短編集

裏歩人

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花よりも君が好きだった

二人の距離

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「ねぇ」と少年が急に話しかけてきた。私が見えていること、非常に驚いたがうれしくもあった。私を見た人はいなかったから。しかし私は言葉もほとんど覚えていなかった。しゃべることはできない。さて、どうしたものか…と考えていると彼はひとりでに語りだした。

「僕はね―で―に合っているんだ。みんなに叩かれたり傷つくことを言われたり、ひどいことをするんだ。お母さんに相談したいけど、忙しくて―から帰ってくると疲れちゃってるから。相談できないんだ。僕がどうしようもなくなった時は、お話し聞いてくれる?」

そう、話しかけてくれた。だから、必死に伝えた。「いつでも来い。いくらでも聞いてやる」と。すると少年は嬉しそうに頷いた。「ありがとう!また来るよ!」といった。本当にうれしかった。頼りにされたことと、何より私は話ができたのだ。初めて出会った人間だ。うれしい。他人の命と比較しては非常に短いこの命ではあるけれど、少年のために使ってやるのも一興かもしれない。

それから彼は野原に人の少ない時間を見計らってはよく私の前へ現れるようになった。
彼はすぐ後ろの「まんしょん」というところに住んでいること。目の前の野原は「あきち」と呼ばれ、「ともだち」がよく遊ぶ場所であるらしい。
「まんしょん」には「しょうがっこう」というところに通う人が多くすんでいること。球技が得意なこと。水泳が苦手なこと。自分を殴る人がたくさんいること。「せんせい」も自分を見えないふりしていること。親には心配をかけたくないということ。あざも家族には隠しているということ。いろいろなことを教えてくれた。私にはわからない言葉もあった。それでも、楽しいことはよかったな、と。辛そうに話すときはうんうん、と。話を聞いてやった。

ただ一つ気がかりなのは、少年のその不健康そうな手足についた無数のあざや傷だった。どうやら彼が楽しそうに話をしてくれる「がっこう」とやらに原因があるらしい。もしかしたら私のように少年たちに丸いものをぶつけられているのかもしれない。しかし私には痣はできていないし、もっとひどいこともされているのかもしれない。この子のために、何かできることを探したい。笑ってもいない私を初めてきれいだと言ってくれたこの少年のため。
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