1 / 1
健康という名の代償。
しおりを挟む
歩数課税制度が始まって3か月が経った。
1日3万歩以上歩いた者には免税が与えられ、それ以下の者には不足税が課される。
その仕組みを政府は、国民の健康意識を高めるため――と説明した。
この税の仕組みは簡単だった。
最低でも1人1台持っているスマホに、歩数アプリが強制的に内蔵されているのだ。
スマホを振れば歩数を稼げそうな気もするが、残念ながら位置情報が紐づけられていることから誤魔化しようがない。
月末までに歩いた歩数をもとに課税額が決定され、翌月1日、アプリがその金額を告げる。
基本的にはその月末に振り込まれる給料から差し引かれる仕組みで……俺はその『額』がとんでもないことになっていた。
「やばい……そろそろ税金の金額が給料を上回りそう……」
そう、歩く歩数が足りずに月の徴収額が増え続けていってしまったのだ。
未達成が連月続けば、徴収額は雪だるま式に膨れ上がるようになっている。
すでにアプリの画面には「不足額13万9523円」と、真っ赤な数字が表示されていた。
その一方で、ニュースは明るい。
「平均歩数が過去最高を記録! 1日3万歩達成者は、国民の6割を突破!」と、街角のデジタルサイネージに表示されているのだ。
同時に歩数ランキングも映し出され、地方都市の無名の会社員が突然1位に躍り出ると称賛のコメントがSNSを賑わせる。
だが、机にかじりつく仕事をしている自分にとって、3万歩という数字は現実味のない数字だった。
通勤と昼休みを足しても、一日で稼げる歩数はせいぜい5000歩。
そこからさらに2万5000歩を稼ぐなど、明らかに達成困難なことだったのだ。
「……夜、歩くか」
確保できる時間といえば、夜しかない。
これ以上、税金を払わなくて済むよう、俺はコンビニに立ち寄ってエナジードリンクを二本買った。
プルタブを引いた瞬間に立ちのぼる人工的な甘い匂いにくわえ、炭酸の刺激で舌が痺れる。
おかげで眠気は消えた。
だが代わりに、心臓が落ち着かない。
「この心拍も数えてくれたらいいのに」
そんなことを考えながら、俺は夜の街を歩き始めた。
昼間と違い、夜の街は驚くほど静かで、街灯の下をひとり歩く足音だけが響く。
開いている店もまばらで、たまにすれ違う人は酒の匂いを引き連れていた。
あの人はきっと……課税額が俺ほどではないのだろう。
そのとき、ポケットの中でスマホがブルッと震えたのを感じた。
『残り1万9000歩です!』
画面の文字に、俺はエナジードリンクをもう一缶開け、飲み干した。
そして日付が変わって少ししたころ、目標である3万歩を歩ききり、帰路につく。
そんな生活を、スタートしたのだった。
翌週―――
2週目に入ると、夜の散歩は完全に習慣になっていた。
帰宅してスーツを脱ぐと、机の上に並べたエナジードリンクの缶が視界に入る。
冷蔵庫の在庫は常に10本以上。
買い忘れることのないよう、近所のコンビニにはまとめ買い用の段ボールを置いてもらっている。
初日は足がパンパンになり、筋肉痛にも悩まされたがそれも数日のこと。
週末には生活ルーティンがガラッと変わり、俺は通勤ですら歩くことを極力やめた。
それは『夜に歩けばいい』と思うようになっていたからだ。
駅から会社まで歩数を稼ぐためにみながあるくなか、1人バスに乗ってその光景を眺める。
そして昼休み。
食事を終えると、同僚たちはこぞって屋上に足を運ぶ。
うちの会社は屋上にウォーキングスペースがあることから、そこでも歩数を稼ぐようにしているのだ。
「あれ? お前、行かないのか?」
同僚の一人がそう声をかけてきた。
「俺、夜に歩くことにしてるんだ」
「ふーん」
こうして同僚たちとは違う時間を送り、いよいよ夜になった今、俺はエナジードリンクの缶を開けた。
プシュッ……! と、小気味いい音が俺の夜を始める合図になっている。
1口飲んでは歩き、1口飲んではまた歩く。
健康的に歩く―――というより、だらだら歩くことのほうが楽に感じ、一週間の時間を経てこのスタイルに行きついた。
その間も歩数アプリは容赦なく通知を送りつけ、「あと1万2000歩です」「残り8000歩で目標達成!」と、明かるげな声が耳に貼りついて離れない。
そして、目標歩数を達成すると家に帰る。
すると机の下に、潰した缶が積み重なっているのが目に入った。
最初は数える余裕があったが、今では数えることすらしない。
エナジードリンクの甘い匂いが部屋に染みつき、その匂いだけで眠気が覚めるような気さえしていた。
今だったら、ずっと歩き続けることさえ可能かもしれない。
その一方で、3週目に入ると昼間の俺は仕事にならなくなっていた。
会議の最中にまぶたが閉じ、上司の声が遠のいていく。
パソコンの画面の文字もぶれて読めないことが多くなっていたのだ。
「これがエナジードリンクの副作用か」
同僚から「昨日も夜中に歩いてたのか?」と笑われても、笑い返す気力すらない。
それでも夜になれば外へ出た。
街灯の下を通るたび、影が伸びて縮み、また伸びる。
信号待ちで立ち止まると、心臓の鼓動が異様に早いことに気づいた。
だが、そんなことはどうでもよかった。
アプリは冷酷に歩数を告げる。
「あと6000歩です」
俺は黙って缶を開け、口を濡らす。
歩きながら飲むせいかうまく飲めず、滴り落ちるのを手で拭うことが多くなった。
泡のはじける音が小気味よく、夜の静けさを埋めていく。
そんな生活も4週目に突入し、俺は歩きはじめる前にアプリから今月の予測税金額を算出した。
現在の歩数は67万2565歩。
このままいけば、月目標の90万歩は達成できる。
「これで今月は免税……引かれる額が0だ」
俺はエナジードリンクを取り出し、口に含んで喉を鳴らした。
そのとき―――スマホに通知が入ったのだ。
「え……『今月末までにもう30万歩歩けば繰り越しぶんの税金を免除』……?」
その表示に、胸が高鳴る。
今月の税金が免除になることはほぼ確定だが、先月まで溜めに溜めた不足額13万9523円の支払いはしないといけない。
だが、それすらも免除されるというならば―――
「……やるしかないな」
俺はエナジードリンクを2本取り出し、それを持って外に出た。
どのコースを歩けば3万歩歩けるかは、もう知っている。
それに加えてあと7日で30万歩歩かなくてはならないとすると―――
「4万3000歩の追加か。いつものコースを2周とちょっとだな」
しかし、ここで問題がでてきた。
普段歩いている3万歩のコースは、4時間ほどかけて歩いていたのだ。
ここに4万3000歩を追加すると、合計で7万3000歩。
おそらく10時間ほど歩くことになるだろう。
「今の時間が22時。単純計算で歩き終わるのが8時だから、会社に遅刻するな。今日は朝5時まで歩き続けて、明日からは20時にスタートしよう」
そう決めた俺は、エナジードリンクを飲みながら歩き続けた。
その結果、睡眠時間は2時間ほどだったが5万5000歩ほど歩くことができたのだ。
翌日は8万歩以上歩き、翌々日も8万歩近く歩く。
そうして課せられた歩数を着実に消化していくものの―――代償もあった。
靴擦れで足の皮は剥け、マメが潰れて血が滲んでいたのだ。
靴下を脱ぐと、生温かい鉄の匂いが鼻をつく。
そして、眠気に襲われないようにと飲み続けたエナジードリンクを、胃が受け付けなくなってしまった。
吐き気が込み上げ、胃の中が焼けるように痛む。
心臓は早鐘を打つように忙しく、眠ることができなくなっていった。
「今日が……最後の日……」
繰り越し免除の歩数まで、残り2万歩。
毎日頑張ったかいがあって、最後の日は余裕を持つことができた。
手に持つエナジードリンクは、1本。
今日の0時を回るまでに歩ききれば―――俺の勝ちだ。
「よし、行こう」
プルタブを引き、炭酸の弾ける音が夜の静けさに溶けていく。
こんな生活は―――これで最後だ。
「免税……とまではいかなくても、俺も来月からは会社の屋上で歩こう。そうすれば、しんどい思いをせずに済む」
歩く道中でスマホが震え、「残り4000歩です!」と、通知が表示される。
俺は無言でアスファルトを踏みしめた。
この一週間のツケなのか、足裏がじんじんと痛む。
ふくらはぎは硬く張りつめ、汗が背中を濡らしていった。
それでも歩数は律儀に増え、残りは3000、2000、1000と、目標に近づいていく。
「あと……ちょっと……」
一歩踏み出すたび、息は荒くなり視界の端が揺れる。
それに耐えるためにエナジードリンクを口に含んだとき、「残り100歩です!」という通知が目に入ったのだ。
「お……もう終わる……」
だがそのとき、異変が起きた。
画面の文字が……にじんで見えたのだ。
街灯が点滅しているのか、俺の目がかすんでいるのか、判断できない。
ふらついた足が縁石に引っかかり、倒れそうになった体を反射的にエナジードリンクの缶で支えた。
金属が鈍くへこみ、中身が手にこぼれるのを虚無な目でじっと見る。
そして―――甘ったるい匂いが漂ったそのとき。
ピロン、と音が鳴った。
「おめでとうございます! 今月の目標歩数に到達! 次いで繰り越しぶんの免除も決定いたしました!」
その通知とともに画面がまばゆく輝いた。
その光を見た瞬間、足から力が抜け、俺は歩道に崩れ落ちたのだ。
「やった……やったぞ……」
手から転がり落ちた空き缶が、カラカラと音を立てて暗闇を転がっていく。
夜の風が画面を冷たく撫でる横で―――俺は―――……
―――翌朝、街角のデジタルサイネージにはいつも通りのニュースが流れた。
「国民の健康意識を高める目的で導入された歩数課税制度は、施行から3か月で大きな成果を上げています。
厚生省の発表によりますと、全国民の平均歩数は過去最高を記録し、特に都市部では3万歩を超える達成者が急増しました。
専門家は『生活習慣病の抑制に効果が期待される』と述べています。
一方で、一部には疲労の訴えもあるものの、厚生省は『国民の健康意識が着実に向上している証拠』とコメントしました。」
画面に映し出されたのは、ランキング形式の歩数グラフ。
「平均3万200歩」
―――その数字が、朝の光に鮮やかに輝いたのだった。
おわり。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
このお話、たぶんどこかのコンテストに出したものだと思います(おそらく4000字以下コンテスト)
結構、気に入ってるので、こちらで公開させていただきました。
このお話のもうちょっと深いバージョンも細々と書いておりまして、いつか……いつか書ききることができたらいいなと思っています。
長々とすみません。
それでは、またお会いできる日を楽しみに。すずなり。
1日3万歩以上歩いた者には免税が与えられ、それ以下の者には不足税が課される。
その仕組みを政府は、国民の健康意識を高めるため――と説明した。
この税の仕組みは簡単だった。
最低でも1人1台持っているスマホに、歩数アプリが強制的に内蔵されているのだ。
スマホを振れば歩数を稼げそうな気もするが、残念ながら位置情報が紐づけられていることから誤魔化しようがない。
月末までに歩いた歩数をもとに課税額が決定され、翌月1日、アプリがその金額を告げる。
基本的にはその月末に振り込まれる給料から差し引かれる仕組みで……俺はその『額』がとんでもないことになっていた。
「やばい……そろそろ税金の金額が給料を上回りそう……」
そう、歩く歩数が足りずに月の徴収額が増え続けていってしまったのだ。
未達成が連月続けば、徴収額は雪だるま式に膨れ上がるようになっている。
すでにアプリの画面には「不足額13万9523円」と、真っ赤な数字が表示されていた。
その一方で、ニュースは明るい。
「平均歩数が過去最高を記録! 1日3万歩達成者は、国民の6割を突破!」と、街角のデジタルサイネージに表示されているのだ。
同時に歩数ランキングも映し出され、地方都市の無名の会社員が突然1位に躍り出ると称賛のコメントがSNSを賑わせる。
だが、机にかじりつく仕事をしている自分にとって、3万歩という数字は現実味のない数字だった。
通勤と昼休みを足しても、一日で稼げる歩数はせいぜい5000歩。
そこからさらに2万5000歩を稼ぐなど、明らかに達成困難なことだったのだ。
「……夜、歩くか」
確保できる時間といえば、夜しかない。
これ以上、税金を払わなくて済むよう、俺はコンビニに立ち寄ってエナジードリンクを二本買った。
プルタブを引いた瞬間に立ちのぼる人工的な甘い匂いにくわえ、炭酸の刺激で舌が痺れる。
おかげで眠気は消えた。
だが代わりに、心臓が落ち着かない。
「この心拍も数えてくれたらいいのに」
そんなことを考えながら、俺は夜の街を歩き始めた。
昼間と違い、夜の街は驚くほど静かで、街灯の下をひとり歩く足音だけが響く。
開いている店もまばらで、たまにすれ違う人は酒の匂いを引き連れていた。
あの人はきっと……課税額が俺ほどではないのだろう。
そのとき、ポケットの中でスマホがブルッと震えたのを感じた。
『残り1万9000歩です!』
画面の文字に、俺はエナジードリンクをもう一缶開け、飲み干した。
そして日付が変わって少ししたころ、目標である3万歩を歩ききり、帰路につく。
そんな生活を、スタートしたのだった。
翌週―――
2週目に入ると、夜の散歩は完全に習慣になっていた。
帰宅してスーツを脱ぐと、机の上に並べたエナジードリンクの缶が視界に入る。
冷蔵庫の在庫は常に10本以上。
買い忘れることのないよう、近所のコンビニにはまとめ買い用の段ボールを置いてもらっている。
初日は足がパンパンになり、筋肉痛にも悩まされたがそれも数日のこと。
週末には生活ルーティンがガラッと変わり、俺は通勤ですら歩くことを極力やめた。
それは『夜に歩けばいい』と思うようになっていたからだ。
駅から会社まで歩数を稼ぐためにみながあるくなか、1人バスに乗ってその光景を眺める。
そして昼休み。
食事を終えると、同僚たちはこぞって屋上に足を運ぶ。
うちの会社は屋上にウォーキングスペースがあることから、そこでも歩数を稼ぐようにしているのだ。
「あれ? お前、行かないのか?」
同僚の一人がそう声をかけてきた。
「俺、夜に歩くことにしてるんだ」
「ふーん」
こうして同僚たちとは違う時間を送り、いよいよ夜になった今、俺はエナジードリンクの缶を開けた。
プシュッ……! と、小気味いい音が俺の夜を始める合図になっている。
1口飲んでは歩き、1口飲んではまた歩く。
健康的に歩く―――というより、だらだら歩くことのほうが楽に感じ、一週間の時間を経てこのスタイルに行きついた。
その間も歩数アプリは容赦なく通知を送りつけ、「あと1万2000歩です」「残り8000歩で目標達成!」と、明かるげな声が耳に貼りついて離れない。
そして、目標歩数を達成すると家に帰る。
すると机の下に、潰した缶が積み重なっているのが目に入った。
最初は数える余裕があったが、今では数えることすらしない。
エナジードリンクの甘い匂いが部屋に染みつき、その匂いだけで眠気が覚めるような気さえしていた。
今だったら、ずっと歩き続けることさえ可能かもしれない。
その一方で、3週目に入ると昼間の俺は仕事にならなくなっていた。
会議の最中にまぶたが閉じ、上司の声が遠のいていく。
パソコンの画面の文字もぶれて読めないことが多くなっていたのだ。
「これがエナジードリンクの副作用か」
同僚から「昨日も夜中に歩いてたのか?」と笑われても、笑い返す気力すらない。
それでも夜になれば外へ出た。
街灯の下を通るたび、影が伸びて縮み、また伸びる。
信号待ちで立ち止まると、心臓の鼓動が異様に早いことに気づいた。
だが、そんなことはどうでもよかった。
アプリは冷酷に歩数を告げる。
「あと6000歩です」
俺は黙って缶を開け、口を濡らす。
歩きながら飲むせいかうまく飲めず、滴り落ちるのを手で拭うことが多くなった。
泡のはじける音が小気味よく、夜の静けさを埋めていく。
そんな生活も4週目に突入し、俺は歩きはじめる前にアプリから今月の予測税金額を算出した。
現在の歩数は67万2565歩。
このままいけば、月目標の90万歩は達成できる。
「これで今月は免税……引かれる額が0だ」
俺はエナジードリンクを取り出し、口に含んで喉を鳴らした。
そのとき―――スマホに通知が入ったのだ。
「え……『今月末までにもう30万歩歩けば繰り越しぶんの税金を免除』……?」
その表示に、胸が高鳴る。
今月の税金が免除になることはほぼ確定だが、先月まで溜めに溜めた不足額13万9523円の支払いはしないといけない。
だが、それすらも免除されるというならば―――
「……やるしかないな」
俺はエナジードリンクを2本取り出し、それを持って外に出た。
どのコースを歩けば3万歩歩けるかは、もう知っている。
それに加えてあと7日で30万歩歩かなくてはならないとすると―――
「4万3000歩の追加か。いつものコースを2周とちょっとだな」
しかし、ここで問題がでてきた。
普段歩いている3万歩のコースは、4時間ほどかけて歩いていたのだ。
ここに4万3000歩を追加すると、合計で7万3000歩。
おそらく10時間ほど歩くことになるだろう。
「今の時間が22時。単純計算で歩き終わるのが8時だから、会社に遅刻するな。今日は朝5時まで歩き続けて、明日からは20時にスタートしよう」
そう決めた俺は、エナジードリンクを飲みながら歩き続けた。
その結果、睡眠時間は2時間ほどだったが5万5000歩ほど歩くことができたのだ。
翌日は8万歩以上歩き、翌々日も8万歩近く歩く。
そうして課せられた歩数を着実に消化していくものの―――代償もあった。
靴擦れで足の皮は剥け、マメが潰れて血が滲んでいたのだ。
靴下を脱ぐと、生温かい鉄の匂いが鼻をつく。
そして、眠気に襲われないようにと飲み続けたエナジードリンクを、胃が受け付けなくなってしまった。
吐き気が込み上げ、胃の中が焼けるように痛む。
心臓は早鐘を打つように忙しく、眠ることができなくなっていった。
「今日が……最後の日……」
繰り越し免除の歩数まで、残り2万歩。
毎日頑張ったかいがあって、最後の日は余裕を持つことができた。
手に持つエナジードリンクは、1本。
今日の0時を回るまでに歩ききれば―――俺の勝ちだ。
「よし、行こう」
プルタブを引き、炭酸の弾ける音が夜の静けさに溶けていく。
こんな生活は―――これで最後だ。
「免税……とまではいかなくても、俺も来月からは会社の屋上で歩こう。そうすれば、しんどい思いをせずに済む」
歩く道中でスマホが震え、「残り4000歩です!」と、通知が表示される。
俺は無言でアスファルトを踏みしめた。
この一週間のツケなのか、足裏がじんじんと痛む。
ふくらはぎは硬く張りつめ、汗が背中を濡らしていった。
それでも歩数は律儀に増え、残りは3000、2000、1000と、目標に近づいていく。
「あと……ちょっと……」
一歩踏み出すたび、息は荒くなり視界の端が揺れる。
それに耐えるためにエナジードリンクを口に含んだとき、「残り100歩です!」という通知が目に入ったのだ。
「お……もう終わる……」
だがそのとき、異変が起きた。
画面の文字が……にじんで見えたのだ。
街灯が点滅しているのか、俺の目がかすんでいるのか、判断できない。
ふらついた足が縁石に引っかかり、倒れそうになった体を反射的にエナジードリンクの缶で支えた。
金属が鈍くへこみ、中身が手にこぼれるのを虚無な目でじっと見る。
そして―――甘ったるい匂いが漂ったそのとき。
ピロン、と音が鳴った。
「おめでとうございます! 今月の目標歩数に到達! 次いで繰り越しぶんの免除も決定いたしました!」
その通知とともに画面がまばゆく輝いた。
その光を見た瞬間、足から力が抜け、俺は歩道に崩れ落ちたのだ。
「やった……やったぞ……」
手から転がり落ちた空き缶が、カラカラと音を立てて暗闇を転がっていく。
夜の風が画面を冷たく撫でる横で―――俺は―――……
―――翌朝、街角のデジタルサイネージにはいつも通りのニュースが流れた。
「国民の健康意識を高める目的で導入された歩数課税制度は、施行から3か月で大きな成果を上げています。
厚生省の発表によりますと、全国民の平均歩数は過去最高を記録し、特に都市部では3万歩を超える達成者が急増しました。
専門家は『生活習慣病の抑制に効果が期待される』と述べています。
一方で、一部には疲労の訴えもあるものの、厚生省は『国民の健康意識が着実に向上している証拠』とコメントしました。」
画面に映し出されたのは、ランキング形式の歩数グラフ。
「平均3万200歩」
―――その数字が、朝の光に鮮やかに輝いたのだった。
おわり。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
このお話、たぶんどこかのコンテストに出したものだと思います(おそらく4000字以下コンテスト)
結構、気に入ってるので、こちらで公開させていただきました。
このお話のもうちょっと深いバージョンも細々と書いておりまして、いつか……いつか書ききることができたらいいなと思っています。
長々とすみません。
それでは、またお会いできる日を楽しみに。すずなり。
23
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ
海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。
あぁ、大丈夫よ。
だって彼私の部屋にいるもん。
部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
ヒロインと結婚したメインヒーローの側妃にされてしまいましたが、そんなことより好きに生きます。
下菊みこと
恋愛
主人公も割といい性格してます。
アルファポリス様で10話以上に肉付けしたものを読みたいとのリクエストいただき大変嬉しかったので調子に乗ってやってみました。
小説家になろう様でも投稿しています。
私の夫は妹の元婚約者
彼方
恋愛
私の夫ミラーは、かつて妹マリッサの婚約者だった。
そんなミラーとの日々は穏やかで、幸せなもののはずだった。
けれどマリッサは、どこか意味ありげな態度で私に言葉を投げかけてくる。
「ミラーさんには、もっと活発な女性の方が合うんじゃない?」
挑発ともとれるその言動に、心がざわつく。けれど私も負けていられない。
最近、彼女が婚約者以外の男性と一緒にいたことをそっと伝えると、マリッサは少しだけ表情を揺らした。
それでもお互い、最後には笑顔を見せ合った。
まるで何もなかったかのように。
包帯妻の素顔は。
サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。
友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった
海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····?
友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる