」
ソラ「こっちと相手が入り乱れて戦うような時には使えないね…」
最初はみんな『バリア』の力に興奮していたが、落ち着くとその有効性と課題が少しずつ分かってくる。
ツグミ「一度ちゃんと出しておいて良かった…」
ナオ「そうだね…出したけど思ったようなんじゃない、ってなると困ったと思うから…」
ソラ「他に試しとくのってなに?」
アユミ「『ウィンド』と『ウォーター』…」
ソラ「じゃあ、早速やってみよう。」
ソラがちょっと食い気味に次の魔法を試そうとする。他の女の子がそんな逸っているソラへ注意をした。
ナオ「人に向けたらダメだからね…」
ソラ「了解、了解(笑)…って、どうしたらいいの?」
アユミ「ちゃんと本見なよ(笑)…」
ソラ「そうだ(笑)…」
ソラも自分で興奮し過ぎなのが分かって、みんなで笑ってしまう。
ナオ「(笑)…えーと、『「ウィンド・フラッシュ」と唱えながら手を短く縦や横に切りながら風を起こすと、鋭い旋風で木の枝や人、獣の身体を切ることができる。『ウィンド』のレベルでできる傷も大きく、深くなる。』、だって…」
ツグミ「それだけ?」
ナオ「もう一つあって、なになに…
『「ウィンド・ブロウ」と唱えながら手を強く前に突き出すと、強風が狙った対象へと向かっていく。
レベルが低い時は相手の目潰しぐらいだが、レベルアップすると相手の動きを止めたり、相手や周りのものを吹き飛ばしたりもできるようになる。』、と…」
ソラ「よしよし、じゃあまずは「ウィンド・フラッシュ」だね…
いっちょやってみるよー…」
ソラはそう言うと、辺りにある木の一つに向かって大声で「ウィンド・フラッシュ」と叫びながら右手を胸の辺りで大きく振った。
すると狙った木がバサバサと大きく揺れた。
ソラ「うん?どうなったんじゃい?…」
モア「なんも変わってないんじゃない?…」
ナオとツグミは恐る恐るソラが狙った木を覗き込む。
ツグミ「いや、見てよ…ちゃんと枝が切れてるよ…」
ナオ「ほら、幹のところにもこんな傷が…」
ソラ「わっ、マジ…スゲー…」
モア「自分がしたんじゃん(笑)…」
細い枝だったが、それでもちゃんとそれは切れて地面に落ちていた。幹についた傷もまだ生々しい。
モア「じゃあ私もやってみる。「ウィンド・フラッシュ」‼」
モアが叫びながら大きく手を振ると、狙った木から枝が何本か落ち、幹にも大きな傷ができた。
モア「やったー!」
ソラ「うまいうまい…」
ツグミ「でもこれって、絶対に仲間が前にいない時じゃないとダメだね…」
ナオ「そうだよ…前に誰かいたら、怪我させちゃうよ…」
モア「じゃあ、使う時は気をつけないと…」
ソラ「わかった…」
そこにいる全員が少し神妙な顔つきになったのを見て、アユミが言う。
アユミ「でも、攻撃としては十分役に立つでしょ…
仲間には気をつけないとダメだけど、うまく使えば効果あるよ…」
ナオ「そうだね…気をつけて、でも慎重になり過ぎないように、ってことだね…」
モア「わかった!り(了解)!」
ソラ「(笑)…」
ツグミ「じゃあ、今度は「ウィンド・ブロウ」ってのをやってみる…」
ツグミは林の木の前に立つと、手を伸ばして少し動きを止める。
ツグミ「「ウィンド・ブロウ」!」
ツグミが勢いよく手のひらを木に向かって突き出すと、激しい風が起こり、目の前の木々の枝がバタバタと揺れ、その勢いが強かったのか、木の上の方から虫たちが飛び出した。
あまりの勢いに少し離れたところにいたアイたちもびっくりする。
アイ「わっ!なに今の?」
アカリ「ちょっと、びっくりさせないでよ…」
ルカ「ねえ、どうしたの?」
ツグミ「びっくりさせてごめんなさい…」
ソラ「ゴメンゴメン…今、ツグミが魔法で強い風を起こしてさ…」
アイ「へー…」
タクミ「結構強かったよ…」
モア「びっくりしたー?(笑)…」
今のがツグミが起こした風のせいだと聞いて、アイたちもがぜんその魔法に興味が湧いてくる。
アイ「ねえツグミ、もう一度やってみて…」
ツグミ「えっ、もう一回?…」
ルカ「ちょっとやってみせて…」
アカリ「結構見たいかなー(笑)…」
ツグミ「うん、わかった…」
ツグミはもう一度林に向かって腕を伸ばし、「ウィンド・ブロウ」と言って魔法を出した。
林の木々がガサガサと大きく揺れて、今度は隠れていた鳥が何羽も飛び出してきた。
ツグミの「ウィンド・ブロウ」の勢いにみんなが目を丸くする。
ソラ「よーし、じゃあ私も「ウィンド・ブロウ」!」
ソラも林の木々に向かって手を伸ばして魔法を出す。
だが、今度はバサバサという音を立てて枝が何本か動いたぐらいだった。
ソラ「えー?…」
アユミ「あれー、なんでだろー…」
モア「えっ、今度、私ー!」
モアも「ウィンド・ブロウ」を出すが、これもソラと同じぐらいの勢いしかなかった。
モア「えー、なんでー?…」
ナオ「やっぱりツグミのレベルが高いんだろうね…」
ソラ「うわー、残念…」
ツグミ「そんなことないよ…」
アカリ「いや、やっぱツグミのが勢い強かったからね…」
「ウィンド・ブロウ」の勢いを見て、みんなは改めてツグミの魔法を見直した。
アイ「まあ化け物熊の時もオオカミの時も、ツグミの魔法はやっぱり凄かったからね…」
ナオ「攻撃や防御の魔法の力だとツグミの力がみんなより少し上みたいだね。」
ツグミ「偶然だよ…」
ソラ「いやいや、そんなことないよ…」
モア「いいなぁ…」
アカリ「魔法も武術も訓練でレベルアップしていくって書いてるから、モアも頑張ったらいいよ…」
モア「…それはちょっと……」
全員「(笑)…」
ガンバレと言われてモアが口ごもったのを見て、みんな吹き出してしまう。
アイ「(笑)…さあ、それぞれの作業に戻ろう。」
ナオ「今度は『ウォーター』を出そうよ…」
ナオたちが別の魔法を試そうとするのに対して、アイたちはさっきまでしていた手裏剣をもう一度試してみる。
アイ「じゃあもう一回ずつ、交代々々で木に手裏剣を投げてみよう。」
アカリ「だんだんと刺さるようになってきてるんだけど…」
アカリの言う通り、アイやアカリはやっているうちに手裏剣がしっかりと木の幹に刺さるようになってきている。
ルカも刺さるようにはなっているが、まだ幹の表面にしか刺さっていない。
タクミに至ってはまだ刺さることもない。
タクミ「う~ん…勢いが足りないのかな~…」
アカリ「どうもそうみたいね…」
アイ「こればっかりは練習するしかないね…」
ルカ「コツみたいのが、まだ掴めてない感じ…」
アイ「投げ方は合ってるんだけど…」
ルカとタクミはもう一度投げてみるが、やはり結果は変わらない。
アイ「ルカとタクミはまだ今は実戦では使わない方がいいみたい…」
ルカ「確かにこれじゃあ、あんまり効果ないみたい…」
タクミ「はあ~…」
タクミがため息をついたのを見て、アカリが肩を叩く。
アカリ「まあこれからだよ…練習して能力が着いたらもうちょっとレベルアップもしていくよ…」
ルカ「なかなかレベルアップも難しいね…」
アイ「いろんな能力があるからね…全部がいっぺんには良くなっていかないよ…」
ルカ「また、練習するよ…」
アカリ「言ってくれたら付き合うよ…みんなで良くなっていこうよ…」
アイ「タクミもすぐに諦めずにやっていこう…」
タクミ「わかった…」
ルカ「いっしょに練習しよ…」
タクミ「ありがとう…」
アイ「じゃあ次は弓のおさらいをしよう…」
アカリ「オーケー。」
アカリがそう言った向こうで、またソラやモアがワーワーと騒ぎ出す。
今度はナオがまるでホースから出しているように、木に向かって水を勢い良く飛ばしていた。
アカリ「遊んでるようにしか見えないんですけどー(笑)…」
ルカ「まあまあ(笑)…」
アイ「あれはあれで結構役に立つんじゃない(笑)…」
アイたちはしばらくの間、それぞれに魔法や武器の使い方、戦い方の確認を続けていた。
*楽しんでくださった方や今後が気になるという方は、「いいね」や「お気に入り」をいただければ励みになります。
また、面白かったところや気になったところなどの感想もいただければ幸いです。よろしくお願いします。
食事も済ませ、武器を携えて宿屋の外で案内の村人がやって来るのを待っていると、そこに昨日途中まで案内してくれた若い男が姿を現す。
若い男「勇者パーティーの皆様、おはようございます。今日は私がゴブリンが出る山まで案内します。
私はキトルと言います。よろしくお願いします。」
アイ「こちらこそ、よろしくお願いします。」
キトル「では、早速参りましょう。山はあそこに見えているところです。」
キトルが昨日のように先に立って目的地へ出発した。アイたちは口々にキトルに質問をする。
アイ「ゴブリンが出没するようになったのは2ヶ月ぐらい前からだと聞きましたが…」
キトル「ええ、この辺りではいつも春先にはゴブリンがよく出てきます。
ゴブリンはだいたい多くても20匹から30匹ほどの群れなので、最初は誰も気にしていなかったのですが…
それに普通は村の男たちが追い払うともう出てこないので…」
ナオ「それが今年はずっと出てきているということですか?」
キトル「そうです。しかも出てくる度に数がどんどん増えてきて、我々では手に負えないようになってしまって…」
アユミ「村にはしょっちゅうやって来るんですか?」
アユミは歩いて早朝の村を見渡しながら尋ねる。
村人たちは畑へ向かうのか、あちこちの家から三々五々と連れ立ってアイたちとすれ違っていく。
剣や槍を持っている姿が珍しいのか、みんなをジロジロと見ながら去っていく者もいる。
キトル「いえ、村にまではそんなに頻繫にはやって来ません。
ただ一匹二匹ではなく、10匹ぐらいの群れでやって来ますし、女子供はあまりゴブリンなどの魔獣を見たことがないので、怖がって家から出なくなってしまいます。
我々も畑仕事があるので、これ以上頻繫にやって来るようだと仕事ができなくなるかもしれません…」
ソラ「ゴブリンが何かしてくることはあるんですか?」
キトル「まあ、ゴブリンが襲ってくるとか食べ物を盗むとかいうことは今のところないです。
ただ見ればわかるんですが、数がものすごく増えているので、もしかしたら食べ物を探しに村まで来る可能性もあるかもしれません…」
ツグミ「そんなにたくさんいるんだ…」
キトル「ええ、私はまだ若いですが、山の様子を見た年寄りがこんな数のゴブリンは見たことがないと言ってました…」
キトルの話を聞いて、アイたちはお互いに目配せをして気持ちを引き締め直す。
キトルは急に立ち止まって、振り返ってアイたちの方へ向き直った。
キトル「実は村の中にはクエストのために来られたのが皆様のように若く、しかもリーダーの方が女性ということに不満を言っている者もおります…
村長はこんなひなびた村のクエストを名の有るパーティーが引き受けたりはしないと申しておりましたが…」
アイたちも立ち止まって顔を見合わせる。
アイ「そうですか…でも、不満をおっしゃってる皆さんの気持ちも分かります。
自分自身で言うのもなんですが、もし私が村の方ならもっとしっかりした人に来てほしいと思うかもしれません…」
キトルはアイの言葉を聞くと、笑顔になって首を振った。
キトル「正直に申し上げて、私は皆様でよかったと思っています。
実は私も以前、皆様がお越しになられたドニアに行って、そこのギルドの前で勇者パーティーと思われる一団に出くわしましたが、皆ただのゴロツキにしか見えませんでした。
ですが、皆様は非常に礼儀正しく、振る舞いも謙虚です。私は皆様のような方々に来ていただいて本当にホッとしました。」
キトルの言葉を聞いて、みんなの表情が明るくなる。
アイ「そう言っていただいて、ありがとうございます。キトルさんや村の皆さんの期待に応えるように頑張ります。」
アイがそう答えるとキトルは一層染み渡るような笑顔になって、また歩き出した。
しばらく進むと山の様子が次第にはっきりとしてくる。
山は手前にややこんもりした山が低く突き出ていて、その奥にもう一段高い山々が連なっていた。
キトルが手前の山を指差す。
キトル「あの手前に突き出ている低い山全体に、ゴブリンが木々に隠れて潜んでいます。
今はどれぐらいの数いるのか、よくわからないほどです。」
そう言われて、みんな立ち止まって山を見つめる。
アユミやツグミは目を凝らすがよく分からないのか、何度も首をかしげる。
だが、アイとアカリ、ルカはジッと山を見つめた。
アイ「なんか茶色のものが細かく動いてるから、あれがゴブリンみたいね…」
アカリ「確かに山の上から下まで全体にいるみたい…」
モア「ねえ、2人には見えてるの?」
ルカ「私もね…だいぶたくさんいるみたい…」
ナオ「これはしっかり準備しないとダメだね…」
キトル「さあ、山のそばまで参りましょう。」
キトルに促され、アイたちは再び歩き出す。
山に近づくとアイやアカリだけでなく、他のみんなにも山に何かがいるのがわかってくる。
モア「あの、緑の向こうにある茶色のモアモアしてるの…あれ全部ゴブリンってこと?…」
ルカ「うん、少しずつ動いてるみたい…」
ソラ「こりゃ、たくさんいるねー…」
アカリ「マジでヤバいよ…」
山から数百メートルぐらいのところから見ると、あまり高くない山全体にゴブリンがいるのがよく分かった。
キトル「山の中の道はこのまま真っ直ぐ進むと、この道と繋がっている道が山をジグザグに通って上まで続いています。
ですが、それ以外には道らしい道はありません。」
ナオ「木々がびっしりと生えているようには見えないですけど…」
キトル「そうですね…猟師などは木々の間を縫ってキツネやヤマドリなどを追っているようです。」
キトルは再びアイたちの方へ向き直る。
キトル「私が案内できるのはここまでです。何かあればすぐに村にお越し下さい。
村の者には改めて村長から皆様が来られていることを知らせておきますので…」
アイ「キトルさん、ありがとうございました。良い報告ができるようにします。」
キトル「皆様、どうかご無事で…」
足早に去っていくキトルの後ろ姿を見送ると、アイたちは改めて山を見上げた。
ソラ「う~ん…これはどうしたらいいんだろう…」
アイ「とりあえずひと当たりしてみようか…」
アカリ「うん、それもいいかもしんない…」
アイとアカリが手にした武器を持ち直して早速やる気を見せたのを、ナオが慌てて止める。
ナオ「ねえ、その前にいろんな魔法を試したり、武器も試したりするとか言ってたんじゃないの?…
あんなにたくさんいるから、ただ突っ込んだら大変なことになるかもしんないよ…」
アユミ「そうだよ…ゴブリンだからってなめてたらダメだよ…」
ソラ「そう?前に襲われた時の感じだと大丈夫じゃない?」
ツグミ「私もこのまま行くのは怖いよ…」
アカリ「あの時のように魔法と直接の攻撃で上手く補ったらイケるよ…」
アイやアカリ、ソラは前の戦いでゴブリンがそれほどの脅威でなかったからか、すぐにでも山に行きたそうにする。
それに対してアユミやツグミは何も準備せずに山に向かうのが不安なのだろう、暗い表情をした。
モアやルカ、タクミはどちらか決めかねて黙ってしまう。
アイとアユミがもう少しで言い合いになりそうなところで、ナオがアイやソラをなだめる。
ナオ「すぐに戦いたい気持ちも分かるけど、戦うためだけに来たわけじゃないでしょ…
ゴブリン相手だとそこまで怖くないわけだから魔法も武器もしっかりチェックして、どんなことができるのか、試せるようにしないと…
闇雲に向かっていって魔法も戦い方も何も試せないと簡単なクエストをやる意味がないよ…」
ナオの言葉を聞いて、アカリもソラも静かになった。
アイ「ナオの言う通りだ…私もちょっと焦っちゃって、ゴメン…」
アユミ「防御魔法とか『ウィンド』とかの魔法もほとんど使ったことないし、槍とか、あとこないだ買った手裏剣、あれとか試しに使ってみようよ…」
アカリ「確かに…弓矢ももう一度やってみた方がいいね…」
ソラ「ごめんね…ちょっと気がはやっちゃって…」
ルカ「ソラは興奮し過ぎだよ…」
ツグミ「そうだよ(笑)…」
みんな、ナオの言葉を素直に聞いて、とりあえず落ち着いて何をすべきなのかをもう一度考えることにする。
ツグミ「アユミちゃんの言うように、まずは防御魔法の『バリア』と攻撃魔法の『ウィンド』『ウォーター』をちょっと出してみようよ…」
アカリ「じゃあ、こっちは弓矢とこないだ手に入れた手裏剣を試そう…」
ソラ「私はどっちに入ろう?手裏剣も気になるけど、魔法の使い方はもっと気になるかな…」
ナオ「とにかく魔法の方を確認しよ…せっかくの機会だから…」
ソラ「わかった(笑)…」
タクミ「ゴブリンの様子は気にしなくても大丈夫なの?…」
タクミは心配そうに山の方を眺める。
ソラ「大丈夫、大丈夫…100匹で向かってきたら大変だけど、10,20ぐらいだったらすぐに追い払えるよ…」
ナオ「アユミ、ちょっと山の方の様子を見ててくれないかな…そんなにいっぺんに襲ってはこないと思うけど…」
アユミ「了解。こっちは私が見とくから、みんなはそれぞれのことをしっかりやって…」
アイ「ありがとう…じゃあ、ちょっと分かれて魔法や武器のことを確かめよう…」
アイ、アカリ、ソラにルカ、そしてタクミが弓矢と手裏剣の使い方を再確認し、ツグミ、アユミ、ナオとモアにソラが防御魔法やあまり使ってこなかった魔法を試すことにする。
ツグミらの魔法使いのグループは、まず防御魔法の『バリア』を出してみる。
アユミが例の分厚い本をストレージから取り出し、5人でそれを覗き込む。
ナオ「なになに…『『バリア』の魔法を意識しながら、防御したい範囲を手や指で囲うように動かす』…」
ソラ「『囲う範囲が一筆書きできっちりと繋がるようにしなければならない』、と…」
ツグミ「『2人で行う場合にも、お互いが手や指で囲う範囲の最初と最後がちゃんと繋がって、閉じられるようにすること』、だって」
モア「どういうこと?…」
ツグミが試しに『バリア』を意識しながら、自分の前に自分の肩の高さから足元まで肩幅よりも少し広い範囲を四角く指でなぞってみる。
きっちり一筆書きで最初と最後が繋がるようにするが、前から見ても指でなぞったところには何も見えない。
モア「えー、本当になんか出てるの?」
ツグミ「うん、私の方からは薄く虹色に透けている膜というか、板みたいのが見えてるんだけど…」
ソラ「えー、マジで?」
ツグミの言葉を聞いて、ソラやモアをはじめ、他の魔法使いの子たちはその魔法の板とやらを見ようとツグミの隣へ集まる。
ツグミたちの様子を遠巻きに見ていたアイやアカリたちも、ツグミの話を聞いてそばに寄ってきた。
確かにツグミの言う通り、彼女が立っている前にうっすらと虹色に光が反射する膜のようなものが浮いている。
アカリ「ホントだ…こっち側から見るとなんか膜みたいのがある…」
モア「これでホントに防御できんの?」
ソラ「確かに…見た目はヤワに感じるんだけど…」
アイ「タクミ、試しにそっちからここに石を投げてよ…」
タクミ「石?」
ツグミから少し離れて立っていたタクミは、石を投げろと言われて戸惑う。
アイ「そう。ホントにこれで防御できてんのか確かめんの…」
アカリ「これってツグミがどけても大丈夫?」
ツグミ「うん、私についてきたりはしないみたい…」
ルカ「じゃあ万が一のことを考えて、みんな一応離れておこう…」
ナオ「そうだね…」
ルカが言うように、みんな魔法で現れた『バリア』のすぐ横からその様子を見ようと移動する。
ツグミが離れても『バリア』はずっとそこにある。
タクミはストレージから石を取り出すと、一度それを頭の上に掲げた。
タクミ「じゃあ、投げるよ!」
アカリ「オーケー。」
ソラ「ちゃんとここに当てるんだよ。」
タクミは『バリア』があると言われる辺りをよく狙って石を投げた。
ゴン‼
全員「おお‼」
貧弱な膜のように見えた『バリア』だが、タクミが投げた拳大の石をしっかりと跳ね返した。
しかも投げた石が当たっても撓むようなこともない。
ソラ「結構すごいね!」
アイ「もう少し強くでも大丈夫かな?」
アカリ「私もやってみる…」
ソラ「私も!」
ソラやアカリがタクミよりも強い力で石を投げつけたが、どれだけ強くてもツグミが出した『バリア』を石が通り抜けたり、割ったりするようなことはなかった。
モア「これってすごいね…」
ナオ「えーと、これだけじゃなくて、『相手側の物理攻撃は跳ね返すけれど、こちら側からの攻撃はそのまま通すことができる』だって…」
アユミ「へーえー、それもすごいね…」
ソラ「やりたい、やりたい!」
アイ「ほらタクミ、そっちに立ってな。」
タクミ「えー、オレ、やられ役?…」
ソラ「いいの、いいの、あんたには当てないから…
さっさとそっちから石、投げて…」
タクミ「うん…」
ソラは『バリア』の範囲に隠れるようにしゃがみ、タクミはその向こうからまた石を投げる。
タクミの投げた石がソラの目の前で透明な『バリア』に弾かれると、彼女はしゃがんだままタクミに向かって石を投げた。
その石は『バリア』に弾かれることなく通過して、タクミに向かって飛んでいく。
ソラが投げた石はタクミの横ギリギリを通っていった。
タクミ「わっ!当たっちゃうよ…」
ソラ「スゲッ!ホントにこっちからは普通に攻撃できる…」
ソラは自分の投げた石がタクミをかすめたことも気にせず、『バリア』のこっち側から攻撃できたことを喜んだ。
モア「えー、私もやってみたいんだけど…」
アカリ「私もいいかな(笑)…」
タクミ「もういいよ!今度はマジで当たっちゃうよ…」
アイ「ハイハイ、もういいでしょ…
こっち側からは攻撃できるのはわかったんだから…」
ツグミはタクミのそばまで寄っていく。
ツグミ「タクミ君、大丈夫?怪我とかない?…」
タクミ「ああ、大丈夫…ありがとう…」
ソラ「ゴメンゴメン…ちょっと力入っちゃった(笑)…」
タクミ「まあいいけど…当たんなかったから…」
『バリア』の力が分かったので、今度はナオやソラたちが2人で組んで出すのもやってみる。
ナオ「じゃあモア、そっちに立ってね…」
モア「ええっと、私どうしたらいいの?」
ソラ「とりあえず胸の高さに、横長の『バリア』が出せるようにしてみたら…」
ナオ「私が右半分を指で描くから、モアは左半分を描くようにしてみて…」
ツグミ「最初と最後が繋がるようにしないとダメだよ…」
モア「オーケー。」
ナオとモアはソラの指示通りに胸の高さに横長の『バリア』を描こうとしてみる。
最初は2人の息が合わずうまくいかなかったが、もう一度やってみるとうまく横長の『バリア』が現れた。
ソラ「これもちゃんと強度があるかな…」
ソラが2度、拾った石をナオとモアが作った『バリア』にぶつけるが、最初のものと同じようにしっかりとそれを弾く。
ナオ「これって物理攻撃を防ぐんだよね…」
アユミ「そう書いてる…攻撃魔法を防ぐのは『シールド』だって…」
ソラ「ゴブリンは魔法は使わないよね…」
アユミ「大丈夫…」
ツグミ「じゃあ、とりあえずは『バリア』がちゃんと使えるといいね…」
ツグミが最初に出した『バリア』は次第に弱まって、いつの間にか消えてしまった。
ナオ「確かに相手の攻撃は防ぐけど、盾みたいに私たちについてきてくれるわけじゃないんだね…」
ツグミ「自分たちがいる場所を守るための魔法みたい…」
モア「こっちから攻撃できるからいいんじゃないの…」
ソラ「こっちと相手が入り乱れて戦うような時には使えないね…」
最初はみんな『バリア』の力に興奮していたが、落ち着くとその有効性と課題が少しずつ分かってくる。
ツグミ「一度ちゃんと出しておいて良かった…」
ナオ「そうだね…出したけど思ったようなんじゃない、ってなると困ったと思うから…」
ソラ「他に試しとくのってなに?」
アユミ「『ウィンド』と『ウォーター』…」
ソラ「じゃあ、早速やってみよう。」
ソラがちょっと食い気味に次の魔法を試そうとする。他の女の子がそんな逸っているソラへ注意をした。
ナオ「人に向けたらダメだからね…」
ソラ「了解、了解(笑)…って、どうしたらいいの?」
アユミ「ちゃんと本見なよ(笑)…」
ソラ「そうだ(笑)…」
ソラも自分で興奮し過ぎなのが分かって、みんなで笑ってしまう。
ナオ「(笑)…えーと、『「ウィンド・フラッシュ」と唱えながら手を短く縦や横に切りながら風を起こすと、鋭い旋風で木の枝や人、獣の身体を切ることができる。『ウィンド』のレベルでできる傷も大きく、深くなる。』、だって…」
ツグミ「それだけ?」
ナオ「もう一つあって、なになに…
『「ウィンド・ブロウ」と唱えながら手を強く前に突き出すと、強風が狙った対象へと向かっていく。
レベルが低い時は相手の目潰しぐらいだが、レベルアップすると相手の動きを止めたり、相手や周りのものを吹き飛ばしたりもできるようになる。』、と…」
ソラ「よしよし、じゃあまずは「ウィンド・フラッシュ」だね…
いっちょやってみるよー…」
ソラはそう言うと、辺りにある木の一つに向かって大声で「ウィンド・フラッシュ」と叫びながら右手を胸の辺りで大きく振った。
すると狙った木がバサバサと大きく揺れた。
ソラ「うん?どうなったんじゃい?…」
モア「なんも変わってないんじゃない?…」
ナオとツグミは恐る恐るソラが狙った木を覗き込む。
ツグミ「いや、見てよ…ちゃんと枝が切れてるよ…」
ナオ「ほら、幹のところにもこんな傷が…」
ソラ「わっ、マジ…スゲー…」
モア「自分がしたんじゃん(笑)…」
細い枝だったが、それでもちゃんとそれは切れて地面に落ちていた。幹についた傷もまだ生々しい。
モア「じゃあ私もやってみる。「ウィンド・フラッシュ」‼」
モアが叫びながら大きく手を振ると、狙った木から枝が何本か落ち、幹にも大きな傷ができた。
モア「やったー!」
ソラ「うまいうまい…」
ツグミ「でもこれって、絶対に仲間が前にいない時じゃないとダメだね…」
ナオ「そうだよ…前に誰かいたら、怪我させちゃうよ…」
モア「じゃあ、使う時は気をつけないと…」
ソラ「わかった…」
そこにいる全員が少し神妙な顔つきになったのを見て、アユミが言う。
アユミ「でも、攻撃としては十分役に立つでしょ…
仲間には気をつけないとダメだけど、うまく使えば効果あるよ…」
ナオ「そうだね…気をつけて、でも慎重になり過ぎないように、ってことだね…」
モア「わかった!り(了解)!」
ソラ「(笑)…」
ツグミ「じゃあ、今度は「ウィンド・ブロウ」ってのをやってみる…」
ツグミは林の木の前に立つと、手を伸ばして少し動きを止める。
ツグミ「「ウィンド・ブロウ」!」
ツグミが勢いよく手のひらを木に向かって突き出すと、激しい風が起こり、目の前の木々の枝がバタバタと揺れ、その勢いが強かったのか、木の上の方から虫たちが飛び出した。
あまりの勢いに少し離れたところにいたアイたちもびっくりする。
アイ「わっ!なに今の?」
アカリ「ちょっと、びっくりさせないでよ…」
ルカ「ねえ、どうしたの?」
ツグミ「びっくりさせてごめんなさい…」
ソラ「ゴメンゴメン…今、ツグミが魔法で強い風を起こしてさ…」
アイ「へー…」
タクミ「結構強かったよ…」
モア「びっくりしたー?(笑)…」
今のがツグミが起こした風のせいだと聞いて、アイたちもがぜんその魔法に興味が湧いてくる。
アイ「ねえツグミ、もう一度やってみて…」
ツグミ「えっ、もう一回?…」
ルカ「ちょっとやってみせて…」
アカリ「結構見たいかなー(笑)…」
ツグミ「うん、わかった…」
ツグミはもう一度林に向かって腕を伸ばし、「ウィンド・ブロウ」と言って魔法を出した。
林の木々がガサガサと大きく揺れて、今度は隠れていた鳥が何羽も飛び出してきた。
ツグミの「ウィンド・ブロウ」の勢いにみんなが目を丸くする。
ソラ「よーし、じゃあ私も「ウィンド・ブロウ」!」
ソラも林の木々に向かって手を伸ばして魔法を出す。
だが、今度はバサバサという音を立てて枝が何本か動いたぐらいだった。
ソラ「えー?…」
アユミ「あれー、なんでだろー…」
モア「えっ、今度、私ー!」
モアも「ウィンド・ブロウ」を出すが、これもソラと同じぐらいの勢いしかなかった。
モア「えー、なんでー?…」
ナオ「やっぱりツグミのレベルが高いんだろうね…」
ソラ「うわー、残念…」
ツグミ「そんなことないよ…」
アカリ「いや、やっぱツグミのが勢い強かったからね…」
「ウィンド・ブロウ」の勢いを見て、みんなは改めてツグミの魔法を見直した。
アイ「まあ化け物熊の時もオオカミの時も、ツグミの魔法はやっぱり凄かったからね…」
ナオ「攻撃や防御の魔法の力だとツグミの力がみんなより少し上みたいだね。」
ツグミ「偶然だよ…」
ソラ「いやいや、そんなことないよ…」
モア「いいなぁ…」
アカリ「魔法も武術も訓練でレベルアップしていくって書いてるから、モアも頑張ったらいいよ…」
モア「…それはちょっと……」
全員「(笑)…」
ガンバレと言われてモアが口ごもったのを見て、みんな吹き出してしまう。
アイ「(笑)…さあ、それぞれの作業に戻ろう。」
ナオ「今度は『ウォーター』を出そうよ…」
ナオたちが別の魔法を試そうとするのに対して、アイたちはさっきまでしていた手裏剣をもう一度試してみる。
アイ「じゃあもう一回ずつ、交代々々で木に手裏剣を投げてみよう。」
アカリ「だんだんと刺さるようになってきてるんだけど…」
アカリの言う通り、アイやアカリはやっているうちに手裏剣がしっかりと木の幹に刺さるようになってきている。
ルカも刺さるようにはなっているが、まだ幹の表面にしか刺さっていない。
タクミに至ってはまだ刺さることもない。
タクミ「う~ん…勢いが足りないのかな~…」
アカリ「どうもそうみたいね…」
アイ「こればっかりは練習するしかないね…」
ルカ「コツみたいのが、まだ掴めてない感じ…」
アイ「投げ方は合ってるんだけど…」
ルカとタクミはもう一度投げてみるが、やはり結果は変わらない。
アイ「ルカとタクミはまだ今は実戦では使わない方がいいみたい…」
ルカ「確かにこれじゃあ、あんまり効果ないみたい…」
タクミ「はあ~…」
タクミがため息をついたのを見て、アカリが肩を叩く。
アカリ「まあこれからだよ…練習して能力が着いたらもうちょっとレベルアップもしていくよ…」
ルカ「なかなかレベルアップも難しいね…」
アイ「いろんな能力があるからね…全部がいっぺんには良くなっていかないよ…」
ルカ「また、練習するよ…」
アカリ「言ってくれたら付き合うよ…みんなで良くなっていこうよ…」
アイ「タクミもすぐに諦めずにやっていこう…」
タクミ「わかった…」
ルカ「いっしょに練習しよ…」
タクミ「ありがとう…」
アイ「じゃあ次は弓のおさらいをしよう…」
アカリ「オーケー。」
アカリがそう言った向こうで、またソラやモアがワーワーと騒ぎ出す。
今度はナオがまるでホースから出しているように、木に向かって水を勢い良く飛ばしていた。
アカリ「遊んでるようにしか見えないんですけどー(笑)…」
ルカ「まあまあ(笑)…」
アイ「あれはあれで結構役に立つんじゃない(笑)…」
アイたちはしばらくの間、それぞれに魔法や武器の使い方、戦い方の確認を続けていた。
*楽しんでくださった方や今後が気になるという方は、「いいね」や「お気に入り」をいただければ励みになります。
また、面白かったところや気になったところなどの感想もいただければ幸いです。よろしくお願いします。
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