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第11話
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翌日、ガゼボで私を待っていたオリバーは、少し苛立ったような顔をしていた。でも、私の姿を見ると、その表情を一変させ、心配そうな優しい顔つきになった。彼のその変わり身の早さには感心すら覚える。
「アイラ……来てくれたのか。顔色が悪いじゃないか。眠れていないのか?」
彼は、心から私を気遣うように、私の手に触れようとした。私は、その手をかすかに避ける。その仕草が、拒絶ではなく、悲しみの表れだと彼に思わせるように。
「……オリバー」
私は、か細い、震える声で彼の名前を呼んだ。練習の成果は上々だった。
「色々、考えました。眠れない夜を、何度も過ごして……」
私はそこで言葉を切り、俯いて、ハンカチで目元を押さえた。もちろん、涙なんて一滴も出ていない。
「そうか……すまない、君を、そんなに苦しめていたとは……」
彼は、私の演技を微塵も疑っていないようだった。彼の声には、安堵の色が滲んでいる。ああ、彼は今、心の中でガッツポーズでもしているのだろうか。よし、もう一押しだ! とでも。
「あなたの涙を、ローズ嬢への想いを、私には、無下にはできませんでした」
私が顔を上げ、潤んだ瞳(に見えるように計算して)で彼を見つめると、オリバーの顔が、ぱあっと輝いた。
「アイラ……! では……!」
「ええ。あなたとの婚約は……白紙に、戻しましょう。それが、あなたの、そしてローズ嬢の幸せに繋がるのでしたら」
「ああ、ありがとう! ありがとう、アイラ! 君は、本当に心優しい素晴らしい女性だ!」
彼は、私の手を、今度こそ固く握りしめた。その手のひらが、汗でじっとりと湿っている。私は、その感触に吐き気をもよおしながらも、悲しげな微笑みを浮かべ続けた。
「それで……その、別荘の件なんだが……」
彼は、少し言いにくそうに、本題を切り出した。本当に、分かりやすい人。
「ええ……あの場所のことも、考えています。ただ……」
私は再び、言葉を濁す。絶望の淵にいる人間に、一筋の光を見せて、またすぐにそれを隠す。そうやって、相手を完全に自分のコントロール下に置く。
「あの別荘は、お父様が、私のためだけに譲ってくださった、本当に、大切な場所なのです。だから……すぐに『はい、どうぞ』とは……。心の整理をする時間が、もう少しだけ、必要ですわ」
私の言葉は、彼にとって、最高の答えだっただろう。『断る』のではなく、『時間が欲しい』。それは、最終的にはイエスと言うことの裏返しだ。彼は、そう解釈するに違いない。
「もちろんだとも! ああ、もちろんだ! 君の気持ちは、痛いほど分かる。待つよ、いくらでも待つ! 君の心の整理がつくまで!」
彼は、満面の笑みでそう言った。その笑顔は、まるで太陽のように明るくて、その裏にある底なしの欲望を綺麗に隠していた。
私たちは、その後、当たり障りのない会話を少しだけして別れた。去っていく彼の背中は、スキップでもしそうなほど弾んでいた。
一人、ガゼボに残された私は、ゆっくりと息を吐き出した。握りしめられていた自分の手を見つめる。なんだか、汚されてしまったような気がして、ハンカチでゴシゴシと拭った。
仮面を被って、嘘をつく。それは、思っていたよりもずっと疲れることらしかった。
でも、同時に、奇妙な高揚感もあった。私の言葉一つで、あの王子が、喜んだり、焦ったり、安心したりする。私が、彼を完全に手のひらで転がしている。その事実が、凍りついた私の心を少しだけ温めた。
「ゲームは、最終盤よ、オリバー」
私は、誰に言うでもなく、そう呟いた。あなたはもう、私の盤上から降りることはできない。
私は屋敷に戻ると、まっすぐに自分の部屋へ向かった。そして、鏡の前に立つ。そこに映っていたのは、悲しみにくれる令嬢ではなく、冷たく挑戦的な笑みを浮かべた知らない女だった。
「チェックメイトは、もうすぐ」
机の上には、アンナが集めたオリバーとキングダム家の金の繋がりを示す証拠書類の束と、グレイ伯爵が作成した別荘の譲渡契約書が並んでいる。
あとは、全ての役者を舞台に上げるだけ。私の誕生日の夜会という最高の舞台に。そして、彼らに、最高の絶望をプレゼントしてあげるのだ。
私は、招待状のリストの最後に、もう一人、特別なゲストの名前を書き加えた。それは、私の復讐劇を最も効果的に締めくくるための最後の、そして最強の駒だった。
「アイラ……来てくれたのか。顔色が悪いじゃないか。眠れていないのか?」
彼は、心から私を気遣うように、私の手に触れようとした。私は、その手をかすかに避ける。その仕草が、拒絶ではなく、悲しみの表れだと彼に思わせるように。
「……オリバー」
私は、か細い、震える声で彼の名前を呼んだ。練習の成果は上々だった。
「色々、考えました。眠れない夜を、何度も過ごして……」
私はそこで言葉を切り、俯いて、ハンカチで目元を押さえた。もちろん、涙なんて一滴も出ていない。
「そうか……すまない、君を、そんなに苦しめていたとは……」
彼は、私の演技を微塵も疑っていないようだった。彼の声には、安堵の色が滲んでいる。ああ、彼は今、心の中でガッツポーズでもしているのだろうか。よし、もう一押しだ! とでも。
「あなたの涙を、ローズ嬢への想いを、私には、無下にはできませんでした」
私が顔を上げ、潤んだ瞳(に見えるように計算して)で彼を見つめると、オリバーの顔が、ぱあっと輝いた。
「アイラ……! では……!」
「ええ。あなたとの婚約は……白紙に、戻しましょう。それが、あなたの、そしてローズ嬢の幸せに繋がるのでしたら」
「ああ、ありがとう! ありがとう、アイラ! 君は、本当に心優しい素晴らしい女性だ!」
彼は、私の手を、今度こそ固く握りしめた。その手のひらが、汗でじっとりと湿っている。私は、その感触に吐き気をもよおしながらも、悲しげな微笑みを浮かべ続けた。
「それで……その、別荘の件なんだが……」
彼は、少し言いにくそうに、本題を切り出した。本当に、分かりやすい人。
「ええ……あの場所のことも、考えています。ただ……」
私は再び、言葉を濁す。絶望の淵にいる人間に、一筋の光を見せて、またすぐにそれを隠す。そうやって、相手を完全に自分のコントロール下に置く。
「あの別荘は、お父様が、私のためだけに譲ってくださった、本当に、大切な場所なのです。だから……すぐに『はい、どうぞ』とは……。心の整理をする時間が、もう少しだけ、必要ですわ」
私の言葉は、彼にとって、最高の答えだっただろう。『断る』のではなく、『時間が欲しい』。それは、最終的にはイエスと言うことの裏返しだ。彼は、そう解釈するに違いない。
「もちろんだとも! ああ、もちろんだ! 君の気持ちは、痛いほど分かる。待つよ、いくらでも待つ! 君の心の整理がつくまで!」
彼は、満面の笑みでそう言った。その笑顔は、まるで太陽のように明るくて、その裏にある底なしの欲望を綺麗に隠していた。
私たちは、その後、当たり障りのない会話を少しだけして別れた。去っていく彼の背中は、スキップでもしそうなほど弾んでいた。
一人、ガゼボに残された私は、ゆっくりと息を吐き出した。握りしめられていた自分の手を見つめる。なんだか、汚されてしまったような気がして、ハンカチでゴシゴシと拭った。
仮面を被って、嘘をつく。それは、思っていたよりもずっと疲れることらしかった。
でも、同時に、奇妙な高揚感もあった。私の言葉一つで、あの王子が、喜んだり、焦ったり、安心したりする。私が、彼を完全に手のひらで転がしている。その事実が、凍りついた私の心を少しだけ温めた。
「ゲームは、最終盤よ、オリバー」
私は、誰に言うでもなく、そう呟いた。あなたはもう、私の盤上から降りることはできない。
私は屋敷に戻ると、まっすぐに自分の部屋へ向かった。そして、鏡の前に立つ。そこに映っていたのは、悲しみにくれる令嬢ではなく、冷たく挑戦的な笑みを浮かべた知らない女だった。
「チェックメイトは、もうすぐ」
机の上には、アンナが集めたオリバーとキングダム家の金の繋がりを示す証拠書類の束と、グレイ伯爵が作成した別荘の譲渡契約書が並んでいる。
あとは、全ての役者を舞台に上げるだけ。私の誕生日の夜会という最高の舞台に。そして、彼らに、最高の絶望をプレゼントしてあげるのだ。
私は、招待状のリストの最後に、もう一人、特別なゲストの名前を書き加えた。それは、私の復讐劇を最も効果的に締めくくるための最後の、そして最強の駒だった。
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