幼馴染を溺愛する彼へ ~婚約破棄はご自由に~

佐藤 美奈

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第53話

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「……なんだこれは! なんて美味しいんだ! 王宮の料理長が作るどんなご馳走よりも、素晴らしい味がする!」

「も、もう、大げさですわ、カイ様!」

「大げさなものか! アイラ、君は天才だ! このサンドイッチは、愛という最高のスパイスが効いているんだな!」

(……愛という最高のスパイス……)

カイ様のあまりにもクサいセリフに、私は吹き出しそうになるのを必死で堪えた。周りの貴婦人たちが『まあ、素敵!』と頬を赤らめている。うん、作戦は順調、順調。

ちらり、と庭園の木々の影に視線を送る。いる。間違いない。ドレスの裾が、ほんの少しだけ見えた。リディアだ。彼女は、物陰から私たちの様子をじっと窺っている。その姿を認識した瞬間、私は勝ち気な笑みを浮かべた。

「カイ様、口の端に、ソースがついていますわ」
「おっと、本当か?」
「ええ。私が、取って差し上げます」

私は、懐から取り出したハンカチで、カイ様の唇をそっと拭う。至近距離で見つめ合う形になって、彼の瞳に自分が映っているのが見えた。作戦だと分かっているのに、心臓がうるさくて、彼の瞳から目が逸らせない。

「……ありがとう、アイラ」
「……いいえ」

カイ様の手が、私の頬にそっと触れる。その瞬間、木陰で見ていたドレスの裾が、ひらりと舞って見えなくなった。

(……行った)

作戦は、大成功だったみたいだ。
私は内心でガッツポーズをしながらも、カイ様の手に自分の手を重ねた。彼の前では、愛らしい恋人でいなくちゃ。

「どうやら、第一段階は成功のようだな」

「ええ。でも、あの人がこれで諦めるとは思えませんわ」

「そうだろうな。……だが、何度でも見せつけてやろう。君が、私の唯一の女性なのだと」

カイ様はそう言うと、私の手の甲に、優しいキスを落とした。それはもう、作戦なんかじゃない。彼の本当の気持ちがこもった温かいキスだった。



作戦二日目は、王宮の図書室。
静寂に包まれたその場所は、密やかな逢瀬にはもってこいの場所だ。もちろん、私たちの目的は逢瀬ではなく、あくまでも“見せつける”ことだけど。

私は、背伸びをしながら高い書棚にある本に手を伸ばしていた。歴史に関する少し難しい本。

「うーん、届かない……」
「どれだい? 私が取ろう」

いつの間にか背後に立っていたカイ様が、私の肩越しにすっと手を伸ばす。彼の胸板が、私の背中にふわりと触れた。彼の体温と、微かに香るムスクの香りに、くらりとする。

「こ、これですわ」

私が指さした本を、彼は軽々と取り出す。そして、そのまま私に手渡す……かと思いきや、彼は本の向こう側から、じっと私の顔を覗き込んできた。

「君は、本当に勉強熱心だな。感心するよ」
「そ、そんなことは……」

顔が近い。近すぎる。図書室の窓から差し込む光が、彼の黒髪をキラキラと照らして、まるで一枚の絵画のようだ。

「君のその知的な瞳に、私はいつも吸い込まれそうになる」
「……っ!」

(だ、ダメだ、これは作戦だって分かってるのに、平常心でいられない!)

私が固まっていると、カイ様は楽しそうに笑って、ようやく本を渡してくれた。
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