おしゃべりロボットの秘密 ―中に人はおりません?―

皇海宮乃

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おしゃべりロボット起動!

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 おしゃべりロボットと言うからには会話をするのだろうか、と、思いながら、三人はステノの起動準備を手伝った。

 といっても、緩衝材替わりの毛布や布団を畳みながら、瀬尾を真尋が起動準備をしているのを眺めているだけではあったのだけれど。

「よし、準備オッケー」

 そう言うと、真尋が昔懐かしのプロポとインカムを持って、すぐ横の扉を開き、入っていった。真尋の姿が消えた所で、瀬尾が言った。

「さ、起動するぞ」

 本体に取り付けてあったスイッチを押すと、それまでひっそりとたたずんでいたステノはパソコンのような起動音をあげて、体の各所についている照明を光らせた。

 目の部分と、足。頭に並ぶリング状のものが、まるで光の輪のように明かりが灯ってくるくると、まるで光の輪が回っているように見えた。

 ガガガ、という鈍い機械音の後に、メッシュになっている、恐らくスピーカーであろう場所から音がした。

「やあ、僕ステノ、おしゃべりロボットだよ」

「すげー! こいつ、しゃべった!」

 圭吾が大げさにステノにとりついて体のあちこちに触れる。

「これ、制御システムはどこに入ってるんですか? OSは何を?」

 恐らくは昨今のスマホなどのように、応答するためのシステムが入っているものだと思っている圭吾は、キモになる部分を探してあちこちに触った。

「ちょちょい、離れて、離れて」

 瀬尾の言葉に圭吾が体を離すと、足の裏に車輪が稼働して、ステノが動き始めた。

「ええええ! これ、動くんだ」

 今度は登弥が驚いて足元あたりをしきりに気にしている。

「おしゃべりロボットだから、会話のみで動くとは思いませんでした、すごいですね、これ、瀬尾さんとこの展示品なんですか?」

 譲二が尋ねると、瀬尾は苦々しく笑って、

「まーな」

 と、言った。

 ひとしきり、ステノが動き、会話をしたところで、扉が開いた。中からは真尋が苦々しい顔をして出てきた。真尋は、たいていの事は楽しもうとする、こんな風に苦い、というか、どこか照れたような顔を見せるのはめずらしい、と、譲二は思った。

「よし、じゃあ、お前らにバイトについて説明する」

 譲二は、真尋が手にしているプロポを見て、少しばかり嫌な予感がしていた。

 ステノはそのままで、真尋の出てきた扉の内側へ行くと、モニターとキーボード、そしてインカムがあった。

 モニターに映されている映像は、扉を隔てた展示室のようだ。

「これって……もしかして」

 いち早くからくりに気づいた圭吾が真尋に言おうとする。

「そう、ここが、ステノの頭脳ってわけだ」

「詐欺だーーーーーーーー!!!! 俺の感動を返してくださいよ、真尋さんッ!」

 大げさに驚く圭吾の様子に、登弥も譲二もステノのからくりに気づいたようだ。

「これ、中学生の文化祭じゃないんですから……」

 登弥が少しあきれた様子で言う。譲二は、とはいっても同室の先輩の真尋のする事なので、すぐに意見を言うような事はせずに苦笑しながら黙っていた。

「待て、俺から説明させてくれ」

 扉を閉めて、声が外に漏れないようにした上で、瀬尾が言った。

「三日だけ……なんだ、三日あったらステノは仕上がる、その間だけ代役をして欲しいんだよ」

 祈るように手をあわせた瀬尾の言いぶりは必死で、三人はたじろぐ。

「……悪い、俺開発に戻りたいから帰っていい?」

 必死な瀬尾に冷水をかけるがごとき言い様なのは真尋だった。

「真尋ぉー、お前からも頼んでくれよ」

 瀬尾が同期の気安さで真尋をこずくと、真尋はうっとおしい様子で瀬尾をしっしっと追い払うようにする。

「ちょっと待て、俺は俺で手伝ってるわけだし、俺が戻るのが遅れたら三日じゃすまなくなるんだぞ、いいのか?」

 真尋は冷たく言い放った。

「え、真尋さんはそっち側じゃないんですか?」

 譲二が聞くと、真尋は今度は瀬尾の首を掴んで締めるようにしてブンブンとゆすり、瀬尾は顔を青くして唇の端から泡を吹きそうな勢いに、あわてて譲二と登弥が真尋を止めた。

「ま! 真尋さんッ!?」

 譲二の声は裏返り、真尋を羽交い締めにする。登弥は呼吸を荒げた瀬尾の体を支えた。

「悪いのは瀬尾だ、瀬尾とうちの学科の研究室の共同プロジェクトの進捗管理が甘かったんだ、もうあきらめろ、瀬尾、上司に言って進退を委ねろ」

「違うッ、元々は俺の担当じゃなかったんだ!」

 そこからは、半分瀬尾の愚痴も入った説明になった。

 話を聞いていると、諸悪の根源は瀬尾の直属の上司にあるようにも思えた。

 そもそも、今回の企画展への出展はエキシビジョンのようなものだったという。協賛企業数社ある中で、瀬尾の所属しているナショナルネイキッドデータは社員数10万人の巨大システムイングレータだ。(規模が大きすぎて何をしているところなのか、譲二達には即答は難しい)
 企業の規模感からいって、比較的中小企業が多い印象のこの企画展の出展企業の中で少しばかり浮き上がってはいた。

 圭吾にそんな風に耳打ちされても、のほほんとした一年生の事、意識の高い同級生の中には進路として想定している者もいるかもしれないが、少なくとも譲二達に関して言えばピンときていない。

 そんな大企業へ就職した瀬尾の上司が、瀬尾の卒業した研究室と協力しておしゃべりロボットを作ることになったものの、実際に開発を請け負った学生がソースコードを持って蓄電してしまったらしい。

 そうとなったら事件であるわけだから、社の方に報告して参加そのものをとりやめればよかったのだけれど……。

「逃げた学生は、女の子だったんだよ……」

 瀬尾の上司と女子学生は付き合い始めていたらしく、事件の大元は二人の仲違いによるものなのだという。

「じゃあそれ瀬尾さんのせいじゃ……」

 心から瀬尾に同情したように圭吾がつぶやいたが、瀬尾は苦笑するだけだった。

「で、上司は事の顛末を会社に報告するのを嫌がって、どうにかして開催だけはするようにと」

「で、今俺と瀬尾は彼女の残したわずかな断片を元に復元&復旧作業を行っているという状況だ」

 ちなみに瀬尾の上司は女子学生を探しまくっているらしい。痴話喧嘩に振り回される形になってしまった瀬尾を哀れにも感じたのだろう。

 ため息まじりに真尋が言うと、瀬尾はがっくりと肩を落とした。

「俺は、まあおもしろそうだから付き合ってやってる感じかな、正直間に合おうと間に合わなかろうと研究室の資源使い放題で没頭できるのは楽しいし、こいつはこいつで責任はとるって言ってるし」

 真尋はあっさりと外道な事を言っている。少なくとも譲二は、もうすでにこのバイトをやる事に決めていた。

 理由はひとつ『おもしろそう』だからだ。

「瀬尾さんは、それでいいんですか」

 登弥が念を押すと、瀬尾はうなずいた。

「俺はバイト代をいただければそれでいいですけど、バイト代ってどこから出るんですか?」

 圭吾が尋ねると、言いにくそうな瀬尾の替りに真尋が答えた。

「上司と教授で折半するってさ」

 確かに、会社にそれを請求するのはお門違いではあるのだろう。

 譲二達はまだ大学生で、コンプライアンスとしての良し悪しについての判断はできかねた。しかし、あまり良いことで無いことだけは確かだ、と肌で感じてはいた。

 けれど、好奇心がそれにまさった。

 三人は顔を見合わせて、OBの企みに協力する事に決めた。
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