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遭遇
ご飯を食べ終わった私たちは洋食屋を出て、公園へと続く小道を二人で歩き始めた。
風は柔らかくて、木々の間からこぼれる光もあたたかい。
さっきまでの緊張がどこかにいってしまった私は、歩きながら自然と微笑んでいた。
「このあたり、静かでいいですね」
「だろ?仕事でここを知ったとき、穴場だと思ったんだ」
「黒崎さん、意外と……穏やかな場所、好きなんですね」
「意外とって…まぁ、騒がしすぎるところは苦手だけど…」
二人で並んで歩くだけの時間なのに、心がふわりと軽くなっていく。
音もにおいも空の青さも、全部が優しく感じられる。
そんな午後に私は幸せを感じていた。
けれど――。
「……あれ?成海さん?」
その声に、全身が強張る。
振り返ると、そこには三谷さんがあった。
いつものスーツ姿のまま、片手にスマホを持ちながらこちらを見ていたのだ。
「まさかこんなところで会うとは。……あれ?イヤホン、新しいの買ったんですか?」
「……っ」
「まぁ、ながら作業はくれぐれもやめてくださいよ?翻訳ミスられたら困るんで。まぁ、こうして男性と歩いててもイヤホンつけてるくらいだから、守ってもらえなさそうですけどねー」
カラカラと軽く笑う三谷さんの声が、皮肉混じりに響く。
私は言葉を失い、反論も説明もできなかった。
そしてそのまま、三谷さんは去って行ったのだ。
そのあとの空気は、なんとも言えず冷たく感じてしかたがない。
でも、それは外の気温のせいじゃなくて、心にまとわりついた言葉の棘のせいだった。
「……あの人、成海さんの補聴器のこと知らないの?」
黒崎さんがぼそりとつぶやく。
「……知ってると思います。前の担当の近藤さんから、一応引き継ぎはあったはずなので」
「じゃあ、わかっててあんなこと言ったのか」
黒崎さんの声に、苛立ちがにじんでいた。
けれど私は、ただ静かに首を振った。
「……もしかしたら、信じてないのかもしれません」
「信じてない?」
「……イヤホンにしか見えないし、補聴器だとわかっていたとしても聞こえてると思ってるのかもしれません。実際、補聴器が無くても読唇術で対応できてしまうんで…」
自分で言って、少しだけ心が苦しくなった。
何も言わず、笑ってやり過ごすこと、それが平和を保つための選択だったから。
「それでも、あんな言い方はないだろ」
黒崎さんは、まるで自分のことのように怒っていた。
その表情がまぶしくて、私はふいに視線を逸らしてしまう。
「……でも、黒崎さんに見られてしまったのが、ちょっと恥ずかしかったです」
「なんで?」
「……いろんな意味で、です」
さっきのやりとりも、私の無力さも、そしてそれを見せてしまったことも。
全部含めて、どこか申し訳なくなっていた。
「……そろそろ、帰ります。今日はありがとうございました。そして…この前心配して家まで来てくれたことも…本当にありがとうございました」
そう言って、私は踵を返した。
本当は、もう少し黒崎さんと一緒に歩いていたかった。
だけど、このまま一緒にいたら気を遣わせてしまいそうに思ったのだ。
「待って」
背中から、低くて優しい声がした。
「……あのさ。俺、こういうの…不器用で、うまく言えないけど――」
不意に肩をつかまれて、私は立ち止まった。
振り返ると、黒崎さんは真剣な顔で、私の目をまっすぐに見ていた。
「俺、成海さんのことが気になってしょうがないんだ。最初はただの心配だったと思う。でも、今は――」
風が吹いて、木々の葉がさわさわと揺れる。
「好きなんだと思う。……いや、好きなんだ。誰かにこんなふうに思ったの、初めてで…うまく伝えられていないかもしれないけど…」
その言葉に、胸の奥が強く脈打つ。
嬉しい、私も、なんて気持ちがたくさん芽生えるなか、ふと冷静に物事を考える私もいた。
「……そんなふうに言ってもらえるような人間じゃないですよ。私……耳も悪いし、翻訳だって完璧じゃないし、何より……きっと、重たいです」
これは―――事実だ。
耳が聞こえないというハンデが埋まることはない。
どんなに努力をしたって、補聴器なしでの生活はできないのだ。
私が黒崎さんの側にいたら…迷惑をかけることは間違いないだろう。
でも―――
「…重たいなんて、思ったことない。俺はちゃんと成海さんを見てる。がんばってるところも、我慢してるところも…」
その言葉が、胸に深く沁みた。
「俺、消防士だし誰かを守るのが仕事なんだ。だから…泣かせるようなことは絶対しない。守る。だから…俺と付き合ってくれませんか?」
私は、黒崎さんの言葉に目を見開いたまま何も言えなくなっていた。
「あれ…?おかしいな、涙が…」
知らないうちに伝う一筋の涙。
手でぬぐおうとしたとき、黒崎さんの指が私の涙をすくった。
「泣かせないって言ったばっかなんだけど…」
「こ…これは悲しい涙じゃないんで…セーフってことで…」
「ははっ。……俺と…付き合ってくれる?」
私の答えを知っているかのような言葉に、『この人には敵わない』と思った。
それと同時に、きっと大切にしてくれるであろうことも…。
「よろしく…お願いします…」
「こちらこそ」
そっと芽吹いた新しい恋のはじまりだった。
風は柔らかくて、木々の間からこぼれる光もあたたかい。
さっきまでの緊張がどこかにいってしまった私は、歩きながら自然と微笑んでいた。
「このあたり、静かでいいですね」
「だろ?仕事でここを知ったとき、穴場だと思ったんだ」
「黒崎さん、意外と……穏やかな場所、好きなんですね」
「意外とって…まぁ、騒がしすぎるところは苦手だけど…」
二人で並んで歩くだけの時間なのに、心がふわりと軽くなっていく。
音もにおいも空の青さも、全部が優しく感じられる。
そんな午後に私は幸せを感じていた。
けれど――。
「……あれ?成海さん?」
その声に、全身が強張る。
振り返ると、そこには三谷さんがあった。
いつものスーツ姿のまま、片手にスマホを持ちながらこちらを見ていたのだ。
「まさかこんなところで会うとは。……あれ?イヤホン、新しいの買ったんですか?」
「……っ」
「まぁ、ながら作業はくれぐれもやめてくださいよ?翻訳ミスられたら困るんで。まぁ、こうして男性と歩いててもイヤホンつけてるくらいだから、守ってもらえなさそうですけどねー」
カラカラと軽く笑う三谷さんの声が、皮肉混じりに響く。
私は言葉を失い、反論も説明もできなかった。
そしてそのまま、三谷さんは去って行ったのだ。
そのあとの空気は、なんとも言えず冷たく感じてしかたがない。
でも、それは外の気温のせいじゃなくて、心にまとわりついた言葉の棘のせいだった。
「……あの人、成海さんの補聴器のこと知らないの?」
黒崎さんがぼそりとつぶやく。
「……知ってると思います。前の担当の近藤さんから、一応引き継ぎはあったはずなので」
「じゃあ、わかっててあんなこと言ったのか」
黒崎さんの声に、苛立ちがにじんでいた。
けれど私は、ただ静かに首を振った。
「……もしかしたら、信じてないのかもしれません」
「信じてない?」
「……イヤホンにしか見えないし、補聴器だとわかっていたとしても聞こえてると思ってるのかもしれません。実際、補聴器が無くても読唇術で対応できてしまうんで…」
自分で言って、少しだけ心が苦しくなった。
何も言わず、笑ってやり過ごすこと、それが平和を保つための選択だったから。
「それでも、あんな言い方はないだろ」
黒崎さんは、まるで自分のことのように怒っていた。
その表情がまぶしくて、私はふいに視線を逸らしてしまう。
「……でも、黒崎さんに見られてしまったのが、ちょっと恥ずかしかったです」
「なんで?」
「……いろんな意味で、です」
さっきのやりとりも、私の無力さも、そしてそれを見せてしまったことも。
全部含めて、どこか申し訳なくなっていた。
「……そろそろ、帰ります。今日はありがとうございました。そして…この前心配して家まで来てくれたことも…本当にありがとうございました」
そう言って、私は踵を返した。
本当は、もう少し黒崎さんと一緒に歩いていたかった。
だけど、このまま一緒にいたら気を遣わせてしまいそうに思ったのだ。
「待って」
背中から、低くて優しい声がした。
「……あのさ。俺、こういうの…不器用で、うまく言えないけど――」
不意に肩をつかまれて、私は立ち止まった。
振り返ると、黒崎さんは真剣な顔で、私の目をまっすぐに見ていた。
「俺、成海さんのことが気になってしょうがないんだ。最初はただの心配だったと思う。でも、今は――」
風が吹いて、木々の葉がさわさわと揺れる。
「好きなんだと思う。……いや、好きなんだ。誰かにこんなふうに思ったの、初めてで…うまく伝えられていないかもしれないけど…」
その言葉に、胸の奥が強く脈打つ。
嬉しい、私も、なんて気持ちがたくさん芽生えるなか、ふと冷静に物事を考える私もいた。
「……そんなふうに言ってもらえるような人間じゃないですよ。私……耳も悪いし、翻訳だって完璧じゃないし、何より……きっと、重たいです」
これは―――事実だ。
耳が聞こえないというハンデが埋まることはない。
どんなに努力をしたって、補聴器なしでの生活はできないのだ。
私が黒崎さんの側にいたら…迷惑をかけることは間違いないだろう。
でも―――
「…重たいなんて、思ったことない。俺はちゃんと成海さんを見てる。がんばってるところも、我慢してるところも…」
その言葉が、胸に深く沁みた。
「俺、消防士だし誰かを守るのが仕事なんだ。だから…泣かせるようなことは絶対しない。守る。だから…俺と付き合ってくれませんか?」
私は、黒崎さんの言葉に目を見開いたまま何も言えなくなっていた。
「あれ…?おかしいな、涙が…」
知らないうちに伝う一筋の涙。
手でぬぐおうとしたとき、黒崎さんの指が私の涙をすくった。
「泣かせないって言ったばっかなんだけど…」
「こ…これは悲しい涙じゃないんで…セーフってことで…」
「ははっ。……俺と…付き合ってくれる?」
私の答えを知っているかのような言葉に、『この人には敵わない』と思った。
それと同時に、きっと大切にしてくれるであろうことも…。
「よろしく…お願いします…」
「こちらこそ」
そっと芽吹いた新しい恋のはじまりだった。
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