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第7話
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「なっ……! そ、そんなもの、偽物に決まってますわ!」
「では、少しだけ、読んで差し上げましょうか」
エリザは、わざとゆっくりと、広間中に響き渡るように、その手紙の一節を読み上げた。
「『邪魔なミリアを始末する計画は、うまくいきそうです。あとは、アーロン様が私のものになるだけ……』」
しん、と静まり返った広間に、エリザの声だけが響く。
貴族たちの顔から、あざけりの笑みが一斉に引っ込む。次に浮かんだのは、理解が追いつかない者たちの不気味な沈黙だった。
勝者の余裕に満ちていた空間が、一瞬で裏返る。アーロンとカタリーナの視線が泳ぎ、誰もが先を読めなくなっていた。
「偽造だ! 筆跡など、いくらでも真似できる! そんなものが証拠になるものか!」
アーロンが叫んだ。だが、その声は、もはや勝者のものではなかった。沈黙が、彼の隙をあぶり出す。わずかな震えが、真っ先に本心を裏切る。声だけが、彼の焦りを正直に語っていた。
「ええ、おっしゃる通りですわ、殿下」
私は優雅に微笑んだ。
「ですから、完璧な証拠をご用意いたします。法廷にて」
私は、傍らに控えさせていたエリザの兄、エルドリック・オルフォンス伯爵に目配せした。彼は、こっそりと確保していたカタリーナの侍女を、別の場所にかくまってくれている。彼女が、すべての証言をするはずだ。
「この手紙の真偽。そして、この計画の共犯者である、カタリーナ嬢の侍女、サラの証言。すべてを、皆様の前で明らかにいたしましょう」
私は、アーロンと彼の腕の中で怯えるカタリーナを見つめた。視線に乗せたのは涙でも怒りでもない。ただ、抗いようのない決意だけだった。
「その時こそ、真の『断罪』の時ですわ」
それは、まさに戦いの幕開けを告げる鐘の音だった。今や、引き返す道はどこにも存在しない。
「行きましょう、エリザ」
私は、隣で息をひそめ、時が止まったかのように成り行きを見つめていたエリザに声をかけた。その声が、小さな石を落とした湖面のように、場の緊張を揺らし始めた。
エリザは、こく、と力強く頷くと、再び私の手を固く握りしめた。その温かい感触が、冷え切った私の指先に、じんわりと広がっていく。
「ええ、ミリア」
私たちは、冷たい静寂をまとって踵を返した。その場の空気すら置き去りにして――その背中が語っていたのは、逃げではなく誇りだった。“屈しない”という無言の宣戦。
好奇と侮蔑、そしてかすかな怯えが混ざった無数の視線が、背中に矢のように降り注ぐ。だけど私はもう、傷つかない鎧をまとっていた。
二人だけの足音が響く中、私たちはこの地獄のような劇場を後にした。王宮の廊下は、まるで永遠に続く迷路のように長く、どこか虚ろに響く足音が、それぞれの心の叫びを代弁しているかのようだった。
「怖くなかった?」
エリザが、心配そうに私の顔を覗き込む。彼女の空色の瞳は、私の心の奥まで見透かすようだ。
「あなたがいたから、大丈夫だった」
私の言葉に、嘘はなかった。
世界中のすべてが敵になっても、エリザだけは私の味方でいてくれる。それだけで、私はまだ立っていられた。
「ミリア……」
「ありがとう、エリザ。あなたがいなければ、私はとっくに壊れていたわ」
「当たり前じゃない。私たちは、ずっと親友でしょう?」
エリザの言葉が終わると、彼女の笑顔が弾けた。囚われていた何かが解き放たれるように、その笑顔に私の緊張がほんの少しだけ、滑らかな風のようにほぐれていった。
私たちは、一度、立ち止まった。
窓の外には、夕暮れの空が広がっている。燃えるような茜色。
七年前に、私を焼いた炎の色によく似ていた。
「次は、法廷ね」
「ええ」
私は、その茜色の空を見つめながら静かに頷いた。
「あそこで、すべてを終わらせる」
私の復讐の証を、カタリーナの罪の重みを、そして、アーロンとの歪んだ過去のすべてを、私の手の中で全て終わらせる。
エリザは、私の手をその温もりでしっかりと包み込んだ。
「怖がらないで。二人なら、必ず乗り越えられる」
私たちは静かに歩き出した。
向かう先は、法廷――運命を引き裂き、真実をさらすための静かなる戦場。
足音は小さい。けれど、それは絶望に爪を立ててよじ登る私たちの反撃の合図だった。
「では、少しだけ、読んで差し上げましょうか」
エリザは、わざとゆっくりと、広間中に響き渡るように、その手紙の一節を読み上げた。
「『邪魔なミリアを始末する計画は、うまくいきそうです。あとは、アーロン様が私のものになるだけ……』」
しん、と静まり返った広間に、エリザの声だけが響く。
貴族たちの顔から、あざけりの笑みが一斉に引っ込む。次に浮かんだのは、理解が追いつかない者たちの不気味な沈黙だった。
勝者の余裕に満ちていた空間が、一瞬で裏返る。アーロンとカタリーナの視線が泳ぎ、誰もが先を読めなくなっていた。
「偽造だ! 筆跡など、いくらでも真似できる! そんなものが証拠になるものか!」
アーロンが叫んだ。だが、その声は、もはや勝者のものではなかった。沈黙が、彼の隙をあぶり出す。わずかな震えが、真っ先に本心を裏切る。声だけが、彼の焦りを正直に語っていた。
「ええ、おっしゃる通りですわ、殿下」
私は優雅に微笑んだ。
「ですから、完璧な証拠をご用意いたします。法廷にて」
私は、傍らに控えさせていたエリザの兄、エルドリック・オルフォンス伯爵に目配せした。彼は、こっそりと確保していたカタリーナの侍女を、別の場所にかくまってくれている。彼女が、すべての証言をするはずだ。
「この手紙の真偽。そして、この計画の共犯者である、カタリーナ嬢の侍女、サラの証言。すべてを、皆様の前で明らかにいたしましょう」
私は、アーロンと彼の腕の中で怯えるカタリーナを見つめた。視線に乗せたのは涙でも怒りでもない。ただ、抗いようのない決意だけだった。
「その時こそ、真の『断罪』の時ですわ」
それは、まさに戦いの幕開けを告げる鐘の音だった。今や、引き返す道はどこにも存在しない。
「行きましょう、エリザ」
私は、隣で息をひそめ、時が止まったかのように成り行きを見つめていたエリザに声をかけた。その声が、小さな石を落とした湖面のように、場の緊張を揺らし始めた。
エリザは、こく、と力強く頷くと、再び私の手を固く握りしめた。その温かい感触が、冷え切った私の指先に、じんわりと広がっていく。
「ええ、ミリア」
私たちは、冷たい静寂をまとって踵を返した。その場の空気すら置き去りにして――その背中が語っていたのは、逃げではなく誇りだった。“屈しない”という無言の宣戦。
好奇と侮蔑、そしてかすかな怯えが混ざった無数の視線が、背中に矢のように降り注ぐ。だけど私はもう、傷つかない鎧をまとっていた。
二人だけの足音が響く中、私たちはこの地獄のような劇場を後にした。王宮の廊下は、まるで永遠に続く迷路のように長く、どこか虚ろに響く足音が、それぞれの心の叫びを代弁しているかのようだった。
「怖くなかった?」
エリザが、心配そうに私の顔を覗き込む。彼女の空色の瞳は、私の心の奥まで見透かすようだ。
「あなたがいたから、大丈夫だった」
私の言葉に、嘘はなかった。
世界中のすべてが敵になっても、エリザだけは私の味方でいてくれる。それだけで、私はまだ立っていられた。
「ミリア……」
「ありがとう、エリザ。あなたがいなければ、私はとっくに壊れていたわ」
「当たり前じゃない。私たちは、ずっと親友でしょう?」
エリザの言葉が終わると、彼女の笑顔が弾けた。囚われていた何かが解き放たれるように、その笑顔に私の緊張がほんの少しだけ、滑らかな風のようにほぐれていった。
私たちは、一度、立ち止まった。
窓の外には、夕暮れの空が広がっている。燃えるような茜色。
七年前に、私を焼いた炎の色によく似ていた。
「次は、法廷ね」
「ええ」
私は、その茜色の空を見つめながら静かに頷いた。
「あそこで、すべてを終わらせる」
私の復讐の証を、カタリーナの罪の重みを、そして、アーロンとの歪んだ過去のすべてを、私の手の中で全て終わらせる。
エリザは、私の手をその温もりでしっかりと包み込んだ。
「怖がらないで。二人なら、必ず乗り越えられる」
私たちは静かに歩き出した。
向かう先は、法廷――運命を引き裂き、真実をさらすための静かなる戦場。
足音は小さい。けれど、それは絶望に爪を立ててよじ登る私たちの反撃の合図だった。
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