私の家が義家族に乗っ取られ追い出される!「親と妹も一緒に住みたい。僕の家族はみんな親切」信じた夫は幼馴染と不倫

佐藤 美奈

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第5話

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フローラの心は、薄氷のごとく張り詰め、今にもパリンと音を立てて砕け散りそうだった。公爵邸は、もはや温かな家庭でも誇りある我が家でもない。四六時中冷たい視線と嘲笑に晒される息苦しい檻でしかなかった。夫であるはずのドレイクは、その檻の最も冷酷な看守の一人に成り下がっていた。

(もう、耐えられない……)

ある月のない夜、フローラは小さな革鞄一つを手に、自室の窓からそっと抜け出した。侍女のアンナが、涙を堪えながら見送ってくれる。

「フローラ様…お気を付けて。必ずや、セバス様と連絡を取り合い、お力になりますゆえ…」

「ありがとう、アンナ。あなたがいなければ、私はとっくに心が折れていたわ」

フローラはアンナの手を固く握りしめ、闇に紛れて公爵邸を後にした。当主としての責任を放棄するつもりはない。だが、今のままでは、その責任を果たすどころか自分自身の尊厳すら守れない。これは、戦略的撤退なのだ。そう自分に言い聞かせながら。

向かった先は、公爵家が代々所有する森の奥の小さな別邸だった。狩猟の時期に先代が使っていた簡素な建物だが、今はフローラにとって唯一の聖域だった。

一人きりの生活は静かで、最初は寂しさが胸を締め付けた。しかし、あの息の詰まるような公爵邸の空気に比べれば、森の清浄な空気はどれほど心を癒してくれたことか。

「ふぅ…これで少しは、まともな思考ができるわ」

フローラは暖炉に火をおこし、揺れる炎を見つめながら呟いた。その瞳には涙の痕は消え、代わりに静かで強い決意の光があった。

一方、フローラがいなくなった公爵邸では、まさに鬼の居ぬ間に洗濯ならぬ、当主の居ぬ間にやりたい放題フェスティバルが開催されていた。

翌朝、フローラの不在に最初に気づいたのは、もちろんドレイクの家族だった。

「あらあらあら! あの堅物女が、ついに根を上げて逃げ出したのかしらねぇ!?」

ナタリアは、フローラが使っていた化粧台の鏡に自分の顔を映し、満足げに口角を吊り上げた。彼女は早速、フローラの部屋を物色し始めている。

「見てちょうだい、アガレス! この部屋、今日から私のものよ! あの子の趣味の悪い調度品は、全部叩き売って、もっとゴージャスな金とベルベットで埋め尽くしてやるわ! オーッホッホッホ!」

アガレスは、フローラの書斎で葉巻をふかしながら、公爵家の財産目録を広げていた。

「うむ、賢明な判断だ、フローラめ。いやはや、これで我々も気兼ねなく、この家の真の価値を享受できるというものだ。ドレイク、お前もこれで肩の荷が下りただろう。あの女がいると、どうにも息苦しくてかなわんかったからな」

義父は、フローラの父親が愛した革張りの椅子に、土足のまま足を投げ出している。

「ええ、父上。フローラは…少々、理想が高すぎたのかもしれません。この家も、もっと気楽に、我々らしく使えばいいのです」

ドレイクは、窓の外を眺めながら淡々と言った。その声には、フローラへの配慮も愛情の欠片すらも感じられない。厄介払いができてせいせいしたとでも言いたげだ。

(これでいいんだ。これで、僕の家族は幸せになれる…フローラには気の毒だが、これも仕方ないことさ)

彼の心は、家族への歪んだ献身で満たされていた。

義妹のセシリアに至っては、フローラのクローゼットの前で歓声を上げていた。

「キャー! 見て見て! このドレス、あの女には全然似合ってなかったけど、わたくしが着ればシンデレラだわ! あ、これも! これも! ぜーんぶ、わたくしのものよ!」

義妹はフローラのドレスを次々と床に放り投げ、気に入ったものを自分の体に当ててはしゃいでいる。その姿は、強欲な小悪魔のようだった。

「あ、そうだわ! あの女が大事にしてた、古臭い宝石箱! あれ、中身だけいただいて、箱は犬のエサ入れにでもしましょうよ! ねえ、お兄様!」

フローラが大切にしていたもの、彼女の思い出が詰まった品々は、義家族にとっては何の価値もないガラクタか、あるいは自分たちの欲望を満たすための道具でしかなかった。

フローラの肖像画は物置に放り込まれ、彼女が丹精込めて育てていたハーブ園は、アガレスの新しい家庭菜園(ただし育てるのは酒のつまみ限定)のために無残に踏み荒らされた。

公爵邸は、急速にその品位と歴史の香りを失い、成金趣味の悪趣味なテーマパークのように変貌していった。使用人たちは眉をひそめながらも、新しい主人たちの機嫌を損ねまいと表面上は従順に振る舞うしかなかった。しかし、その胸の内にはフローラへの同情と、このならず者一家への隠れた怒りが渦巻いていた。

「聞いたか? フローラ様が大切にされていたアンティークのオルゴール、セシリアお嬢様が『音が気に入らない』とかで、庭の池に投げ込んじまったらしいぜ」

「なんて罰当たりな……! フローラ様がお戻りになったら、あいつら、ただじゃ済まされねえぞ!」

使用人たちの間では、そんな囁きが交わされるようになっていた。
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