婚活魔王は癒やされたい。

獅東 諒

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婚活魔王は癒やされたい。

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 降魔歴2020年。
 ……魔界は統一された。

 その日、祝賀行事を終えた魔王は居室で一人寛いでいた。
 彼の姿は人族のようにも見える。だが頭には山羊のようなねじれた角があり、縦長の瞳孔を持つ目は、琥珀色に輝いている。

「よもや、我が魔王になろうとはな」

 窓から覗く紫の空に、ときおり雷が光り、雷鳴が響く。

「魔王さま、よろしいですかな」

 ドアの向こうから、聞き慣れた声が掛かった。

「爺か、入れ」

 入室してきたのは、冑を脇に抱えた首無しの騎士だ。

「なにか報告か?」

「魔王さま、魔界の統一はなされました。約束どおり、今度こそ、今度こそ妃を! 妃を娶っていただきますぞ!」

 騎士の切実な叫びは、抱えた冑から響く。跳ね上げられた面の下には皺深い顔が見えた。

「興奮するでない。また頭を落としてもしらぬぞ」

「お世継ぎ問題に比べたら、頭などどうでもよろしい! それよりもこちらをご覧くだされ」

 ずかずかと近付いてきた爺は、本来頭のある甲の首元から数枚の紙を取り出した。
 それを見た魔王にゲンナリとした表情が浮かぶ。

「……これは?」

「見てのとおり肖像画です。どれも有力魔族のご息女。近日中にお見合いの席を設けますのでそのおつもりで」

 手渡された肖像画をパラパラと見た魔王は、それまで纏っていた威厳を振り捨てて、ガタガタと震えだした。

「ミノタウロスにアラクネー、それにラミアって、爺、おまえ俺の過去知ってるよね!? ね!」

 先ほどまでと口調まで変わっている。
 前魔王は多情で知られ多くの子がいた。
 その母親たちは自身の子を次期魔王とするために、権謀術作や実力行使でほかの子供たちの命を狙ったのだ。その中でも、特に彼はパーン族という最弱に分類される魔族の子で、我が子を次期魔王にと暗躍する継母たちの格好の標的だったのだ。

「俺が、継母たちの謀殺から生き延びるのにどれだけ苦労したか忘れたわけじゃないよね! 継母ママははミノタウロスには角で追い立てられ、継母アラクネーには蜘蛛の巣に巻き取られて毒を打ち込まれそれそうになるわ、それに……いまだに継母ラミアの腹の中に飲み込まれたときの、あの蠕動運動で腹の奥に引き込まれる感覚……」

 魔王の周りにある調度品まで、彼の震えと同調するようにガタガタと振動をはじめた。

「いやー、あのときは助け出すのに苦労しましたぞ。弱肉強食が魔界の掟とはいえ兄上さまたちは悲しい結果でした。腹を割いたあと、生きて出てきたのは魔王さまだけでしたからな」

 爺が言うのは、同じ母親から生まれた魔王の兄弟のことだ。元々六人いた彼の兄弟は度重なる継母たちの行動によって一人、二人と減っていった。前魔王が没したときに生き残っていたのは、今の魔王だけだったのだ。

「本当……よく生き残りましたな魔王さま」

 そんな事もあり、魔王は重度の閉所恐怖症と蛇恐怖症を患っているのだ。ぶっちゃけていえば、女性恐怖症も抱えているだろう。彼の婚活が進まない一因だ。爺もそこは理解している。
 だが魔王後継者には、魔王没後にその強大な力が均等に宿るのだ。
 後継者が一人ならばすべての力が譲渡されるが、後継者が多ければ力が分散する。そしてその力は、後継者間の闘争で奪い取る事ができるのである。
 そのため今回の魔界統一戦争は数百年の長きにわたってしまったのであった。

「いま魔王さまにもしもの事があれば、魔界は今回の戦争以上に凄惨な状態になりましょう。だからこそ一刻も早く妃を娶り、お子をなしていただきませぬと」

 爺の言葉は切実だ。
 後継者のいない魔王が没したらどうなるのか? それは、すべての魔族に魔王の力が分散するのだ。そうなれば魔界は、すべての者が覇を目指す、黎明期の混沌とした魔界へと戻ってしまう。それだけはあってはならなかった。

「判っている……。だけどさ、家庭には癒やしが必要だと思わない、ねえ?」

 今でも継母ラミアを思い出すと、それだけでダラダラと冷や汗が流れ出るのだ。

(だが、あのときがあったからいまの俺があるのか)

 それは前魔王が勇者に斃される前のことだった。
 魔王は継母たちから逃れ、よく魔王宮の捕虜塔に隠れていた。当時そこには『姫』と呼ばれる人族が囚われていたのだ。
 魔王はその姫と短い間ではあったが、心を通わせる機会があった。地上でも弱者である人が、亜人たちを退け地上を支配しているという。その疑問を魔王は『姫』にぶつけた。その問いに、彼女は人は弱いからこそ寄り添い力を合わせて、困難を乗り越えて行くのだと答えた。
 まだ幼かった魔王には、そのときの女の毅然とした姿が、不思議と眩しく記憶されていた。
 魔王が魔界を統一できたのは、弱者を纏め上げ、彼ら能力に合わせて強者と戦ったからだった。
 フッと、魔王の顔に何かを思いついたような表情が浮んだ。

(そうだ! 魔族がだめなら人族がいいじゃない!)

 人界にはあの姫のような者がいるかもしれん。あれならば怖くないだろう。それに爺は本気だ。ほおっておいたら魔族娘たちがやって来る。

「爺! 俺は心を決めた……人族の姫を妃に迎えるぞ!」

「魔王さま――何をバカな!」

 魔王はかがんで、目を剥いた爺と視線を合わせた。

「爺……、俺がトラウマを克服するのと、人界を攻めて姫を捕らえるのと、どちらが現実的だと思う……」

「…………たしかに。魔王さまの血を引いてさえおれば、半魔であれお力は受け継げますので、お世継問題は解決しますが……他の者たちがなんと言うか」

 魔王はガバッと立ち上がると窓の方に振り返った。それにあわせるようにビカリと雷が光る。

「とりあえず誤魔化す!」


 翌日、魔王は配下の魔族たちをあつめ宣言した。

「魔界統一はなった! だがまだだ! 我は地上を、歴代魔王がついぞ叶わなかった、魔族の悲願――人界を手にいれる!」

 その言葉に、ザワザワと動揺が広がる。彼らは魔王妃の発表を想像していたからだ。
 しかし魔王の宣言……肥沃な人界を手にいれること、それは不毛な魔界に住まう魔族の悲願でもあった。
 一人二人と歓声があがり、それは波打つように広がる。
 最後にはたぎったような咆哮となった。

(よかった。……こいつら単純で)
 
 爺の呆れた視線を無視して、魔王は一時の安堵に息をついた。

 しかし、婚活魔王はまだ知らない……。
 姫にはもれなく、『姫との結婚』を条件に魔王討伐を請け負う、婚活勇者が付いてくるということを。
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