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兄からの手紙
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私の名前はセラフィーナ・リヒテンベルク。公爵家の長女として生まれ、今は王立学園の寮で暮らしている。窓の外では手入れされた薔薇が、鮮やかな赤い花びらを風に揺らしている。実家を出て一年。厳格な公爵家の生活から解放された自由と、家族の温もりから切り離された寂しさが胸の中で複雑に絡み合っていた。そんな、ありふれた午後だった。銀のトレイに乗せられて運ばれてきた一通の手紙が、私の足元から世界を崩壊させるなんて、その時の私は知る由もなかった。
差出人は兄、ジョージ・リヒテンベルク。一年前、絵に描いたような伯爵令嬢エレーヌと結婚した。二人は幼馴染の関係で、兄はリヒテンベルク公爵家の跡取りとして、両親と共に屋敷で暮らしている。封蝋を剥がし、便箋を広げた瞬間、インクの滲んだ文字が目に飛び込んできた。それは、兄の焦燥そのものみたいだった。
『セラフィーナ、助けてくれ。母様が、俺の美人で可愛い嫁をいびってるんだ!』
「は?」
思わず声が出た。俺の美人で可愛い嫁。その言葉の甘ったるさが、私の口の中に苦い砂を詰め込む。兄の文字を何度も読み返した。そこには、信じがたい言葉が切々と綴られていた。
『正直、初めは信じられなかった。あの母様が、って俺も想像できなかったんだ。でも、間違いなんかじゃない。とにかくエレーヌにだけ厳しいんだよ。あれこれ些細なことで文句を言うから、エレーヌもすっかり萎縮してしまって、毎晩のように俺の胸で涙を流している。可哀想で見ていられない。父様も俺と同じ意見だ。父様は、母様が若くて美しいエレーヌに嫉妬しているんだ、なんて言ってる。なあ、信じられないだろ? でも、実際そうなんだ。俺や父様がいくら注意しても、母様は聞く耳を持たない。頼む、セラフィーナ。お前からも母様に言ってくれ。お前の言うことなら、少しは聞いてくれるかもしれない』
頭がぐらぐらした。嫉妬? あの、お母様が? 私の知る母、イリス・リヒテンベルクは、氷の彫像のように理知的で、春の陽だまりのように優しい人だ。感情に任せて声を荒らげることなんて一度もなかった。私が幼い頃に高価な花瓶を割ってしまった時でさえ、母は私を叱りつけたりはしなかった。
「セラフィーナ、なぜ花瓶は割れてしまったのかしら。次からはどうすれば、この悲しい出来事を防げると思う?」
ただ静かに私の隣に座り私の目を見て、冷静に優しく問いかける。そんな人だった。
そんなお母様が、嫁いびり? ありえない。でも、兄の悲痛な叫びが、手紙の紙面から滲み出して私の指を濡らす。
嫁と姑。私がまだ経験したことのない未知の関係。もしかしたら、そこには私の知らない複雑で、どろどろした感情の力学が働いているのかもしれない。ましてや同居だ。兄夫婦と両親が一つ屋根の下で暮らし始めて一年。遠く離れた学園で、私は彼らがうまくやっているものだと、何の疑いもなく信じ込んでいた。
うーん……。
私は便箋を机に置き、窓の外に目をやった。薔薇の花が夕陽を浴びてさらに赤く、まるで燃えているように見えた。
考えるだけでは何もわからない。幸い、もうすぐ学園は長期休暇に入る。
私は実家へ帰ることに決めた。あの大きな屋敷で、一体何が起きているのか。そして、お母様が本当に兄の美人で可愛い妻エレーヌを、いびるような浅はかな女に変貌してしまったのかを、この目で確かめるしかない。
差出人は兄、ジョージ・リヒテンベルク。一年前、絵に描いたような伯爵令嬢エレーヌと結婚した。二人は幼馴染の関係で、兄はリヒテンベルク公爵家の跡取りとして、両親と共に屋敷で暮らしている。封蝋を剥がし、便箋を広げた瞬間、インクの滲んだ文字が目に飛び込んできた。それは、兄の焦燥そのものみたいだった。
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