11 / 59
第11話
しおりを挟む
「おや、皆様お揃いで! ちょうどよかった、これから肝試しが始まるのですが、四名一組でないと参加できないんですよ! 皆様でいかがです?」
祭りの実行委員らしき陽気な男が、タイミングが良いのか悪いのか声をかけてきた。断る理由を探すよりも先に、周囲の好奇の目が私たち四人に突き刺さる。王太子、私と世間的に婚約中の騎士、その幼馴染。これ以上ないほどの完璧なゴシップの種だ。
「……いいだろう。参加しよう」
ロッドが、私の手を取りながら言った。こうして私たちは、最悪の組み合わせにも思えたが、同時にもしかしたら最高の瞬間になるかもしれないという予感を抱きながら、祭りの夜の闇へと足を踏み入れることになった。
肝試しの舞台は、王城の裏手に広がる嘆きの森。昼間でも薄暗く、不気味な言い伝えがいくつも残る場所だった。渡された一つのカンテラの光だけを頼りに、私たち四人は静かに森の中へと足を踏み入れていった。
先頭を歩くのはアンドレ。その後ろに私、そしてロッドとキャンディが続く。誰も口を開かず、ただ落ち葉を踏む音と遠くで鳴く夜鳥の声だけが響く。カンテラの光が揺れるたび、木々の影がまるで生き物のように動き、不安が心の中で膨れ上がっていった。
「……怖くないか?」
不意に、前を歩いていたアンドレが振り返り言った。
「平気よ」
私は、わざとそっけない声で答えた。彼の優しさに触れることが怖かった。一度でもその優しさに絆されてしまえば、またあの苦しい日々に戻ってしまうかもしれないと思うと心が揺れていた。
私の返事に、アンドレは寂しげに目を伏せて何も言わずに再び前を向いた。
「きゃっ」
その時だった。木の根に足を取られ、私は思わず短い悲鳴をあげて体勢を崩してしまった。転んでしまうと思った瞬間、力強い腕が私の体をぐっと支えた。
「ニーナ!」
アンドレだった。彼はカンテラを放り出す勢いで私を抱きとめ、その瞳には焦りと本気の心配の色が浮かんでいた。
「大丈夫か、ニーナ? 怪我はないか? どこか痛むところは?」
アンドレの声は震えており、矢継ぎ早に問いかけられた。彼の腕は昔と変わらず力強くて、安心感を与えてくれるものだった。私は、思わずその腕に身を預けて胸に顔を埋めた。心臓の鼓動が速く響いて伝わってきた。
「だ、大丈夫……ありがとう」
顔が熱くなっていく。彼の心配が、私の固く閉ざされていた心を、あっけなく溶かしていくのが分かる。ダメだ、ニーナ。こんなことで動揺してはいけない。
慌てて彼から身を引き少し離れた場所を見ると、キャンディが苦々しい表情でこちらを見つめていた。彼女の瞳には、嫉妬や諦め深い悲しみが混ざり合って浮かんでいるのがわかる。
「なにイチャついてるのよ! わたし、先に行くわ」
冷たく吐き捨てるように言うと彼女は一人、森の闇の中へと消えていった。その背中は、小さくなったかのように見えた。
祭りの実行委員らしき陽気な男が、タイミングが良いのか悪いのか声をかけてきた。断る理由を探すよりも先に、周囲の好奇の目が私たち四人に突き刺さる。王太子、私と世間的に婚約中の騎士、その幼馴染。これ以上ないほどの完璧なゴシップの種だ。
「……いいだろう。参加しよう」
ロッドが、私の手を取りながら言った。こうして私たちは、最悪の組み合わせにも思えたが、同時にもしかしたら最高の瞬間になるかもしれないという予感を抱きながら、祭りの夜の闇へと足を踏み入れることになった。
肝試しの舞台は、王城の裏手に広がる嘆きの森。昼間でも薄暗く、不気味な言い伝えがいくつも残る場所だった。渡された一つのカンテラの光だけを頼りに、私たち四人は静かに森の中へと足を踏み入れていった。
先頭を歩くのはアンドレ。その後ろに私、そしてロッドとキャンディが続く。誰も口を開かず、ただ落ち葉を踏む音と遠くで鳴く夜鳥の声だけが響く。カンテラの光が揺れるたび、木々の影がまるで生き物のように動き、不安が心の中で膨れ上がっていった。
「……怖くないか?」
不意に、前を歩いていたアンドレが振り返り言った。
「平気よ」
私は、わざとそっけない声で答えた。彼の優しさに触れることが怖かった。一度でもその優しさに絆されてしまえば、またあの苦しい日々に戻ってしまうかもしれないと思うと心が揺れていた。
私の返事に、アンドレは寂しげに目を伏せて何も言わずに再び前を向いた。
「きゃっ」
その時だった。木の根に足を取られ、私は思わず短い悲鳴をあげて体勢を崩してしまった。転んでしまうと思った瞬間、力強い腕が私の体をぐっと支えた。
「ニーナ!」
アンドレだった。彼はカンテラを放り出す勢いで私を抱きとめ、その瞳には焦りと本気の心配の色が浮かんでいた。
「大丈夫か、ニーナ? 怪我はないか? どこか痛むところは?」
アンドレの声は震えており、矢継ぎ早に問いかけられた。彼の腕は昔と変わらず力強くて、安心感を与えてくれるものだった。私は、思わずその腕に身を預けて胸に顔を埋めた。心臓の鼓動が速く響いて伝わってきた。
「だ、大丈夫……ありがとう」
顔が熱くなっていく。彼の心配が、私の固く閉ざされていた心を、あっけなく溶かしていくのが分かる。ダメだ、ニーナ。こんなことで動揺してはいけない。
慌てて彼から身を引き少し離れた場所を見ると、キャンディが苦々しい表情でこちらを見つめていた。彼女の瞳には、嫉妬や諦め深い悲しみが混ざり合って浮かんでいるのがわかる。
「なにイチャついてるのよ! わたし、先に行くわ」
冷たく吐き捨てるように言うと彼女は一人、森の闇の中へと消えていった。その背中は、小さくなったかのように見えた。
1,432
あなたにおすすめの小説
幼馴染と仲良くし過ぎている婚約者とは婚約破棄したい!
ルイス
恋愛
ダイダロス王国の侯爵令嬢であるエレナは、リグリット公爵令息と婚約をしていた。
同じ18歳ということで話も合い、仲睦まじいカップルだったが……。
そこに現れたリグリットの幼馴染の伯爵令嬢の存在。リグリットは幼馴染を優先し始める。
あまりにも度が過ぎるので、エレナは不満を口にするが……リグリットは今までの優しい彼からは豹変し、権力にものを言わせ、エレナを束縛し始めた。
「婚約破棄なんてしたら、どうなるか分かっているな?」
その時、エレナは分かってしまったのだ。リグリットは自分の侯爵令嬢の地位だけにしか興味がないことを……。
そんな彼女の前に現れたのは、幼馴染のヨハン王子殿下だった。エレナの状況を理解し、ヨハンは動いてくれることを約束してくれる。
正式な婚約破棄の申し出をするエレナに対し、激怒するリグリットだったが……。
【完結】前世の恋人達〜貴方は私を選ばない〜
乙
恋愛
前世の記憶を持つマリア
愛し合い生涯を共にしたロバート
生まれ変わってもお互いを愛すと誓った二人
それなのに貴方が選んだのは彼女だった...
▶︎2話完結◀︎
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
貴方との婚約は破棄されたのだから、ちょっかいかけてくるのやめてもらっても良いでしょうか?
ツキノトモリ
恋愛
伯爵令嬢エリヴィラは幼馴染で侯爵令息のフィクトルと婚約した。婚約成立後、同じ学校に入学した二人。フィクトルは「婚約者とバレたら恥ずかしい」という理由でエリヴィラに学校では話しかけるなと言う。しかし、自分はエリヴィラに話しかけるし、他の女子生徒とイチャつく始末。さらに、エリヴィラが隣のクラスのダヴィドと話していた時に邪魔してきた上に「俺以外の男子と話すな」とエリヴィラに言う。身勝手なことを言われてエリヴィラは反論し、フィクトルと喧嘩になって最終的に婚約は白紙に戻すことに。だが、婚約破棄後もフィクトルはエリヴィラにちょっかいをかけてきて…?!
貴方の幸せの為ならば
缶詰め精霊王
恋愛
主人公たちは幸せだった……あんなことが起きるまでは。
いつも通りに待ち合わせ場所にしていた所に行かなければ……彼を迎えに行ってれば。
後悔しても遅い。だって、もう過ぎたこと……
心の傷は癒えるもの?ええ。簡単に。
しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢セラヴィは婚約者のトレッドから婚約を解消してほしいと言われた。
理由は他の女性を好きになってしまったから。
10年も婚約してきたのに、セラヴィよりもその女性を選ぶという。
意志の固いトレッドを見て、婚約解消を認めた。
ちょうど長期休暇に入ったことで学園でトレッドと顔を合わせずに済み、休暇明けまでに失恋の傷を癒しておくべきだと考えた友人ミンディーナが領地に誘ってくれた。
セラヴィと同じく婚約を解消した経験があるミンディーナの兄ライガーに話を聞いてもらっているうちに段々と心の傷は癒えていったというお話です。
【完結】婚約者は私を大切にしてくれるけれど、好きでは無かったみたい。
まりぃべる
恋愛
伯爵家の娘、クラーラ。彼女の婚約者は、いつも優しくエスコートしてくれる。そして蕩けるような甘い言葉をくれる。
少しだけ疑問に思う部分もあるけれど、彼が不器用なだけなのだと思っていた。
そんな甘い言葉に騙されて、きっと幸せな結婚生活が送れると思ったのに、それは偽りだった……。
そんな人と結婚生活を送りたくないと両親に相談すると、それに向けて動いてくれる。
人生を変える人にも出会い、学院生活を送りながら新しい一歩を踏み出していくお話。
☆※感想頂いたからからのご指摘により、この一文を追加します。
王道(?)の、世間にありふれたお話とは多分一味違います。
王道のお話がいい方は、引っ掛かるご様子ですので、申し訳ありませんが引き返して下さいませ。
☆現実にも似たような名前、言い回し、言葉、表現などがあると思いますが、作者の世界観の為、現実世界とは少し異なります。
作者の、緩い世界観だと思って頂けると幸いです。
☆以前投稿した作品の中に出てくる子がチラッと出てきます。分かる人は少ないと思いますが、万が一分かって下さった方がいましたら嬉しいです。(全く物語には響きませんので、読んでいなくても全く問題ありません。)
☆完結してますので、随時更新していきます。番外編も含めて全35話です。
★感想いただきまして、さすがにちょっと可哀想かなと最後の35話、文を少し付けたしました。私めの表現の力不足でした…それでも読んで下さいまして嬉しいです。
最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。
幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。
一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。
ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる