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第74話
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「冗談だよ、冗談。だが、カイ。君がこれほど本気なのだから、俺もつい、意地悪く試してみたくなってしまうのさ。気をつけないとね。愛というのは、時として人を盲目にするものだから」
「……っ」
カイ様は、明らかに不機嫌そうな表情を浮かべ、唇を固く引き結んだ。その様子は、彼が何かに耐え忍んでいるかのようで、私にはその苦しさが伝わってきた。
けれど、ルーカス陛下は、そんな弟の不快そうな反応をまるで気にすることなく、平然とした微笑みをたたえたまま、何も起こらなかったかのように静かにその場を後にした。残されたのは、私たちの間に広がる気まずい沈黙と、心の中に小さなささくれのような痛みだけだった。
ルーカス陛下の存在は、私たちの日常に少しずつ、無視できない影を落とし始めていた。私たちのささやかな幸せを壊そうとするかのように、彼は遠慮のない態度で、私たちのプライベートな時間に入り込んでくるようになった。
それは偶然ではなく、計算されたような自然さで、気づけば私とカイ様の穏やかな暮らしの中に、彼の存在が当たり前のように入り込んでいたのだった。
「アイラを遠くから呼んでおいて、あの態度とは……本当にすまない」
「いえ、私の方こそ、お気になさらないでください」
「明日は気晴らしに、どこか出かけよう。いいところを案内したいんだ」
「はい、楽しみにしています」
カイ様は、どこか気まずそうに目を伏せながら、そう言って私に謝ってくださった。私がそう返すと、カイ様はほんの緊張が解けたように目元を和らげた。それからふと思い立ったように言った。その言葉に、私は嬉しくなって自然と頷いた。
次の日、私は久しぶりにカイ様と手をつなぎ、王都の美しい並木道をゆっくりと歩いていた。木々の葉が柔らかく風に揺れ、木漏れ日が足元にやさしい模様を描いていた。カイ様の手のぬくもりが心地よくて、何もかもが穏やかで時がゆっくりと流れているかのようだった。
リディアとの複雑な出来事や、オリバーたちにまつわる一連の騒動も、その時ばかりは遠い昔のことのように感じられて、内側に溜まっていた不安が静かに溶けていくのがわかった。私にとってそれは、久しぶりに訪れた何にも邪魔されることのない幸せの時間だった。
「いいなぁ、君たちは。こんな白昼堂々、甘い空気を振りまいて。まるで物語の恋人同士のようだね」
背後から聞こえてきたのは、軽やかな無邪気さを装いながらも、どこか底冷えのするような不気味さを含んだ声だった。その声にぞくりと身震いしながら振り返ると、やはりというべきか――ルーカス陛下が、いつものようににこやかな笑みを浮かべて、そこに静かに立っていた。
「兄上……」
「しかし、カイ。君は王弟としての立場を、少し軽んじてはいないか? 多くの人々が見ている場で、未来の王妃となる可能性のあるご令嬢の手を、あまりにも気軽に取るのはどうかと思うよ。君自身の品位や誇りのためにも、一度きちんと考えてみるべきことではないかな?」
ルーカス陛下は、落ち着いた声で諭すようにそう言った。その言葉を耳にした瞬間、私は無意識のうちに、カイ様と繋いでいた手にぎゅっと力を込めてしまった。
「……っ」
カイ様は、明らかに不機嫌そうな表情を浮かべ、唇を固く引き結んだ。その様子は、彼が何かに耐え忍んでいるかのようで、私にはその苦しさが伝わってきた。
けれど、ルーカス陛下は、そんな弟の不快そうな反応をまるで気にすることなく、平然とした微笑みをたたえたまま、何も起こらなかったかのように静かにその場を後にした。残されたのは、私たちの間に広がる気まずい沈黙と、心の中に小さなささくれのような痛みだけだった。
ルーカス陛下の存在は、私たちの日常に少しずつ、無視できない影を落とし始めていた。私たちのささやかな幸せを壊そうとするかのように、彼は遠慮のない態度で、私たちのプライベートな時間に入り込んでくるようになった。
それは偶然ではなく、計算されたような自然さで、気づけば私とカイ様の穏やかな暮らしの中に、彼の存在が当たり前のように入り込んでいたのだった。
「アイラを遠くから呼んでおいて、あの態度とは……本当にすまない」
「いえ、私の方こそ、お気になさらないでください」
「明日は気晴らしに、どこか出かけよう。いいところを案内したいんだ」
「はい、楽しみにしています」
カイ様は、どこか気まずそうに目を伏せながら、そう言って私に謝ってくださった。私がそう返すと、カイ様はほんの緊張が解けたように目元を和らげた。それからふと思い立ったように言った。その言葉に、私は嬉しくなって自然と頷いた。
次の日、私は久しぶりにカイ様と手をつなぎ、王都の美しい並木道をゆっくりと歩いていた。木々の葉が柔らかく風に揺れ、木漏れ日が足元にやさしい模様を描いていた。カイ様の手のぬくもりが心地よくて、何もかもが穏やかで時がゆっくりと流れているかのようだった。
リディアとの複雑な出来事や、オリバーたちにまつわる一連の騒動も、その時ばかりは遠い昔のことのように感じられて、内側に溜まっていた不安が静かに溶けていくのがわかった。私にとってそれは、久しぶりに訪れた何にも邪魔されることのない幸せの時間だった。
「いいなぁ、君たちは。こんな白昼堂々、甘い空気を振りまいて。まるで物語の恋人同士のようだね」
背後から聞こえてきたのは、軽やかな無邪気さを装いながらも、どこか底冷えのするような不気味さを含んだ声だった。その声にぞくりと身震いしながら振り返ると、やはりというべきか――ルーカス陛下が、いつものようににこやかな笑みを浮かべて、そこに静かに立っていた。
「兄上……」
「しかし、カイ。君は王弟としての立場を、少し軽んじてはいないか? 多くの人々が見ている場で、未来の王妃となる可能性のあるご令嬢の手を、あまりにも気軽に取るのはどうかと思うよ。君自身の品位や誇りのためにも、一度きちんと考えてみるべきことではないかな?」
ルーカス陛下は、落ち着いた声で諭すようにそう言った。その言葉を耳にした瞬間、私は無意識のうちに、カイ様と繋いでいた手にぎゅっと力を込めてしまった。
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