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第1話
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公爵邸の空気は、ドレイクの家族が住み着いてからというもの、濃密なカビでも繁殖したかのように重くよどんでいた。フローラの心の平穏は、ガラス細工のように砕け散り、その破片がチクチクと彼女の胸を刺し続けていた。
「ねえ、フローラ。このティーカップ、あなたの趣味にしては地味じゃないかしら? もっとこう、金ピカで、薔薇の飾りが山ほどついたやつはないの?」
ドレイクの母ナタリアが、フローラが先代から受け継いだ由緒あるティーセットを指先で弾きながら気だるげに言った。その指には、いつの間にかフローラの宝石箱から拝借したと思しきルビーの指輪が、これ見よがしに輝いている。
フローラは、眉ひとつ動かさずに答えた。
「お義母様、それは我が家に代々伝わる大切な品でございます。金ピカがお好みでしたら、今度街で見繕ってまいりましょうか? お小遣いの範囲で……」
内心では、(あなたのその派手な趣味こそ、品性の欠片もないわ!)と毒づいていたが、公爵家当主としての仮面は剥がさない。
「あら、嫌味ったらしいのね、フローラは。息子を誑かしただけあって、口も達者なのねぇ」
ナタリアは扇子で口元を隠し、クスクスと嫌な笑い声を立てた。
隣では、ドレイクの父、アガレスが公爵家の年代物のワインを勝手に開け、ぐびぐびと喉を鳴らしていた。
「うむ、このワインはなかなかいけるな! おいフローラ、お前のところの蔵には、もっと年代物の秘蔵酒があるんだろう? 今度、わしにリストを見せなさい。鑑定してやろうじゃないか、はっはっは!」
アガレスは、自分の腹をポンポンと叩きながら、フローラに命令なのか提案なのか分からない言葉を投げかける。その目は、獲物を見つけた獣のようにギラギラしていた。
(鑑定ですって? あなたがするのは、ただの盗み飲みでしょうが!)
フローラのこめかみに青筋が浮き出る。
そして、極めつけはドレイクの妹、セシリアだ。彼女はフローラのドレスルームに入り浸り、勝手にドレスを着ては鏡の前でポーズを取っていた。
「お姉さま、このドレス、わたくしにくださらない? お姉さまには少し…若すぎるデザインですもの。わたくしくらいの愛らしさがないと、着こなせないわよねぇ?」
セシリアは、フローラが成人を祝して誂えた淡いペールトーンのシルクのドレスを身にまとい、悪びれもせずに言い放つ。その瞳には、純粋な性質の悪い強欲さが浮かんでいた。
フローラは、深呼吸を一つした。ここで感情を爆発させれば相手の思う壺だ。
「セシリア、それは私が初めての夜会のために誂えた、思い出の品なの。あなたには、もっとお似合いの可愛らしいドレスを今度選んであげましょう。子供服売り場でね」
「なんですって!? ひどいわ、お姉さま! いじわる!」
セシリアは金切り声を上げ、その場にドレスを脱ぎ捨てて駆け去った。シルクのドレスが無残にも床に広がる。
夜、寝室でドレイクにこの惨状を訴えても、彼は書物を読むふりをしながら生返事をするだけだった。
「フローラ、君は少し神経質すぎるんじゃないか? 母さんも父さんも、妹も、新しい環境に慣れようと必死なんだ。君がもっと大きな心で受け止めてあげれば、万事うまくいくさ」
「大きな心ですって!? ドレイク、あなたの家族は、私の…ううん、公爵家の全てを踏みにじっているのよ! あなたの目は節穴なの!?」
フローラの声は怒りで震えていた。かつて誠実だと思った男の横顔は、今や能面のようでのっぺりとして感情の色を一切映さない。
「言葉が過ぎるぞフローラ! 彼らは僕の大切な家族だ。君が当主だからといって、何でも思い通りになると思うな!」
ドレイクは不満や憤りを露わにして、家族への非難はこれ以上は許さないと責め立てるように言い放ち、フローラに背を向けてベッドに入ってしまった。
(ああ、叔母様。あなたは、どんなフィルターを通してこの男を誠実だとおっしゃって紹介したのですか? それとも、この結婚自体が、何か大きな間違いだったというの……?)
フローラは唇を噛みしめた。悔しさと絶望で涙が滲む。
「ねえ、フローラ。このティーカップ、あなたの趣味にしては地味じゃないかしら? もっとこう、金ピカで、薔薇の飾りが山ほどついたやつはないの?」
ドレイクの母ナタリアが、フローラが先代から受け継いだ由緒あるティーセットを指先で弾きながら気だるげに言った。その指には、いつの間にかフローラの宝石箱から拝借したと思しきルビーの指輪が、これ見よがしに輝いている。
フローラは、眉ひとつ動かさずに答えた。
「お義母様、それは我が家に代々伝わる大切な品でございます。金ピカがお好みでしたら、今度街で見繕ってまいりましょうか? お小遣いの範囲で……」
内心では、(あなたのその派手な趣味こそ、品性の欠片もないわ!)と毒づいていたが、公爵家当主としての仮面は剥がさない。
「あら、嫌味ったらしいのね、フローラは。息子を誑かしただけあって、口も達者なのねぇ」
ナタリアは扇子で口元を隠し、クスクスと嫌な笑い声を立てた。
隣では、ドレイクの父、アガレスが公爵家の年代物のワインを勝手に開け、ぐびぐびと喉を鳴らしていた。
「うむ、このワインはなかなかいけるな! おいフローラ、お前のところの蔵には、もっと年代物の秘蔵酒があるんだろう? 今度、わしにリストを見せなさい。鑑定してやろうじゃないか、はっはっは!」
アガレスは、自分の腹をポンポンと叩きながら、フローラに命令なのか提案なのか分からない言葉を投げかける。その目は、獲物を見つけた獣のようにギラギラしていた。
(鑑定ですって? あなたがするのは、ただの盗み飲みでしょうが!)
フローラのこめかみに青筋が浮き出る。
そして、極めつけはドレイクの妹、セシリアだ。彼女はフローラのドレスルームに入り浸り、勝手にドレスを着ては鏡の前でポーズを取っていた。
「お姉さま、このドレス、わたくしにくださらない? お姉さまには少し…若すぎるデザインですもの。わたくしくらいの愛らしさがないと、着こなせないわよねぇ?」
セシリアは、フローラが成人を祝して誂えた淡いペールトーンのシルクのドレスを身にまとい、悪びれもせずに言い放つ。その瞳には、純粋な性質の悪い強欲さが浮かんでいた。
フローラは、深呼吸を一つした。ここで感情を爆発させれば相手の思う壺だ。
「セシリア、それは私が初めての夜会のために誂えた、思い出の品なの。あなたには、もっとお似合いの可愛らしいドレスを今度選んであげましょう。子供服売り場でね」
「なんですって!? ひどいわ、お姉さま! いじわる!」
セシリアは金切り声を上げ、その場にドレスを脱ぎ捨てて駆け去った。シルクのドレスが無残にも床に広がる。
夜、寝室でドレイクにこの惨状を訴えても、彼は書物を読むふりをしながら生返事をするだけだった。
「フローラ、君は少し神経質すぎるんじゃないか? 母さんも父さんも、妹も、新しい環境に慣れようと必死なんだ。君がもっと大きな心で受け止めてあげれば、万事うまくいくさ」
「大きな心ですって!? ドレイク、あなたの家族は、私の…ううん、公爵家の全てを踏みにじっているのよ! あなたの目は節穴なの!?」
フローラの声は怒りで震えていた。かつて誠実だと思った男の横顔は、今や能面のようでのっぺりとして感情の色を一切映さない。
「言葉が過ぎるぞフローラ! 彼らは僕の大切な家族だ。君が当主だからといって、何でも思い通りになると思うな!」
ドレイクは不満や憤りを露わにして、家族への非難はこれ以上は許さないと責め立てるように言い放ち、フローラに背を向けてベッドに入ってしまった。
(ああ、叔母様。あなたは、どんなフィルターを通してこの男を誠実だとおっしゃって紹介したのですか? それとも、この結婚自体が、何か大きな間違いだったというの……?)
フローラは唇を噛みしめた。悔しさと絶望で涙が滲む。
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