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第12話
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その時、今まで黙ってドレイクの家族を観察していた叔母のクローディアが口を開いた。
「守る、ですって? ドレイク、あなたのそれは『乗っ取り』と言うのですよ。この私が見てきましたとも。あなたがた一家が、どれほどフローラを虐げ、この公爵家を食い物にしてきたか。害虫のようにね!」
その声は、冬の北風のように冷たく厳しい。クローディアの辛辣な言葉に、義父と義母はびくりと肩を震わせた。
(我らが害虫だと!? なんて口の悪い女だ! だが、言い返せない……)
アガレスは心の中で不満を言う。ナタリアはハンカチを目元に当て、すすり泣くふりを始めたが、その演技は誰の同情も買えそうにない。
「まあ、叔母様、そんな言い方……私たちは、ただドレイク様を支えようと……ねえ、ドレイク様?」
ミレイユは、必死の形相でドレイクに助けを求めた。しかし、ドレイクは自分のことで手一杯で、ミレイユに構っている余裕などない。彼女は、溺れる者が藁にもすがる思いで、今度はジェラール王子に媚びるような視線を送った。
「ジェラール王子殿下、私は……私はただ、ドレイク様の傍にいただけなのですわ。公爵夫人だなんて、そんな大それたこと……当主のフローラ様がいらっしゃるのに、滅相もございません。これは、その、ちょっとしたおふざけが過ぎただけでして……」
その声は震え顔は青ざめ、先程までフローラが一人の時の自信に満ち溢れた態度は完全に消え失せていた。彼女の後がないという思いの切実な願いを孕んだ取り繕いは、誰の心にも響かなかった。むしろ、その見苦しさが、彼女の立場をさらに悪くしていることに気づいていないようだ。
「おふざけ、ねえ」
静かだが、確かな怒りを込めた声でフローラが呟いた。
「ミレイユ、あなたの言う『おふざけ』で、我が家の庭は荒れ果て、大切な調度品は埃を被り、そして何より、この私は心身ともに深く傷つきましたのよ? それが、あなたの言う『おふざけ』の範囲ですの?」
フローラの言葉は、静かではあったがホール全体に重く響き渡った。瞳はまっすぐにミレイユを射抜き、ミレイユは思わず後ずさった。
(こ、この女、いつの間にこんな迫力を……!? 王子がいるからって調子に乗って!)
「そ、それは……言葉のあやというか……その……」
ミレイユはしどろもどろになり、助けを求めるようにドレイクを見たが、ドレイクは自分の弁明で精一杯のようだ。
ジェラール王子は、目だけが語らずにすべてを告げていた。そんな滑稽な様子を冷ややかにひと睨みすると再びドレイクに向き直った。
「ドレイク。君の言い分はわかった。君がフローラ閣下にしたこと、公爵家にしたこと、その全てが白日の下に晒される時が来たのだ。叔母上、証拠の書類は?」
「ええ、もちろん。ここに全て揃っておりますわ、殿下」
クローディアは、どこからともなく分厚い書類の束を取り出した。その紙の束を見た瞬間、ドレイクの顔色は土気色を通り越して紫色に近くなっていた。
(お、終わりだ……あの帳簿まで……どうして、どうしてこんなことに……)
義父はがっくりと膝から崩れ落ちそうになり、義母はついに「ひぃっ」と短い悲鳴をあげて目を回したふりをして、その場にへたり込んだ。
(気絶すればなんとかなるかしら……いや、ダメかしら、この状況で……)
義妹だけは、まだ状況が飲み込めていないのか、あるいは現実逃避をしているのか、ポカンとした顔で書類の束と兄の顔を見比べている。
(あの紙っぺらが何だって言うの? お兄様なら、きっと大丈夫よね……?)
「さて、ドレイク。言い訳は法廷で聞こうか? それとも、今ここで潔く全てを認めるか? もっとも、君の『誠実そうな仮面』は、もう誰にも通用しないと思うが」
ジェラール王子の最後通告のような言葉が、ドレイクの心臓を冷たく握りつぶした。彼はもう、反論する気力も取り繕う術も持ち合わせていなかった。
ただ、力なくその場に立ち尽くすだけだった。彼の脳裏には、これからの暗い未来が走馬灯のように駆け巡っていたに違いない。
(ああ、僕の成り上がり人生、ここでゲームオーバーか……そうだ! 後でフローラに真剣に謝れば、愛という名の祈りを放てば、僕だけは許してくれるかも……僕は夫なんだ……)
フローラに情熱を響かせる言葉の矢を放って、その愛が彼女の胸を打てば助かる。
闇の中、ドレイクの思考は小賢しさで満ちて、己のみ生き残るための抜け道を探っていた。救いの舟には、家族や幼馴染を見捨てて自分ひとりだけを乗せるつもりのようだ。
フローラは、そんな義家族の無様な姿を、何の感情も浮かばない瞳で見つめていた。長い間の苦しみと絶望だった。この乗っ取られた公爵家を自分の手で再建する。灰の中から立ち上がる気持ちですべてを作り直す。壊れたものに、再び命を吹き込むと心に誓った。
「とりあえず、そちらの公爵夫人気取りの方と、ご家族には、別の部屋でゆっくりと反省の時間を取っていただきましょうか」
叔母のクローディアが、どこからか現れた屈強な衛兵たちに目で合図を送る。義家族の顔には、いよいよ絶望の色が濃く浮かび上がるのであった。
「守る、ですって? ドレイク、あなたのそれは『乗っ取り』と言うのですよ。この私が見てきましたとも。あなたがた一家が、どれほどフローラを虐げ、この公爵家を食い物にしてきたか。害虫のようにね!」
その声は、冬の北風のように冷たく厳しい。クローディアの辛辣な言葉に、義父と義母はびくりと肩を震わせた。
(我らが害虫だと!? なんて口の悪い女だ! だが、言い返せない……)
アガレスは心の中で不満を言う。ナタリアはハンカチを目元に当て、すすり泣くふりを始めたが、その演技は誰の同情も買えそうにない。
「まあ、叔母様、そんな言い方……私たちは、ただドレイク様を支えようと……ねえ、ドレイク様?」
ミレイユは、必死の形相でドレイクに助けを求めた。しかし、ドレイクは自分のことで手一杯で、ミレイユに構っている余裕などない。彼女は、溺れる者が藁にもすがる思いで、今度はジェラール王子に媚びるような視線を送った。
「ジェラール王子殿下、私は……私はただ、ドレイク様の傍にいただけなのですわ。公爵夫人だなんて、そんな大それたこと……当主のフローラ様がいらっしゃるのに、滅相もございません。これは、その、ちょっとしたおふざけが過ぎただけでして……」
その声は震え顔は青ざめ、先程までフローラが一人の時の自信に満ち溢れた態度は完全に消え失せていた。彼女の後がないという思いの切実な願いを孕んだ取り繕いは、誰の心にも響かなかった。むしろ、その見苦しさが、彼女の立場をさらに悪くしていることに気づいていないようだ。
「おふざけ、ねえ」
静かだが、確かな怒りを込めた声でフローラが呟いた。
「ミレイユ、あなたの言う『おふざけ』で、我が家の庭は荒れ果て、大切な調度品は埃を被り、そして何より、この私は心身ともに深く傷つきましたのよ? それが、あなたの言う『おふざけ』の範囲ですの?」
フローラの言葉は、静かではあったがホール全体に重く響き渡った。瞳はまっすぐにミレイユを射抜き、ミレイユは思わず後ずさった。
(こ、この女、いつの間にこんな迫力を……!? 王子がいるからって調子に乗って!)
「そ、それは……言葉のあやというか……その……」
ミレイユはしどろもどろになり、助けを求めるようにドレイクを見たが、ドレイクは自分の弁明で精一杯のようだ。
ジェラール王子は、目だけが語らずにすべてを告げていた。そんな滑稽な様子を冷ややかにひと睨みすると再びドレイクに向き直った。
「ドレイク。君の言い分はわかった。君がフローラ閣下にしたこと、公爵家にしたこと、その全てが白日の下に晒される時が来たのだ。叔母上、証拠の書類は?」
「ええ、もちろん。ここに全て揃っておりますわ、殿下」
クローディアは、どこからともなく分厚い書類の束を取り出した。その紙の束を見た瞬間、ドレイクの顔色は土気色を通り越して紫色に近くなっていた。
(お、終わりだ……あの帳簿まで……どうして、どうしてこんなことに……)
義父はがっくりと膝から崩れ落ちそうになり、義母はついに「ひぃっ」と短い悲鳴をあげて目を回したふりをして、その場にへたり込んだ。
(気絶すればなんとかなるかしら……いや、ダメかしら、この状況で……)
義妹だけは、まだ状況が飲み込めていないのか、あるいは現実逃避をしているのか、ポカンとした顔で書類の束と兄の顔を見比べている。
(あの紙っぺらが何だって言うの? お兄様なら、きっと大丈夫よね……?)
「さて、ドレイク。言い訳は法廷で聞こうか? それとも、今ここで潔く全てを認めるか? もっとも、君の『誠実そうな仮面』は、もう誰にも通用しないと思うが」
ジェラール王子の最後通告のような言葉が、ドレイクの心臓を冷たく握りつぶした。彼はもう、反論する気力も取り繕う術も持ち合わせていなかった。
ただ、力なくその場に立ち尽くすだけだった。彼の脳裏には、これからの暗い未来が走馬灯のように駆け巡っていたに違いない。
(ああ、僕の成り上がり人生、ここでゲームオーバーか……そうだ! 後でフローラに真剣に謝れば、愛という名の祈りを放てば、僕だけは許してくれるかも……僕は夫なんだ……)
フローラに情熱を響かせる言葉の矢を放って、その愛が彼女の胸を打てば助かる。
闇の中、ドレイクの思考は小賢しさで満ちて、己のみ生き残るための抜け道を探っていた。救いの舟には、家族や幼馴染を見捨てて自分ひとりだけを乗せるつもりのようだ。
フローラは、そんな義家族の無様な姿を、何の感情も浮かばない瞳で見つめていた。長い間の苦しみと絶望だった。この乗っ取られた公爵家を自分の手で再建する。灰の中から立ち上がる気持ちですべてを作り直す。壊れたものに、再び命を吹き込むと心に誓った。
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