236 / 332
234話 「裁縫教室、再び」
しおりを挟む
皆出かけてしまい、しんと静まり返った宿の中。一人窓際に立ち晴れ渡った空を見上げるバクスの姿があった。
「こんなにも空は青いのにな……」
そう呟くバクスの顔は晴れ渡る空と相反するように暗い。
(なぜ俺の心はこんなにも曇っているのだろうか……)
答えは分かっている、これから起こる事を思うと気がどうしても重くなるのだ。
普段世話になっている人のためであり、バクス自身も服のモデルになる自体が嫌ではない。ただ見知らぬ大勢の前で言うのがどうにも苦手であった。
「…………何時からそこに居た」
ちらりと横に視線を走らすバクス。
憂いを帯びたバクスの横顔を物陰から伺う者がいたのだ。
その者の正体はうーちゃんである。見てはいけない物を見てしまったようなを表情を浮かべるうーちゃんであったが、気付かれたと分かりそっと視線を逸らす。
「ほう憐れんでくれるのか? そうかそうか、良いことを教えてやろう。今日はお前さんの服も用意してるそうだぞ?」
う゛!?
「そうかそうか、嬉しいか。……もう一つ良いことを教えてやろう、皆がいない間食事を用意するのは彼女だ。絶対逃がさんぞ」
食事を人質に取られてはどうする事も出来ない。うーちゃんは観念したように項垂れるのであった。
「それじゃ行きましょうかバクスさん。皆さん待ってますよ」
にっこにこ顔でそう言うと荷物を持って先頭を行く咲耶。
その後ろをバクスとうーちゃんの二人がのたのたと続く。
「着いちまった……」
何時もであれば遠いなと思う距離も今日に限っては非常に短く感じる。
ギルドの一室へと案内されたバクスであるが、そこには既に先客がおりその内何名かがバクスの方へとじっと視線を向ける。
「あ……どうも」
「あ、いや……どうも」
「えぇと……」
初対面でどこかぎこちなく挨拶を交わす男達。
「……もしかして今日のモデルさんですか? 実は私も何ですよ……妻から頼まれましてね、ははは」
「あんたらもか……」
やはりと言うかその者らも今日のモデル役であったようだ。
以前やったさいにバクスの負担が多すぎた為、分散させるようにと何名かの応援が来る手筈となっていたのだ。
いずれも初対面の者同士ではあるが、共通して皆死んだ魚の様な目をしていたりする。
そして咲耶の開く裁縫教室、その参加者が全てそろうとバクス達にも声が掛けられた。
「春ものと言うことなので明るめの服を――」
あるおっさんはいかにも若者が着そうな明るく派手目の服を着せられ。
「寒い時期もあるでしょうし、長袖も用意してます。暖かな日は袖を――」
ある者は長袖の服を着せられ横から伸ばされた手によってぐいぐいと袖をめくられ。
「お子さんにはこう行った動き安い服が良いでしょうね、外では遊んで転ぶことも多いでしょうし、下はなるべく丈夫な生地に――」
ある兎はお子様向けの可愛らしい洋服を着せられる。
そんな永遠に続くかに思われた咲耶にとっては至福の時も終わりの時が来る。
「終わった……長かった」
う゛ぁー
「なに、その鳴き声は……」
ぐったりと椅子に座り込むバクスとうーちゃんの二人。
二人とも肉体的な疲れなど無いが精神的に相当疲れているようだ。
「帰るか……帰って飯にしよう」
既に参加者の大半は帰っている。
このまま休んでいたい気持ちもあるがずっとそうしているわけにも行かない、バクスはよっこいせと力無く立ち上がると部屋を後にするのであった。
「夕飯を用意しますので、二人は休んでてくださいな」
宿に着くと既に夕方であった。
咲耶は二人を休ませると自分は厨房へ向かい夕食の準備を始める。
「ふぅ…………」
椅子にどさりと座り込み軽く息を吐くバクス。宿に着いた安心からかやがて静かに寝息を立て始める。
「――さん、ご飯出来ましたよ」
「む……いかん寝ていたか」
気がつけばすっかり熟睡していたバクスであったが、自分を呼ぶ声とあたりに漂う料理の匂いに目を覚ます。
テーブルには湯気を立てた料理がずらりと並んでいる。
時間も時間であり、空腹だった腹がその事を思い出したように音を立てた。
既にテーブルにはうーちゃんが待機しており今にも食い始めそうな雰囲気である、バクスは咲耶に礼を言うとテーブルへと向かった。
「んむ、美味いな」
料理は普段食べている物に劣らず美味しいものであった。
「ありがとうございます。とは言ってもほとんど命が用意しては置いてくれたものばかりなんですけどね……うーちゃん、その玉子焼きは私だけで」
命が用意してくれたとは言うが実際は咲耶が大半を作っていたりする。実際に美味しそうにぷりっと焼けた玉子焼きは全て咲耶が作ったものだ。
「遅かったね」
「こいつは俺が頂こう」
だがそれはうーちゃんには食べられないものであった。
フォーク片手にショックでぷるぷると震えるうーちゃん。その目の前のお皿からバクスが伸ばしたフォークがひょいと玉子焼きをかっ攫っていく。
「バクスさん今日はありがとうございました」
「なに、何時も世話になってるからな……楽しめたかな?」
「ええ、久しぶりに思いっきり服を触れました」
「そりゃ何よりだ」
精神的に大分疲れたが咲耶が喜んでくれたならと笑みを浮かべるバクス。そしてごろごろとソファーで転がるうーちゃん。
そんな二人に笑顔を向け咲耶は言葉を続ける。
「はい……明日もよろしくお願いしますね」
「……おう」
う゛ぁー
終わったのは初日である。
皆が戻るまではあと二日、バクスの目尻に浮かんだ水滴はきっと喜びの為だろう。
「こんなにも空は青いのにな……」
そう呟くバクスの顔は晴れ渡る空と相反するように暗い。
(なぜ俺の心はこんなにも曇っているのだろうか……)
答えは分かっている、これから起こる事を思うと気がどうしても重くなるのだ。
普段世話になっている人のためであり、バクス自身も服のモデルになる自体が嫌ではない。ただ見知らぬ大勢の前で言うのがどうにも苦手であった。
「…………何時からそこに居た」
ちらりと横に視線を走らすバクス。
憂いを帯びたバクスの横顔を物陰から伺う者がいたのだ。
その者の正体はうーちゃんである。見てはいけない物を見てしまったようなを表情を浮かべるうーちゃんであったが、気付かれたと分かりそっと視線を逸らす。
「ほう憐れんでくれるのか? そうかそうか、良いことを教えてやろう。今日はお前さんの服も用意してるそうだぞ?」
う゛!?
「そうかそうか、嬉しいか。……もう一つ良いことを教えてやろう、皆がいない間食事を用意するのは彼女だ。絶対逃がさんぞ」
食事を人質に取られてはどうする事も出来ない。うーちゃんは観念したように項垂れるのであった。
「それじゃ行きましょうかバクスさん。皆さん待ってますよ」
にっこにこ顔でそう言うと荷物を持って先頭を行く咲耶。
その後ろをバクスとうーちゃんの二人がのたのたと続く。
「着いちまった……」
何時もであれば遠いなと思う距離も今日に限っては非常に短く感じる。
ギルドの一室へと案内されたバクスであるが、そこには既に先客がおりその内何名かがバクスの方へとじっと視線を向ける。
「あ……どうも」
「あ、いや……どうも」
「えぇと……」
初対面でどこかぎこちなく挨拶を交わす男達。
「……もしかして今日のモデルさんですか? 実は私も何ですよ……妻から頼まれましてね、ははは」
「あんたらもか……」
やはりと言うかその者らも今日のモデル役であったようだ。
以前やったさいにバクスの負担が多すぎた為、分散させるようにと何名かの応援が来る手筈となっていたのだ。
いずれも初対面の者同士ではあるが、共通して皆死んだ魚の様な目をしていたりする。
そして咲耶の開く裁縫教室、その参加者が全てそろうとバクス達にも声が掛けられた。
「春ものと言うことなので明るめの服を――」
あるおっさんはいかにも若者が着そうな明るく派手目の服を着せられ。
「寒い時期もあるでしょうし、長袖も用意してます。暖かな日は袖を――」
ある者は長袖の服を着せられ横から伸ばされた手によってぐいぐいと袖をめくられ。
「お子さんにはこう行った動き安い服が良いでしょうね、外では遊んで転ぶことも多いでしょうし、下はなるべく丈夫な生地に――」
ある兎はお子様向けの可愛らしい洋服を着せられる。
そんな永遠に続くかに思われた咲耶にとっては至福の時も終わりの時が来る。
「終わった……長かった」
う゛ぁー
「なに、その鳴き声は……」
ぐったりと椅子に座り込むバクスとうーちゃんの二人。
二人とも肉体的な疲れなど無いが精神的に相当疲れているようだ。
「帰るか……帰って飯にしよう」
既に参加者の大半は帰っている。
このまま休んでいたい気持ちもあるがずっとそうしているわけにも行かない、バクスはよっこいせと力無く立ち上がると部屋を後にするのであった。
「夕飯を用意しますので、二人は休んでてくださいな」
宿に着くと既に夕方であった。
咲耶は二人を休ませると自分は厨房へ向かい夕食の準備を始める。
「ふぅ…………」
椅子にどさりと座り込み軽く息を吐くバクス。宿に着いた安心からかやがて静かに寝息を立て始める。
「――さん、ご飯出来ましたよ」
「む……いかん寝ていたか」
気がつけばすっかり熟睡していたバクスであったが、自分を呼ぶ声とあたりに漂う料理の匂いに目を覚ます。
テーブルには湯気を立てた料理がずらりと並んでいる。
時間も時間であり、空腹だった腹がその事を思い出したように音を立てた。
既にテーブルにはうーちゃんが待機しており今にも食い始めそうな雰囲気である、バクスは咲耶に礼を言うとテーブルへと向かった。
「んむ、美味いな」
料理は普段食べている物に劣らず美味しいものであった。
「ありがとうございます。とは言ってもほとんど命が用意しては置いてくれたものばかりなんですけどね……うーちゃん、その玉子焼きは私だけで」
命が用意してくれたとは言うが実際は咲耶が大半を作っていたりする。実際に美味しそうにぷりっと焼けた玉子焼きは全て咲耶が作ったものだ。
「遅かったね」
「こいつは俺が頂こう」
だがそれはうーちゃんには食べられないものであった。
フォーク片手にショックでぷるぷると震えるうーちゃん。その目の前のお皿からバクスが伸ばしたフォークがひょいと玉子焼きをかっ攫っていく。
「バクスさん今日はありがとうございました」
「なに、何時も世話になってるからな……楽しめたかな?」
「ええ、久しぶりに思いっきり服を触れました」
「そりゃ何よりだ」
精神的に大分疲れたが咲耶が喜んでくれたならと笑みを浮かべるバクス。そしてごろごろとソファーで転がるうーちゃん。
そんな二人に笑顔を向け咲耶は言葉を続ける。
「はい……明日もよろしくお願いしますね」
「……おう」
う゛ぁー
終わったのは初日である。
皆が戻るまではあと二日、バクスの目尻に浮かんだ水滴はきっと喜びの為だろう。
0
あなたにおすすめの小説
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
【完結】辺境の魔法使い この世界に翻弄される
秋.水
ファンタジー
記憶を無くした主人公は魔法使い。しかし目立つ事や面倒な事が嫌い。それでも次々増える家族を守るため、必死にトラブルを回避して、目立たないようにあの手この手を使っているうちに、自分がかなりヤバい立場に立たされている事を知ってしまう。しかも異種族ハーレムの主人公なのにDTでEDだったりして大変な生活が続いていく。最後には世界が・・・・。まったり系異種族ハーレムもの?です。
湖畔の賢者
そらまめ
ファンタジー
秋山透はソロキャンプに向かう途中で突然目の前に現れた次元の裂け目に呑まれ、歪んでゆく視界、そして自分の体までもが波打つように歪み、彼は自然と目を閉じた。目蓋に明るさを感じ、ゆっくりと目を開けると大樹の横で車はエンジンを止めて停まっていた。
ゆっくりと彼は車から降りて側にある大樹に触れた。そのまま上着のポケット中からスマホ取り出し確認すると圏外表示。縋るようにマップアプリで場所を確認するも……位置情報取得出来ずに不明と。
彼は大きく落胆し、大樹にもたれ掛かるように背を預け、そのまま力なく崩れ落ちた。
「あははは、まいったな。どこなんだ、ここは」
そう力なく呟き苦笑いしながら、不安から両手で顔を覆った。
楽しみにしていたキャンプから一転し、ほぼ絶望に近い状況に見舞われた。
目にしたことも聞いたこともない。空間の裂け目に呑まれ、知らない場所へ。
そんな突然の不幸に見舞われた秋山透の物語。
凡夫転生〜異世界行ったらあまりにも普通すぎた件〜
小林一咲
ファンタジー
「普通がいちばん」と教え込まれてきた佐藤啓二は、日本の平均寿命である81歳で平凡な一生を終えた。
死因は癌だった。
癌による全死亡者を占める割合は24.6パーセントと第一位である。
そんな彼にも唯一「普通では無いこと」が起きた。
死後の世界へ導かれ、女神の御前にやってくると突然異世界への転生を言い渡される。
それも生前の魂、記憶や未来の可能性すらも次の世界へと引き継ぐと言うのだ。
啓二は前世でもそれなりにアニメや漫画を嗜んでいたが、こんな展開には覚えがない。
挙げ句の果てには「質問は一切受け付けない」と言われる始末で、あれよあれよという間に異世界へと転生を果たしたのだった。
インヒター王国の外、漁業が盛んな街オームで平凡な家庭に産まれ落ちた啓二は『バルト・クラスト』という新しい名を受けた。
そうして、しばらく経った頃に自身の平凡すぎるステータスとおかしなスキルがある事に気がつく――。
これはある平凡すぎる男が異世界へ転生し、その普通で非凡な力で人生を謳歌する物語である。
備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる