短編集

裏歩人

文字の大きさ
上 下
1 / 8
花よりも君が好きだった

少年と少女

しおりを挟む
その時私は目が覚めた。まだ幼い少年が私の顔を覗き込んでいる。
きらきらとした双眸が私を貫いている。そして、少年は言い放つ。「きれい」と。



私はこの場所で初めて目を覚ました。少年が話しかけてくれた、その時に。
私は私であるがわたしではない。こういうものを何というのだったか…私には過去の記憶がなかった。それゆえなんと表現すべきかも、見当がつかない。
初めて見た少年は、まだ笑いもしない私をじっと見つめている。彼の髪を撫でた風が私の横をすり抜ける。私の白い髪に太陽が反射する――少年のまっすぐな目を見ていると、ふと、ありもしない記憶が蘇った気がした。同時にどことない恐怖を少年に感じた。それから彼はこちらにやってきてしゃがみこんだ。それでも頭一つ分くらい高い彼の顔をじっと見つめた。
今か今かと目をつむりたくなるような時間を過ごす。それでもなんだか目をつむってはいけないような気がして…やっとその時が来た。「きれい」と、彼はため息のような声を発した。どんな気持ちで少年が行ったか分からない。でも、まっすぐに見つめる目は輝いていて、きっと、褒められたのであろうことが分かった。なんてうれしいのだろうか。今季しかない私の命を輝かしい目で見てもらえることの、いかほど嬉しいことか――あたたかく麗らかな陽気の中、君に出会った。


次に君に出会ったのは、一度暗くなって明るくなってそのあと陽が傾いてからだった。
彼の青白く細い手足は少々不健康にも見えた。改めてじっくり見てみると、少しあざが目立つような気がした。目の前の野原でこのくらいの少年たちが遊んでいるところをよく見かけるが、転んだりぶつけたり、挙句こちらに丸いものをよこして来たり、本当にいい迷惑なのだが。しかし、目の前の少年はそれとは少し違って見えた。あざも転んでできたものではなさそうだし、何より目に初めて私を見た時のような無邪気さがなかった。

遠くにいるときはどこにも焦点が合っていないように見えた少年だったが、私のところに来てからもしばらくは私と目が合っていない様子だった。倒れるじゃないだろうかとひやひやとしながら、とても長い一瞬を過ごして…やっと少年と目が合った。
しおりを挟む

処理中です...