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第10話
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次の日から、私の完璧な二重生活が始まった。
表向きの私は、公爵令嬢アイラ。刺繍をしたり、詩集を読んだり、庭の花を愛でたりする、いつもと何ら変わらない穏やかな令嬢。侍女たちも、私が何か大きな決意を固めていることなど露ほども気づいていない。
けれど、仮面の下の私は、冷徹な軍師だった。夜になれば、アンナが持ってくる報告書に目を通し、証拠のピースを一つ一つ、丁寧にはめ込んでいく。昼間は、屋敷に招いたグレイ伯爵と書斎で密談を重ねた。
「お嬢様、この別荘の所有権は、間違いなく貴女様にございます。国王陛下であろうと、これを不当に奪うことはできませぬ」
白髪の老法律家は、分厚い法典をめくりながら、そう断言した。
「ええ、分かっているわ、伯爵。私が相談したいのは、守ることではなくて、譲ることについてよ」
「ほう……譲渡、でございますか」
グレイ伯爵は、眼鏡の奥の鋭い瞳で、じっと私を見つめた。彼は、私がただの資産整理をしたいわけではないことを、とっくに見抜いている。
「この別荘を、ある方に譲りたいの。法的に、誰からも一切の文句を言わせない、完璧な形で。そして、できるだけ、迅速に」
「……その『ある方』とは?」
私は、あらかじめ用意していたリストを、彼に差し出した。そこに書かれた名前を見て、百戦錬磨の老法律家は、わずかに目を見開いた。
「これは……これはまた、随分と……面白い人選でございますな」
「ええ、面白くないと、意味がないでしょう?」
私の言葉に、グレイ伯爵は、くつくつと喉を鳴らして笑った。
「かしこまりました。お嬢様の望む、最高の舞台を、法律という側面から、完璧に作り上げてご覧にいれましょう」
心強い味方を得て、私の計画は着実に進行していった。
そんなある日、待ちわびていた連絡がオリバーから届いた。
『話がしたい。明日の午後、いつものガゼボで待っている』
焦れたのだろう。私が、考えさせてと言ってから、ずいぶんと時間が経っている。彼らの計画が頓挫するのを、恐れ始めたのかもしれない。
「好都合だわ」
私は、招待を受けることにした。
そして、その日のために入念に準備をした。少しやつれて見えるように、目の下に薄く隈を描き、血の気の引いた色の口紅を引く。
ドレスは、地味で控えめなデザインのものを選んだ。恋に悩み、悲しみにくれる可哀想な婚約者の完成だ。
表向きの私は、公爵令嬢アイラ。刺繍をしたり、詩集を読んだり、庭の花を愛でたりする、いつもと何ら変わらない穏やかな令嬢。侍女たちも、私が何か大きな決意を固めていることなど露ほども気づいていない。
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そして、その日のために入念に準備をした。少しやつれて見えるように、目の下に薄く隈を描き、血の気の引いた色の口紅を引く。
ドレスは、地味で控えめなデザインのものを選んだ。恋に悩み、悲しみにくれる可哀想な婚約者の完成だ。
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