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第6話
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別邸のフローラは、セバスから密かに送られてくる手紙によって、公爵邸の惨状を知らされていた。
「…そう、私の薔薇が、アガレス様のニンニク畑に…あの美しいマリア・カラスが…ニンニクですって……?」
フローラは、手紙を読みながら怒りを通り越して、一種の呆れと闘志を覚えていた。
(まあ、いいわ。存分に踊りなさい、愚かなピエロたち。あなたたちが積み上げる愚行の数々が、そのままあなたたちの断罪の証拠となるのだから)
フローラは、暖炉のそばで静かにお茶を飲みながら、一枚の羊皮紙に何かを書きつけていた。それは、公爵家の財産リストでもなければ嘆きの手紙でもない。それは、ドレイクとその家族に、彼らが犯した罪の大きさを、そしてフローラという人間を甘く見たことへの代償を、骨の髄まで思い知らせるための計画の骨子だった。
「ふふ…あなたたちが思う存分、泥舟で踊り狂った後で、その舟ごと沈めて差し上げるわ。ええ、それはもう、盛大な花火と共にね」
フローラの口元には悲壮感はなく、むしろこれから始まる反撃への期待感にも似た妖艶な笑みが浮かんでいた。彼女の孤独な別邸暮らしは、単なる隠遁生活ではなく壮大な復讐劇の幕開けに向けた準備期間となりつつあった。
フローラが公爵邸を離れて数週間。別邸での生活は静かだったが、彼女の心に平穏が訪れることはなかった。忠実な執事セバスからもたらされる公爵邸の現状報告は、フローラの心をえぐるには十分すぎる内容だったからだ。
公爵邸のテラスでは、今日もフローラの悪口という名の、下品極まりないお茶会が繰り広げられていた。
「まったく、あのフローラとかいう女! 当主気取りで偉そうにしてたけど、所詮は世間知らずの小娘だったわねぇ!」
ナタリアが、フローラが愛用していたティーカップを自分の物のように扱いながら、甲高い声でまくし立てる。
「うむ。第一、女だてらに当主などとは、片腹痛いわ。やはり家は男が支配し、女はそれに従うのが自然の摂理よ。フローラには、その慎ましさが欠けておったな!」
アガレスは、フローラの父が丹精込めて育てていた盆栽を足蹴にしながら、したり顔で頷く。その盆栽は、すでに枝が何本か折れていた。
「そうよそうよ! フローラのセンスって、ほんと古臭くてダサかったもの! わたくしがこの前、フローラの部屋で見つけた日記帳なんて、ポエムみたいなことばっかり書いてあって、鳥肌が立ったわ『星影のワルツは切なくて』ですって! ぷぷっ、ダッサ~!」
セシリアは、手に入れたばかりの扇子で口元を隠し、下卑た笑い声をあげる。その扇子は、元はフローラの母親の形見だった。
そして、その悪意に満ちた輪の中心には、見慣れない女の姿があった。ドレイクの幼馴染だと名乗る、ミレイユという子爵令嬢だった。艶やかな金髪を揺らし、媚を含んだ瞳で彼女は会話に加わる。
「まあ、お義母様、お義父様、セシリア様。フローラさんのことはもうお忘れになった方がよろしいですわ。あの方も、きっとどこかでご自分の『分』をわきまえた生活をなさっていることでしょうし」
その言葉は慰めているようで、実のところフローラを徹底的に見下している響きがあった。そして、彼女はドレイクの腕に自分の手を絡ませる。
ドレイクは、ミレイユのなすがままになりながら、長年の苦労から解放されたかのような腑抜けた笑顔を浮かべていた。
「ああ、ミレイユの言う通りだ。フローラは……そう、少しばかり理想が高すぎたんだ。僕ら家族の温かさについてこれなかったのさ。今のこの家の方が、ずっと…うん、呼吸がしやすいよ」
彼は、誠実と評された面影など微塵もなく、ただただ現状の甘い汁を吸うだけの意志薄弱な男に成り下がっていた。
ミレイユとドレイクが、ただならぬ関係であることは義家族の全員が承知の上だった。むしろ、積極的にそれを後押ししている節さえある。
ナタリアなどは、ミレイユの手を取って大げさに言った。
「ミレイユこそ、ドレイクにふさわしいわ! あなたのような華やかで、気の利く女性がそばにいれば、ドレイクも、そして私たちも、どれだけ幸せか! フローラなんかより、ずっとずっと素晴らしい家庭を築けるわ!」
(家族の温かさ…ですって?)
別邸で報告書を読んでいたフローラは、全身の血が逆流するような怒りに震えた。そして、ミレイユの存在とドレイクとの破廉恥な関係を知った時、彼女の心は激しい衝撃に見舞われた。
(叔母様…あなたが紹介してくださったのは、こんな男だったというのですか……『僕の両親と妹も一緒に暮らしたい、みんな親切だ』……あれは、全て嘘! 最初から、私を追い出し、この家を乗っ取るための、周到に仕組まれた罠だったというの!?)
騙された。完全に、赤子の手をひねるように。フローラは、自分の人の見る目のなさと、ドレイク一家の底知れぬ悪意に打ちのめされた。公爵家は、義家族に乗っ取られたと言っても過言ではなかった。
「…そう、私の薔薇が、アガレス様のニンニク畑に…あの美しいマリア・カラスが…ニンニクですって……?」
フローラは、手紙を読みながら怒りを通り越して、一種の呆れと闘志を覚えていた。
(まあ、いいわ。存分に踊りなさい、愚かなピエロたち。あなたたちが積み上げる愚行の数々が、そのままあなたたちの断罪の証拠となるのだから)
フローラは、暖炉のそばで静かにお茶を飲みながら、一枚の羊皮紙に何かを書きつけていた。それは、公爵家の財産リストでもなければ嘆きの手紙でもない。それは、ドレイクとその家族に、彼らが犯した罪の大きさを、そしてフローラという人間を甘く見たことへの代償を、骨の髄まで思い知らせるための計画の骨子だった。
「ふふ…あなたたちが思う存分、泥舟で踊り狂った後で、その舟ごと沈めて差し上げるわ。ええ、それはもう、盛大な花火と共にね」
フローラの口元には悲壮感はなく、むしろこれから始まる反撃への期待感にも似た妖艶な笑みが浮かんでいた。彼女の孤独な別邸暮らしは、単なる隠遁生活ではなく壮大な復讐劇の幕開けに向けた準備期間となりつつあった。
フローラが公爵邸を離れて数週間。別邸での生活は静かだったが、彼女の心に平穏が訪れることはなかった。忠実な執事セバスからもたらされる公爵邸の現状報告は、フローラの心をえぐるには十分すぎる内容だったからだ。
公爵邸のテラスでは、今日もフローラの悪口という名の、下品極まりないお茶会が繰り広げられていた。
「まったく、あのフローラとかいう女! 当主気取りで偉そうにしてたけど、所詮は世間知らずの小娘だったわねぇ!」
ナタリアが、フローラが愛用していたティーカップを自分の物のように扱いながら、甲高い声でまくし立てる。
「うむ。第一、女だてらに当主などとは、片腹痛いわ。やはり家は男が支配し、女はそれに従うのが自然の摂理よ。フローラには、その慎ましさが欠けておったな!」
アガレスは、フローラの父が丹精込めて育てていた盆栽を足蹴にしながら、したり顔で頷く。その盆栽は、すでに枝が何本か折れていた。
「そうよそうよ! フローラのセンスって、ほんと古臭くてダサかったもの! わたくしがこの前、フローラの部屋で見つけた日記帳なんて、ポエムみたいなことばっかり書いてあって、鳥肌が立ったわ『星影のワルツは切なくて』ですって! ぷぷっ、ダッサ~!」
セシリアは、手に入れたばかりの扇子で口元を隠し、下卑た笑い声をあげる。その扇子は、元はフローラの母親の形見だった。
そして、その悪意に満ちた輪の中心には、見慣れない女の姿があった。ドレイクの幼馴染だと名乗る、ミレイユという子爵令嬢だった。艶やかな金髪を揺らし、媚を含んだ瞳で彼女は会話に加わる。
「まあ、お義母様、お義父様、セシリア様。フローラさんのことはもうお忘れになった方がよろしいですわ。あの方も、きっとどこかでご自分の『分』をわきまえた生活をなさっていることでしょうし」
その言葉は慰めているようで、実のところフローラを徹底的に見下している響きがあった。そして、彼女はドレイクの腕に自分の手を絡ませる。
ドレイクは、ミレイユのなすがままになりながら、長年の苦労から解放されたかのような腑抜けた笑顔を浮かべていた。
「ああ、ミレイユの言う通りだ。フローラは……そう、少しばかり理想が高すぎたんだ。僕ら家族の温かさについてこれなかったのさ。今のこの家の方が、ずっと…うん、呼吸がしやすいよ」
彼は、誠実と評された面影など微塵もなく、ただただ現状の甘い汁を吸うだけの意志薄弱な男に成り下がっていた。
ミレイユとドレイクが、ただならぬ関係であることは義家族の全員が承知の上だった。むしろ、積極的にそれを後押ししている節さえある。
ナタリアなどは、ミレイユの手を取って大げさに言った。
「ミレイユこそ、ドレイクにふさわしいわ! あなたのような華やかで、気の利く女性がそばにいれば、ドレイクも、そして私たちも、どれだけ幸せか! フローラなんかより、ずっとずっと素晴らしい家庭を築けるわ!」
(家族の温かさ…ですって?)
別邸で報告書を読んでいたフローラは、全身の血が逆流するような怒りに震えた。そして、ミレイユの存在とドレイクとの破廉恥な関係を知った時、彼女の心は激しい衝撃に見舞われた。
(叔母様…あなたが紹介してくださったのは、こんな男だったというのですか……『僕の両親と妹も一緒に暮らしたい、みんな親切だ』……あれは、全て嘘! 最初から、私を追い出し、この家を乗っ取るための、周到に仕組まれた罠だったというの!?)
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