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第13話 悪は逃げ去る
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「セリーヌ……あなた、どうかしちゃったんじゃないの?」
「お姉様、頭でも打った?」
「いいえ、目が覚めただけです」
私は微笑んだ。ただ、その笑顔に温もりはなく、丁寧に距離を示すものだった。
「私はこの家の管理者です。屋敷を守るため、無駄を削ぎ落とし、健全化を図る。それが私の義務です。……父様が寝たきりの今、誰かがやらなければこの家は破産します。文句があるなら、どうぞご自分で管理なさってください。帳簿と金庫の鍵をお渡ししますよ?」
私は鍵束をわざとらしく鳴らして見せた。乾いた音が空気に響いた瞬間、イザベルとローザは目に見えて身をこわばらせた。その反応だけで十分だ。彼女たちには、屋敷を管理する力など最初からない。
借金取りが押しかけてきた時の対応、使用人たちの給与を一つひとつ計算し、遅れが出ないよう帳簿を整える作業。そんな現実を突きつけられたら、想像するだけで顔色を失い、その場に座り込むだろう。
彼女たちが欲しいのは、命令する立場と、それに伴う見栄えの良さだけだ。面倒な判断や責任は、すべて誰かに押し付けたい。その身勝手さこそが、イザベルとローザの本質だった。
「……くっ、覚えてらっしゃい! エドガー様に言いつけてやるんだから!」
ローザが、捨て台詞を吐いて部屋を飛び出していく。イザベルも、忌々しげに私を睨みつけてから出て行った。
「ふう……」
扉が閉まったのを確認してから、私はようやく深く息を吐いた。知らないうちにこわばっていた肩から力が抜けていく。ついさっきまで張り詰めていた空気が、嘘のように消えた。表情を崩さぬよう気を張っていたが、少なくとも最初の一手は私の勝ち。まだ先は長いけれど、第一段階は確かに成功だった。
「お見事でございました、セリーヌお嬢様」
部屋の隅で控えていたジェラルドが拍手をした。
「長年、胸につかえていたものが取れたような気分です」
「まだよ、ジェラルド。これは序章に過ぎないわ」
私は立ち上がり、窓の外へ視線を向けた。もうすぐ、エドガー様が姿を現す頃合いだろう。ローザに泣きつかれ、事情もろくに確かめぬまま、正義の騎士を気取って怒鳴り込んでくるに違いない。
けれど、エドガー様も例外ではない。彼もまた私の掌の上にいる。彼の弱点ははっきりしている。『金と体裁』。その二つを少し突くだけで、余裕ぶっていた態度はすぐに崩れる。見栄を守るためなら、彼は簡単に判断を誤るし、強気な言葉も急に頼りなくなる。
結局のところ、あの男は考えるより先に感情で動く。だからこそ扱いやすい。順を踏めば、いずれ自分から崩れ落ちていくはずだった。
「さて、次は『外部業者との癒着』のメス入れね。忙しくなるわよ、ジェラルド」
「はい、お嬢様。どこまでもお供いたします」
屋敷の空気が、少しずつ変わり始めていた。長く溜まっていた重たい気配が外へ流れ出し、代わりに張りつめてはいるが澄んだ空気が静かに満ちていく。厳しさはあるけど、無駄な濁りはもうない。
私はもう、誰かの表情を気にして動く必要はなかった。ここは私の城だ。私の決めたやり方がすべてで、それについて来られない者は立場がどうであれ、自然と居場所を失うだけの話だ。
机の上に目を向けると、次に処理すべき書類が山のように積まれている。以前なら、見ただけで気が重くなっていただろう。けれど今は違う。これらは負担ではなく、この先の道を形にするための道具にしか見えなかった。私は、ためらうことなくペンを手に取った。さあ、次の計算に取りかかろう。
「お姉様、頭でも打った?」
「いいえ、目が覚めただけです」
私は微笑んだ。ただ、その笑顔に温もりはなく、丁寧に距離を示すものだった。
「私はこの家の管理者です。屋敷を守るため、無駄を削ぎ落とし、健全化を図る。それが私の義務です。……父様が寝たきりの今、誰かがやらなければこの家は破産します。文句があるなら、どうぞご自分で管理なさってください。帳簿と金庫の鍵をお渡ししますよ?」
私は鍵束をわざとらしく鳴らして見せた。乾いた音が空気に響いた瞬間、イザベルとローザは目に見えて身をこわばらせた。その反応だけで十分だ。彼女たちには、屋敷を管理する力など最初からない。
借金取りが押しかけてきた時の対応、使用人たちの給与を一つひとつ計算し、遅れが出ないよう帳簿を整える作業。そんな現実を突きつけられたら、想像するだけで顔色を失い、その場に座り込むだろう。
彼女たちが欲しいのは、命令する立場と、それに伴う見栄えの良さだけだ。面倒な判断や責任は、すべて誰かに押し付けたい。その身勝手さこそが、イザベルとローザの本質だった。
「……くっ、覚えてらっしゃい! エドガー様に言いつけてやるんだから!」
ローザが、捨て台詞を吐いて部屋を飛び出していく。イザベルも、忌々しげに私を睨みつけてから出て行った。
「ふう……」
扉が閉まったのを確認してから、私はようやく深く息を吐いた。知らないうちにこわばっていた肩から力が抜けていく。ついさっきまで張り詰めていた空気が、嘘のように消えた。表情を崩さぬよう気を張っていたが、少なくとも最初の一手は私の勝ち。まだ先は長いけれど、第一段階は確かに成功だった。
「お見事でございました、セリーヌお嬢様」
部屋の隅で控えていたジェラルドが拍手をした。
「長年、胸につかえていたものが取れたような気分です」
「まだよ、ジェラルド。これは序章に過ぎないわ」
私は立ち上がり、窓の外へ視線を向けた。もうすぐ、エドガー様が姿を現す頃合いだろう。ローザに泣きつかれ、事情もろくに確かめぬまま、正義の騎士を気取って怒鳴り込んでくるに違いない。
けれど、エドガー様も例外ではない。彼もまた私の掌の上にいる。彼の弱点ははっきりしている。『金と体裁』。その二つを少し突くだけで、余裕ぶっていた態度はすぐに崩れる。見栄を守るためなら、彼は簡単に判断を誤るし、強気な言葉も急に頼りなくなる。
結局のところ、あの男は考えるより先に感情で動く。だからこそ扱いやすい。順を踏めば、いずれ自分から崩れ落ちていくはずだった。
「さて、次は『外部業者との癒着』のメス入れね。忙しくなるわよ、ジェラルド」
「はい、お嬢様。どこまでもお供いたします」
屋敷の空気が、少しずつ変わり始めていた。長く溜まっていた重たい気配が外へ流れ出し、代わりに張りつめてはいるが澄んだ空気が静かに満ちていく。厳しさはあるけど、無駄な濁りはもうない。
私はもう、誰かの表情を気にして動く必要はなかった。ここは私の城だ。私の決めたやり方がすべてで、それについて来られない者は立場がどうであれ、自然と居場所を失うだけの話だ。
机の上に目を向けると、次に処理すべき書類が山のように積まれている。以前なら、見ただけで気が重くなっていただろう。けれど今は違う。これらは負担ではなく、この先の道を形にするための道具にしか見えなかった。私は、ためらうことなくペンを手に取った。さあ、次の計算に取りかかろう。
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