私よりも幼馴染を選んだ王子の末路

佐藤 美奈

文字の大きさ
16 / 51

第16話

「ありがとうございます、お父様」
「礼を言うのは、こちらのほうだ。お前は、私の誇りだ」

父が語り終えたそのとき、エリザがすっと身を乗り出した。

「でしたら、早速、次の手に移りましょう。公爵様、ミリア。実は、私の兄が、ずっと前から動いてくれていたのです」

エリザが待っていましたとばかりに口を開いた。私が息をのむ間もなく、彼女はまっすぐ前を見据え、強い意志を込めて言った。

エリザの兄、エルドリック伯爵。オルフォンス家の現当主である彼は、冷静沈着で切れ者だと評判の人物だ。

「兄は、あの事件の直後から、カタリーナ嬢の周辺を独自に調べていました。そして、一人の侍女を密かに保護していたのです。彼女の名前は、サラ。カタリーナが、ミリアを倉庫に閉じ込めた日、その場にいた唯一の侍女です」

こちらの切り札。カタリーナが秘かに信頼を寄せる侍女、サラ。いつもカタリーナの後ろで、怯えたように控えていた少女だ。今、安全な場所に隠されている。誰よりも口が堅く、信頼できる人物が、サラを人目につかない場所で守ってくれている。

彼女を守る者は、命を賭ける覚悟で動いていた。なぜなら、その小さな存在こそが、この争いの勝敗を左右する鍵を握っていたからだ。

「彼女が……証言を?」

「ええ。兄の説得に応じ、すべてを話す覚悟を決めてくれました。『カタリーナお嬢様に、倉庫に火をつけるよう、はっきりと指示された』と。その証言の、正式な承諾を得てきます」

真実に続く扉は、すでに開きかけていた。証拠は集まり、残すはその力を“どう使うか”だけ。その選択を誤れば、すべてが水の泡になる。私たちは慎重に、一つ一つの証拠を整理しながら、静かに勝負のときを待ち始めた。まるで、嵐の前の海に、静かに舟を浮かべるように。



北の塔の一室は、外の世界から切り離されたような、ふたりだけの聖域だった。そこには、アーロンとカタリーナだけの時間が静かに流れ、誰にも踏み入れられない甘い空気が漂っていた。

レースのカーテンが、夜の静けさに合わせてそっと揺れる。その柔らかな囲いに包まれたベッドの上で、シーツに沈むふたりの影がひとつに重なる。呼吸と鼓動だけが響く空間で、ふたりは言葉もなく心を交わしていた。

「……アーロン」

ぬくもりを求めるように、カタリーナはそっと彼の胸に頬をあずけた。その表情はどこか満ち足りていて、吐息まじりの言葉が、彼の肌にやさしく触れる。

彼女の細くしなやかな指先が、彼の胸の上を滑るたび、彼の息づかいにわずかな変化が生まれていた。彼女の指の動きは、確かめるようでいて挑発するようでもあり、ふたりの間の空気を一段と熱くさせた。

「あの女、ミリアに手紙を送ったんでしょう? なんて書いてあったの?」
「気にするな。ただの、最後通告だ。俺のかわいいカタリーナを、傷つけるとただじゃおかないとな。心が広くて優しい俺でも、我慢の限度はある」

アーロンは、彼女の髪にそっと顔をうずめ、そのやわらかな香りを静かに吸い込んだ。ほんのひとときでも、この甘い空気の中に身を沈めていれば、外の世界の厄介なすべてが、どうでもよくなってくる。

(普段は穏やかで、多少のことじゃ目をつぶれる俺だけどな……守るべきものに手を出されたら話は別だ。俺は遠慮しない)

アーロンの胸の奥に、そんな思いが静かに湧き上がっていた。彼の中で一度も疑ったことのない、まっすぐな信念だった。彼女が自分の腕の中にいる──その事実だけが、いまの彼にとって何よりも確かで、何よりも大切だった。

(カタリーナをこれ以上、踏みにじるようなことをするなら……さすがの俺でも、黙ってはいられない。なにせ、俺にとってカタリーナは、どんな宝より大事な存在なんだ。カタリーナを守るためなら、どんな手でも使うし、俺はどこまでも鬼になれる)

声には出さなかったが、その想いはアーロンの中で揺るぎないものになっていた。彼が命をかけてでも守ろうとするカタリーナ。それは、彼の中では純粋な正義だった。

あなたにおすすめの小説

第一王子様が最後に選んだのは、妹ではなく私だったようです

睡蓮
恋愛
姉であるオルシナと、妹のマリーシア。マリーシアは小さな時から周囲の人物を次々と味方につけ、オルシナの事を孤立させていった。マリーシアに対しては誰もがちやほやと接してくるのに、オルシナに対しては冷たい態度を取る者がほとんどで、それがこれから先も続くものと思われていた。そんな中、二人のもとに一通の手紙が届く。差出人はフォルグ第一王子であり、二人のうちのいずれかを婚約者として迎え入れるということが書かれていた…。

【今さら遅い】毒で声を失い公爵に捨てられた私。妹では精霊が応えず国は滅びへ。ですが隣国皇帝に溺愛される私に、今さら縋ってきても遅いです

唯崎りいち
恋愛
国一番の歌姫だった私は、妹に毒を盛られ声を失い、婚約者に捨てられた。 すべてを奪われた私を救ったのは、隣国の皇帝。 「お前の歌がなければ国は滅びる」と言われた私の歌は、精霊に届く“本物”の力を持っていて―― 一方、私を追放した国は偽物の歌では加護を失い衰退。 今さら元婚約者が縋ってきても、もう遅い。

死ぬまでに叶えたい十の願い

木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」 三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。 離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する—— 二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。過激ざまぁタグあります。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

妹と王子殿下は両想いのようなので、私は身を引かせてもらいます。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラナシアは、第三王子との婚約を喜んでいた。 民を重んじるというラナシアの考えに彼は同調しており、良き夫婦になれると彼女は考えていたのだ。 しかしその期待は、呆気なく裏切られることになった。 第三王子は心の中では民を見下しており、ラナシアの妹と結託して侯爵家を手に入れようとしていたのである。 婚約者の本性を知ったラナシアは、二人の計画を止めるべく行動を開始した。 そこで彼女は、公爵と平民との間にできた妾の子の公爵令息ジオルトと出会う。 その出自故に第三王子と対立している彼は、ラナシアに協力を申し出てきた。 半ば強引なその申し出をラナシアが受け入れたことで、二人は協力関係となる。 二人は王家や公爵家、侯爵家の協力を取り付けながら、着々と準備を進めた。 その結果、妹と第三王子が計画を実行するよりも前に、ラナシアとジオルトの作戦が始まったのだった。

侯爵家の婚約者に手を出す意味、わかってます?

碧井 汐桜香
恋愛
侯爵令嬢ジョセリアは地味な外見をしている少女だ。いつも婚約者のアランとその取り巻きの少女たちに罵倒されている。 しかし、今日はアランの取り巻きは一人しかおらず、いつも無視を決め込んでいたジョセリアが口を開いた。

姉妹同然に育った幼馴染に裏切られて悪役令嬢にされた私、地方領主の嫁からやり直します

しろいるか
恋愛
第一王子との婚約が決まり、王室で暮らしていた私。でも、幼馴染で姉妹同然に育ってきた使用人に裏切られ、私は王子から婚約解消を叩きつけられ、王室からも追い出されてしまった。 失意のうち、私は遠い縁戚の地方領主に引き取られる。 そこで知らされたのは、裏切った使用人についての真実だった……! 悪役令嬢にされた少女が挑む、やり直しストーリー。

あなたに嘘を一つ、つきました

小蝶
恋愛
 ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…  最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ