幼馴染を溺愛する彼へ ~婚約破棄はご自由に~

佐藤 美奈

文字の大きさ
12 / 83

第12話

しおりを挟む
全てのピースが、完璧に揃った。

アンナが私の前に差し出した最後の報告書。そこには、オリバーが王家の金庫から不正に引き出した資金が、キングダム男爵家の借金返済の一部に充てられたことを示す、動かぬ証拠が記されていた。これで、彼の罪は、単なる恋愛のもつれから、国家に対する背信行為へと、そのステージを変えた。

私の手元には、山のような証拠の束と、老練な法律家が完璧に仕上げた別荘の譲渡契約書、そして、私の誕生夜会の招待客リストが揃っていた。全ての駒は、あるべき場所に配置された。あとは、最後の一手を告げるだけ。

「アンナ、オリバー王子をお呼びして」

私は、一枚の便箋に、ただ一文だけを記した。

『お話したい、最終的な決意が固まりました』

私の字は、いつも通り、少しも震えていなかった。



呼び出した場所は、屋敷で一番格式の高い応接間だった。重厚なマホガニーの調度品と、壁一面に飾られた歴代当主の肖像画が、訪れる者に無言の圧力をかける部屋。以前、彼が泣き落としに来た陽光あふれる温室とは、何もかもが違う。ここは、私の領域だ。

約束の時間きっかりに現れたオリバーは、どこか落ち着かない様子で椅子に腰掛けていた。値踏みするように、部屋の中をきょろきょろと見回している。その目が、肖像画に描かれた厳格な顔つきの祖父の絵と合った時、彼はわずかに身をすくめた。

「お待たせいたしました」

私が静かに入室すると、彼は弾かれたように立ち上がった。その顔には、期待と不安が、面白いほどくっきりと浮かんでいる。

私は、この日のために用意した純白のドレスを身にまとっていた。装飾はほとんどなく、ただ上質な生地の光沢だけが、私の動きに合わせて静かな波紋を描く。悲しみを乗り越え、全てを受け入れた清らかな聖女。それが、今日、私が演じるべき役柄だった。

「アイラ……」

彼は、私の名前を呼ぶ。その声には、私の最終的な答えを探るような響きがあった。

私は彼の前に進み出ると、深くゆっくりと淑女の礼をした。そして顔を上げ、穏やかな慈愛に満ちた(ように見える)微笑みを彼に向けた。

「お時間をいただき、申し訳ありませんでした。ようやく、私の気持ちも定まりましたので」

私の声は、静かな湖面のように凪いでいた。

「あなたの気持ちを、受け入れます」

その一言で、部屋の空気が変わった。彼の強張っていた肩から、ふっと力が抜けるのが分かった。

「本当か、アイラ……!?」

「ええ」

私は静かに頷く。そして、この日のために、何度も練習したセリフを、ゆっくりと、彼の青い瞳をまっすぐに見つめながら紡ぎ出した。

「あなたの幸せが、私の幸せです、とは、今の私には、まだ嘘になってしまうでしょう。でも、あなたの選んだ道を、もう、私が止めることはいたしません」

私はそこで一度、言葉を切った。そして、ほんの少しだけ、悲しげに目を伏せる。

「幼馴染のローズさんのこと、最後まで、大事にしてあげてください。それが、今の私にできる、せめてものはなむけですわ」

言い終えた瞬間、オリバーは感極まったように、私の両手に駆け寄ってきた。その勢いは、計算されたものではなく、彼の素の感情なのだろう。計画が、ついに、最終段階まで上手くいったという抑えきれない喜びの。

「ありがとう……! アイラ、本当にありがとう! 君なら、君だけは、分かってくれると思っていた!」

彼は、私の手を固く、固く握りしめた。その手は、やっぱり汗で湿っていた。彼の顔は、喜びと感謝でくしゃくしゃになっている。瞳には、うっすらと涙さえ浮かべていた。あの時と同じ、きらきらと輝く宝石みたいな涙。

「僕は、なんて幸せ者なんだ……君のような、素晴らしい女性に……」

彼は、次から次へと、大げさな感謝の言葉を繰り返す。その言葉の全てが、中身のない空っぽの音にしか聞こえなかった。彼の感謝は、空っぽの樽みたいに、ことことと軽い音を立てるだけ。私の心には何の波紋も立たない。

私は、そんな彼の姿を無表情で見つめていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹を選んで婚約破棄した婚約者は、平民になる現実を理解していなかったようです

藤原遊
恋愛
跡継ぎとして育てられた私には、将来を約束された婚約者がいた。 ――けれど彼は、私ではなく「妹」を選んだ。 妹は父の愛人の子。 身分も立場も分かったうえでの選択だと思っていたのに、 彼はどうやら、何も理解していなかったらしい。 婚約を破棄し、妹と結ばれた彼は、 当然のように貴族の立場を失い、平民として生きることになる。 一方で、妹は覚悟を決めて現実に向き合っていく。 だが彼だけが、最後まで「元に戻れる」と信じ続けていた。 これは、誰かが罰した物語ではない。 ただ、選んだ道の先にあった現実の話。 覚悟のなかった婚約者が、 自分の選択と向き合うまでを描いた、静かなざまぁ物語。

裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます

nanahi
恋愛
婚約者ウィルとその幼馴染ベティに罠にはめられ、湖へ沈められた伯爵令嬢アミアン。一命を取り留め、公女として生まれ変わった彼女が見たのは、裏切り者の幸せな家庭だった。 アミアンは絶望を乗り越え、第二の人生を歩む決意をする。いまだ国に影響力を持つ先の王弟の大公女として、輝くほど磨き上げられていったアミアンに再会したウィルは激しく後悔するが、今更遅かった。 全ての記憶を取り戻したアミアンは、ついに二人の悪事を断罪する。

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

幼馴染に夢中の夫を捨てた貴婦人は、王太子に熱愛される

Narian
恋愛
アイリスの夫ロイは、新婚の頃から金髪の愛らしい幼馴染・フローラに夢中で、妻には見向きもしなかった。 夫からは蔑ろにされ、夫の両親からは罵られ、フローラからは見下される日々。そしてアイリスは、ついに決意する。 「それほど幼馴染が大切なら、どうぞご自由に。私は出て行って差し上げます」 これは、虐げられた主人公が、過去を断ち切り幸せを掴む物語。 ※19話完結。 毎日夜9時ごろに投稿予定です。朝に投稿することも。お気に入り登録していただけたら嬉しいです♪

【完結】私と婚約破棄して恋人と結婚する? ならば即刻我が家から出ていって頂きます

水月 潮
恋愛
ソフィア・リシャール侯爵令嬢にはビクター・ダリオ子爵令息という婚約者がいる。 ビクターは両親が亡くなっており、ダリオ子爵家は早々にビクターの叔父に乗っ取られていた。 ソフィアの母とビクターの母は友人で、彼女が生前書いた”ビクターのことを託す”手紙が届き、亡き友人の願いによりソフィアの母はビクターを引き取り、ソフィアの婚約者にすることにした。 しかし、ソフィアとビクターの結婚式の三ヶ月前、ビクターはブリジット・サルー男爵令嬢をリシャール侯爵邸に連れてきて、彼女と結婚するからソフィアと婚約破棄すると告げる。 ※設定は緩いです。物語としてお楽しみ頂けたらと思います。 *HOTランキング1位到達(2021.8.17) ありがとうございます(*≧∀≦*)

捨てられた令嬢と、選ばれなかった未来

鍛高譚
恋愛
「君とは釣り合わない。だから、僕は王女殿下を選ぶ」 婚約者アルバート・ロンズデールに冷たく告げられた瞬間、エミリア・ウィンスレットの人生は暗転した。 王都一の名門公爵令嬢として慎ましくも誠実に彼を支えてきたというのに、待っていたのは無慈悲な婚約破棄――しかも相手は王女クラリッサ。 アルバートと王女の華やかな婚約発表の裏で、エミリアは社交界から冷遇され、"捨てられた哀れな令嬢"と嘲笑される日々が始まる。 だが、彼女は決して屈しない。 「ならば、貴方たちが後悔するような未来を作るわ」 そう決意したエミリアは、ある人物から手を差し伸べられる。 ――それは、冷静沈着にして王国の正統な後継者、皇太子アレクシス・フォルベルト。 彼は告げる。「私と共に来い。……君の聡明さと誇りが、この国には必要だ」

王命により、婚約破棄されました。

緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。

処理中です...