婚約者を妹に取られた私、幼馴染の〝氷の王子様〟に溺愛される日々

ぱんだ

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第20話

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この日は、教室に浮ついた空気が漂っていた。席替えの日。それは、私たち生徒にとって、ただのイベントではなく、今後の学園生活のクオリティを大きく左右する一大事だ。誰と隣の席になるか、前後の席の配置がどうなるか、そんな些細なことが、実はこの先の毎日を大きく変える可能性を秘めている。私の願いは、ただ一つ。

「神様、どうか、私をカイルの隣に……」

誰にも聞こえないような小さな声で、私は必死に祈っていた。心の中で繰り返すのは、ただ一つの願い。カイルと隣の席になりたい。たったそれだけ。彼の体温を感じられる距離で、彼の低く落ち着いた声を誰よりも近くで聞きたい。

それだけの、小さくて切実な望み。それでも、心の中では誰にも言えない強欲な願いとして、私を支配していた。担任が手にしたくじの入った箱を掲げ、クラス全員の視線がその箱に集まる。

順番が来て、私は震える手で箱に手を伸ばした。指先が触れたのは、一枚の薄い紙切れ。これが、私の運命を決めるものだと心の中で呟く。おそるおそる紙を広げると、そこには『窓際・後ろから二番目』と記されていた。その瞬間、隣の席のくじを引いたのは――カイルだった。

嘘みたいな出来事に、私はしばし言葉を失った。神様がまだ私を見捨てていないかのように感じた。天にも昇る気持ち、それがこういうことを指すのだろう。頬が自然と緩んでいくのを必死にこらえながら、ちらりとカイルの顔を見る。彼もまた、少しだけ口の端を上げ、私にだけ分かるように小さく頷いた。それだけで、私の世界が祝福され、輝き出したかのように感じた。

だが、幸せというものは、あまりにも脆く儚いガラス細工のようだ。私のささやかな幸福は、ほんの一瞬で打ち砕かれることとなった。

「あの、エリーゼ様……」

背後から、か細い声がした。思わず振り返ると、そこには侯爵令嬢のイザベラが立っていた。大きな瞳を潤ませ、申し訳なさそうに眉を下げている。あの設立記念パーティーで、カイルの腕にこれ見よがしに絡みついていた彼女が、私に話しかけている。心の中で、わずかな警戒心が芽生えるのを感じた。

「ごめんなさい、私、目が悪くて……そのお席でないと、黒板の字がよく見えないのです。もし、よろしければ、私の席と替わっていただけないでしょうか?」

え? 私の席と替わりたい? カイルと隣の席なのに……。その言葉が頭の中で繰り返され、どうしても納得がいかない。心の中で、天使と悪魔が激しく対立しているのを感じた。まるで耳元で戦いの音が響くように、二つの声が駆け引きする。

『可哀想じゃないの。目が悪いなら仕方ないわ、譲ってあげなさいよ』
『馬鹿なことを言うな! 絶対に断れ! これは罠だ! カイルとの席を奪われるなんて絶対に許せない!』

天使のように優しい声が囁くと、悪魔のように鋭い声が反論する。その声がぶつかるたびに、私はますます迷っていった。自分でも不安になるほど、心が揺れ動いている。

私は、こういう時、決まって天使の(ふりをした悪魔かもしれない)声に従ってしまう。断れない。どんなに心の中で反発しても、結局は他人のために譲ってしまう自分がいる。

私のなところは、時に致命的な弱点になることを痛いほど分かっているのに。それでも、どんなに自分を律しようとしても、他人のお願いを断れず、つい譲ってしまう自分がいる。自分が我慢してまで他人に譲ることで、結果的に損をしてしまうことが多いと感じている。

そんな自分に、ときどき苛立ちを覚えることもあるが、それでもどうしても他人を思いやる気持ちが勝ってしまう。それが、自分を傷つける原因になり、後悔の種をまいてしまうことを頭では理解している。けれども、心の中でその優しさが止められず繰り返してしまうのだ。

「それはお困りのことでしょう。どうぞ、お譲りします」

喉から絞り出したその言葉は、自分でも驚くほど弱々しかった。
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