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序章
満月の姉妹
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古くからの風習により、王族は齢十二で託宣が下る。そして、満月の巫女の素質があると認められた者は月の加護を受ける。
代々、月の大精霊と契約できるのは女王のみ。女王の身に何かあった場合、候補者の中から次の巫女が選ばれる決まりだ。
月の加護を得る際、半月のしるしを額に受ける。それは仮契約を意味し、契約の儀では満月のしるしを授かり、それが契約の証となる。
「我は満月の巫女の末裔なり。夜の国に光を灯すため、我に月の力を貸し与え給え」
「……月の一族に連なる者よ、盟約に従って託宣を授ける。そなたは精霊を従える素質は満たしているが、災いとなる兆しあり。ゆえに――」
月の大精霊は緩やかに首を横に振り、霧散した。
儀式は、失敗に終わった。
*
湖面に浮かぶ月が、ゆらゆらと波打つ。
ディアナは近づいてくる足音に体を震わせ、頬を流れる雫をぬぐった。
「こんなところにいたの。探したわ」
「……女王陛下」
「まあ、二人きりのときまで他人行儀だなんて悲しいわね」
大げさに嘆く女王に、ディアナは眉尻を下げた。
「ごめんなさい。お姉様」
「ふふ。素直な妹で嬉しいわ。わたくしは女王である前に、あなたの一番の味方でいたいのよ。収穫祭には参加しないの?」
姉は優しく問いかける。いつもは嬉しい気遣いが、今は心苦しかった。
「だって……私は『新月の巫女』だから。一緒にいると、お姉様まで悪く言われるもの」
「ディアナは気にしなくていいのよ。わたくしは何を言われたって平気。それよりも、あなたがひとりきりで泣いている方が気がかりよ」
「でも。お姉様は満月の王国の女王様で、私は女王の妹なのに役立たずで」
続く言葉は、唇に押し当てられた人差し指で飲みこまれる。
「周りの評価なんて、鵜呑みにしちゃだめ。皆はこれまでの常識にとらわれているのよ。精霊が使役できなくたって、日常生活に何の支障があるというの?」
「け、けど。暗闇を照らすのが私たち一族の務めなのに、私はできないから」
精霊は火をおこしたり、風をもたらしたり、暮らしを助けてくれる身近な存在だ。
中でも『満月の巫女』が契約できる月の大精霊は、この国ではなくてはならない精霊として重要な役割を担っている。
「わたくしがあなたの分まで役目を全うするわ。だから、わたくしの心はディアナがそばで支えてね」
ディアナは反射的に顔を上げる。その幼い頬を両手で包みこみ、姉は額を合わせた。
「精霊の力を借りなくたって、人は生きていけるはずよ。自分の手を使えば、大抵のことはできるのだもの。ひとりが難しいなら、皆で力を合わせてやればいいの。だからこれ以上、自分を責める必要はないからね」
目頭が熱くなり、再び涙がさらりと流れ落ちた。
「姉様がきっと、あなたが苦しまない世界にしてみせるから」
湖から運ばれてきた湿った夜風が、姉妹の白銀色の髪を揺らす。
(いつも助けてもらってきたけれど……)
今までのことを振り返り、このままじゃいけないと思う。誰かの背中に守られる生き方から卒業しなければ、いつまでも子供のままだ。
「……ううん。私も自分にできることをする。お姉様が困ったときには、助けになるように」
「まあ。それは頼もしいわ」
姉は愛おしげに目元を細め、妹の頭を撫でた。くすぐったい思いに駆られながら、ディアナは声を弾ませる。
「精霊だって、使いこなせるように練習するから! 絶対克服してみせるもの!」
「ええ、そうね。諦めたらそこでおしまいだものね」
「勉強もいっぱい頑張るわ。それで女王の優秀な補佐になるの」
「あらあら、勉強嫌いのあなたが?」
意地悪く言われ、ディアナは頬を膨らませた。
「やるって言ったらやるもん。いつか、お姉様を驚かせるくらいに優秀な成績を修めて、侍女長からも一目置かれる存在になってやるわ」
「だったら、未来の優秀な補佐官に小言を言われないよう、立派な女王にならなきゃね」
「ふたりの約束ね」
姉妹は小指を絡め、遠くない将来に夢を重ねた。
大陸の中央に位置する満月の王国。
ひとたび国境を越えれば、そこはもう夜の牢獄。幽明を隔てられた場所だ。
数百年前、王国の空は黒一色に包まれた。太陽と月が隠れ、絶望した民に光を与えたのはひとりの少女。彼女は月の大精霊を従えて、闇夜に満月を添えた。
少女は女王に即位し、代々その血は民を救う存在として崇められていた。
代々、月の大精霊と契約できるのは女王のみ。女王の身に何かあった場合、候補者の中から次の巫女が選ばれる決まりだ。
月の加護を得る際、半月のしるしを額に受ける。それは仮契約を意味し、契約の儀では満月のしるしを授かり、それが契約の証となる。
「我は満月の巫女の末裔なり。夜の国に光を灯すため、我に月の力を貸し与え給え」
「……月の一族に連なる者よ、盟約に従って託宣を授ける。そなたは精霊を従える素質は満たしているが、災いとなる兆しあり。ゆえに――」
月の大精霊は緩やかに首を横に振り、霧散した。
儀式は、失敗に終わった。
*
湖面に浮かぶ月が、ゆらゆらと波打つ。
ディアナは近づいてくる足音に体を震わせ、頬を流れる雫をぬぐった。
「こんなところにいたの。探したわ」
「……女王陛下」
「まあ、二人きりのときまで他人行儀だなんて悲しいわね」
大げさに嘆く女王に、ディアナは眉尻を下げた。
「ごめんなさい。お姉様」
「ふふ。素直な妹で嬉しいわ。わたくしは女王である前に、あなたの一番の味方でいたいのよ。収穫祭には参加しないの?」
姉は優しく問いかける。いつもは嬉しい気遣いが、今は心苦しかった。
「だって……私は『新月の巫女』だから。一緒にいると、お姉様まで悪く言われるもの」
「ディアナは気にしなくていいのよ。わたくしは何を言われたって平気。それよりも、あなたがひとりきりで泣いている方が気がかりよ」
「でも。お姉様は満月の王国の女王様で、私は女王の妹なのに役立たずで」
続く言葉は、唇に押し当てられた人差し指で飲みこまれる。
「周りの評価なんて、鵜呑みにしちゃだめ。皆はこれまでの常識にとらわれているのよ。精霊が使役できなくたって、日常生活に何の支障があるというの?」
「け、けど。暗闇を照らすのが私たち一族の務めなのに、私はできないから」
精霊は火をおこしたり、風をもたらしたり、暮らしを助けてくれる身近な存在だ。
中でも『満月の巫女』が契約できる月の大精霊は、この国ではなくてはならない精霊として重要な役割を担っている。
「わたくしがあなたの分まで役目を全うするわ。だから、わたくしの心はディアナがそばで支えてね」
ディアナは反射的に顔を上げる。その幼い頬を両手で包みこみ、姉は額を合わせた。
「精霊の力を借りなくたって、人は生きていけるはずよ。自分の手を使えば、大抵のことはできるのだもの。ひとりが難しいなら、皆で力を合わせてやればいいの。だからこれ以上、自分を責める必要はないからね」
目頭が熱くなり、再び涙がさらりと流れ落ちた。
「姉様がきっと、あなたが苦しまない世界にしてみせるから」
湖から運ばれてきた湿った夜風が、姉妹の白銀色の髪を揺らす。
(いつも助けてもらってきたけれど……)
今までのことを振り返り、このままじゃいけないと思う。誰かの背中に守られる生き方から卒業しなければ、いつまでも子供のままだ。
「……ううん。私も自分にできることをする。お姉様が困ったときには、助けになるように」
「まあ。それは頼もしいわ」
姉は愛おしげに目元を細め、妹の頭を撫でた。くすぐったい思いに駆られながら、ディアナは声を弾ませる。
「精霊だって、使いこなせるように練習するから! 絶対克服してみせるもの!」
「ええ、そうね。諦めたらそこでおしまいだものね」
「勉強もいっぱい頑張るわ。それで女王の優秀な補佐になるの」
「あらあら、勉強嫌いのあなたが?」
意地悪く言われ、ディアナは頬を膨らませた。
「やるって言ったらやるもん。いつか、お姉様を驚かせるくらいに優秀な成績を修めて、侍女長からも一目置かれる存在になってやるわ」
「だったら、未来の優秀な補佐官に小言を言われないよう、立派な女王にならなきゃね」
「ふたりの約束ね」
姉妹は小指を絡め、遠くない将来に夢を重ねた。
大陸の中央に位置する満月の王国。
ひとたび国境を越えれば、そこはもう夜の牢獄。幽明を隔てられた場所だ。
数百年前、王国の空は黒一色に包まれた。太陽と月が隠れ、絶望した民に光を与えたのはひとりの少女。彼女は月の大精霊を従えて、闇夜に満月を添えた。
少女は女王に即位し、代々その血は民を救う存在として崇められていた。
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