盗賊と魔女

星月はる

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少女の力

8 震える手

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「ぜんっぜんわかんねぇ!」

「何がわからんのだ」

明け方の広場、タクトはあぐらをかいて、正面に向かうフリギアに対峙していた——右手に紅玉を持って。

「もう一度いくぞ」

「……うん」

7度目のブレスをフリギアが吐き出す。5~6秒ほど口から炎が出ると、最後に燃えた残りカスのような火玉がボッと出た。

「どうだ?」

「どうだ、じゃないよ……」

タクトは頭を抱えた。
紅玉についての様々をフリギアへと話した後、2人の指導のもと魔法の腕を磨くこととなった。
しかし、基礎であるとされる魔力の流れの存在を掴むことすらタクトには不可能だった。

「あそこに噴水があるだろう」

フリギアが頭を振る方を向く。切り株に座ってうたた寝をしているシエナの後ろに噴水が見える。

「目を瞑っても、その音で噴水の位置や距離がだいたいわかるだろう。それと同じだ」

「そうは言われても」

当然である。まして、耳の良いタクトにはその程度容易であった。が、それは自分たちに耳が付いているからだ。

「どこで感じるのさ」

「……心で感じろ」

「……噴水に沈めてやりたい」

もしかすると、元から魔法を使える人しか持っていない特殊な器官でもあるのだろうか。

「それよりもさ、魔力の流れが分からなくても魔法は使えるんだから」

手の上で、いくつか大小の炎を出す。

「今の、魔力の量は全部同じだぞ」

「えっ」

「炎に変換出来ている魔力の量が変化しているだけだ。流れている魔力の量は同じだ。自分で魔力の量を自在に扱えねば、まともに魔法は使えんぞ」

フリギアがシエナを起こした。

「魔力の流れのことを教えてやってくれ。俺にはもう無理だ」

シエナはこくんと頷くと立ち上がり、手を前に構える。昨日と同じように大小の炎が舞う。

「もっと魔力を抑えてみてくれ」

シエナは頷くと、手元に小さな炎を生み出す。

「いや、もっとだ」

シエナは戸惑いつつ、更に小さな炎を出す。小虫は愚か、塵についた炎のような小さな炎。

「違う!」

珍しくフリギアが大声を出した。

「バカみたいな量がほんの少しだけ減っただけじゃないか。そんなじゃ、毎日マインドブレイクしても足りんぞ」

「ええと、つまり……?」

「燃費が最悪だ」

それを聞くとシエナはばつが悪そうに目を伏せた。どうやら自分では確かに魔力の量を減らしているつもりらしい。

「せめてこれくらいの量で頼む」

フリギアはまた口からブレスを吐く。普段のものとは違う、狼程の大きさの炎。
シエナは頷くと、手のひらで同じくらいの炎を出す。

「……さっきと変わってない。その1割くらいで頼む」

諦めたとわかるような声色で呟いた。



魔法の練習が終わってから、街を歩く。
疲れたと思い宿で横になるも、ほとんど動かしていない体は元気なままで、あまり意味がないと悟った。しかしそれ以上に、フリギアとシエナの顔を見ると意味不明な説明が思い出されるのが苦痛でしかたなかった。
古代文字の本を読む方が、再び説明を聞くよりも遥かにマシだ。が、ふたりのどちらかが部屋にいる以上それすらも叶わない。

特に何も考えず、市場の端まで歩いてきた。少し先には街の門と自警団の詰所が見えた。

(外に行ってもいいかもな)

これといってやりたいことも、すべきことも、今手元にはない。あったとしても、昨夜の疲れで出来ないだろうが。
立ち止まり、脚をほぐす。

「どうか、お願いします!」

詰所の方から女声が聞こえた。その方を見ると、詰所の入口で自警団の人に頭を下げる、髪の長い少女がいた。
服装はタクトと大差ないほどの軽装で、腰には剣が携えてある。

「だから無理だって何度も言ってるだろ」

自警団員は困り顔で頭を掻きながらそう伝えていた。

「とにかく、アンタみたいなのを働かすほど人員には困ってないんだ。帰ってくれ」

詰所の扉は重たい音を立てて閉ざされた。
長い髪の少女は拳を握るが、扉を叩く素振りだけをして、そして手を解いた。

「……どうして」

華奢な指で扉を撫ぜて呟いた。そんな、扉の向こうにも聞こえないような声も、タクトには嫌でも聞こえ得た。

もしこのまま門を出てしまえば、適当な果実を集めたり近くの遺跡に入ったりして時間も少女の事も忘れられたのだろう。しかしもしそう判断してしまえば、きっと脚が重く痛くなってしまう、そんな気がした。
脳裏に、初めてシエナに会った時の、シエナを見捨てて窓から逃げようとした瞬間がよぎった。

「どうかした?」

タクトは声をかけた。

「いえ、その……なんでもありません」

視線を逸らされる。剣の柄を握る手は微かに震えていた。

(さっきの人の言い方からして、自警団にでも入ろうとしたんだろうな)

もちろん、入団できるようにするほどの義理はどこにもない。しかしタクトには知り合った(と言えるほどかもわからないが)ばかりのベネヴェントがいる。恩に恩を重ねるようだが、もしかすると上手く推し進めてくれるかもしれない、そう思った。

「あのさ——」

『あの、また来たんですか』

扉の方から小さな声が聞こえた。
目の前の少女の表情に変化はない。どうやら聞こえてしまっているのはタクトだけらしかった。

『ああ、勘弁してほしいぜ。あんな若いノに任せられるほど安全じゃないんだ……特に最近は』

「どうかしましたか?」

少女は下がった眉のままタクトの方を覗き込んだ。
言いかけた言葉も、いたいけな瞳と詰所から漏れた言葉に押し込められた。

「やっぱり何でもない」

タクトは口を手で押さえた。
少し、怖くなった。ベネヴェントに話をつけても、同じような理由で断られるのではないか。自警団に入ったとて、すぐに少女が命を落としてしまうのではないか。言葉を続けた途端にそんな一弾指の間の想像が現実に変わるような恐怖を覚えた。
自身に近い齢に見えるからだろうか、普段なら感じないような恐怖がタクト自身に近く思えた。
こんな名前も知らない少女に——。

「これから森へ行くんだ。もし良かったら、その護衛をしてもらえないかな」

もちろん今決めたことである。
何かを守る、自警団の目的が他で達成出来れば、彼女もどこかで満足してくれるのではないか。もし仮に、彼女の実力に光るものがあるようならば、他の詰所や本部に頭を下げて、実際に力量を見定めてもらうのも良い。

「わかりました。では、よろしくお願いいたします」

少女は、安心と、さっきまでとは異なる不安の入り交じった声で答えた。震えの止まった手で剣の柄を握りしめて。

「俺、タクト。よろしく」

左手を少女の前に出した。
一瞬躊躇ったものの、剣から手を離してタクトの手に触れた。

「ストラ・ピサーナです。……こちらこそよろしくお願いします」

タクトは腕越しに、ストラの肩の力の抜けるのを感じた。
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