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第二章 敵国の人間
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(一時はどうなることかと思ったけど、うん。私はやっていける)
自信をわずかに取り戻し、再度お礼を述べながら宿を後にする。鞄の取っ手をしっかりと握り、先ほどの青年を探す。
(見つかったって言わないと……でも、どこかしら?)
きょろきょろと左右を見渡しながら歩いていくと、後ろから声がかかる。
「おい」
「あ、さっきの……」
名前を聞きそびれたせいで、言葉が不自然に途切れてしまう。だが、それには構わず、青年は右手の先にある荷物に視線を合わす。
「見つかったのか」
「親切な人が拾ってくれていたみたいで。財布の中身はなくなっちゃったけど、他の荷物は無事だったから、首の皮一枚がつながりました」
今度から大事なものは肌身離さず持っていようと思う。
青年はふうと一息つき、腕を組んだ。
「……お前の言っていた男は、逃げ足が速いらしい。一応、近隣の店に似た特徴のある男が現れたら通報してもらうようにお願いしておいた」
「ありがとうございます。あの、今所持金がなくて……お礼ができなくて、ごめんなさい」
「いや、お礼は気にするな。困ったときはお互い様だろ」
無駄骨を折らせたのに、彼はなんでもないように言う。
(ぶっきらぼうだけど、たぶんいい人……なんだよね)
なにせ、損得も関係なく、初対面のディアナに手を貸してくれるのだから。
お礼ができないのが心苦しい。そう思っていると、青年は首の後ろに手を回し、言いにくそうに口を開く。
「それはそうと、お前は満月の王家に連なる者。そうだよな?」
「……ど、どうしてそれを」
「この国では、白銀色の髪は珍しい。加えて、その紫の瞳。それは月の一族が代々受け継ぐ色だと聞いている」
言い当てられ、口を噤む。
月の一族とは王家を指す俗称だ。女王はめったに表舞台に出ないため、その特徴を知る者は少ないと思っていたが、実は有名だったのだろうか。
どちらにせよ、すでに素性が知られているなら、今さら隠しても無意味だろう。
覚悟を決めたディアナは開き直り、口を開いた。
「そうよ、私は敵国の者に違いないわ。憲兵に引き渡されても文句は言えない」
「……そんなことはしないさ。それに、隣国は平和条約を締結した友好国だ。敵国だったのは昔の話だろ?」
「でも」
「言いたいことはわかる。だが、俺は昔の因縁に興味はない。満月の王家だろうと、皆が好戦的なわけじゃないだろ。人を先入観だけで判断するのは、浅はかな者がやることだ」
まるで自分の心をのぞき込んだような言葉に、ディアナは目を瞠った。
「驚いたわ。太陽の皇国にも、あなたみたいな人がいるのね」
「お互い様だろ」
「そうね。……自己紹介がまだだったわね。私はディアナよ。差し支えなければ、あなたの名前を聞いてもいい?」
深い意味はない問いだったが、気まずげに視線をそらされる。
あわてて質問を取り下げようと口を開いたところで、つぶやくような声が返ってきた。
「……ロイだ」
ロイ――ロイ。
彼の名前を心の中で復唱し、胸に刻み込む。
「いい名前ね。あなたのおかげで、心細い思いをせずに済んだわ。無事に鞄も取り戻せたし。ありがとう、ロイ」
「……礼には及ばない。次からは用心することだ」
「そうする」
顔を引き締めて頷くと、ロイの口元がわずかにほころんだ。
「ところで、宿はどうするんだ?」
「それはご心配なく。転入生なの、私。今日から学園の寮にお世話になる予定だから」
「なるほど」
ロイは暮れなずむ空を見つめ、振り返る。
「もうすぐ閉門の時間だ。早く行った方がいい」
「あ、そうなの。親切にありがとう。じゃあ、行くわね」
離れがたい気持ちに蓋をして背中を向け、歩き出す。しかし、数歩歩いたところで焦ったような声が飛んできた。
「おい! どこへ行くつもりだ。学園は逆だぞ!」
「……え、そうなの?」
立ち止まり、旅行鞄から地図を取り出す。港の場所から学園までのルートを指でなぞり、首をひねる。
(えっと……北はどっちかしら?)
生まれてこの方、旅行は初めてだ。地図を見ながら、今いる場所はどこだろうと左右を見渡す。だが近くに方角を示すものはなく、学園の位置関係を示す看板も見当たらない。
両手に広げた地図を目に近づけたり離したりするが、現在地を示す矢印が浮かび上がるはずもない。
「それはわざとやっているのか」
いつの間にかロイが横におり、腕を組んでいる。
「ご、ごめんなさい。方向音痴なんです」
「……まず、見ている地図の向きが逆さまだ。少しは落ち着け」
「はっ、はい!」
「もういい。俺についてこい」
友人というよりは、教官と生徒のような受け答えをしながら、彼の後を追いかける。申し訳なさがいっぱいだったが、ロイはずんずんと先に進む。
はぐれないように時折、小走りで追いかけること数分。木々のトンネルを超えた先に、二メートルほどの門が現れる。
(思っていたより、ずっと立派だわ……!)
門の奥には、白壁に青い屋根の学び舎が見えた。植えられている木の幹も太くどっしりとして、大きな窓から白いカーテンがひらりと揺れている。
「ここまで来たらもう大丈夫だな」
「あ……はい! ありがとうございました」
勢いよく頭を下げる。ロイは首に手を回しながら、あー、と言葉を濁す。門番の青年がちらりとこっちを見ている。
「学園にはいろんな人間がいるだろうが、まあ、頑張れよ」
「はい!」
元気よく返事をすると、苦笑いが返ってきた。
突風が吹き、開け放されたままの窓からカーテンがばさばさと音を立てて翻った。
自信をわずかに取り戻し、再度お礼を述べながら宿を後にする。鞄の取っ手をしっかりと握り、先ほどの青年を探す。
(見つかったって言わないと……でも、どこかしら?)
きょろきょろと左右を見渡しながら歩いていくと、後ろから声がかかる。
「おい」
「あ、さっきの……」
名前を聞きそびれたせいで、言葉が不自然に途切れてしまう。だが、それには構わず、青年は右手の先にある荷物に視線を合わす。
「見つかったのか」
「親切な人が拾ってくれていたみたいで。財布の中身はなくなっちゃったけど、他の荷物は無事だったから、首の皮一枚がつながりました」
今度から大事なものは肌身離さず持っていようと思う。
青年はふうと一息つき、腕を組んだ。
「……お前の言っていた男は、逃げ足が速いらしい。一応、近隣の店に似た特徴のある男が現れたら通報してもらうようにお願いしておいた」
「ありがとうございます。あの、今所持金がなくて……お礼ができなくて、ごめんなさい」
「いや、お礼は気にするな。困ったときはお互い様だろ」
無駄骨を折らせたのに、彼はなんでもないように言う。
(ぶっきらぼうだけど、たぶんいい人……なんだよね)
なにせ、損得も関係なく、初対面のディアナに手を貸してくれるのだから。
お礼ができないのが心苦しい。そう思っていると、青年は首の後ろに手を回し、言いにくそうに口を開く。
「それはそうと、お前は満月の王家に連なる者。そうだよな?」
「……ど、どうしてそれを」
「この国では、白銀色の髪は珍しい。加えて、その紫の瞳。それは月の一族が代々受け継ぐ色だと聞いている」
言い当てられ、口を噤む。
月の一族とは王家を指す俗称だ。女王はめったに表舞台に出ないため、その特徴を知る者は少ないと思っていたが、実は有名だったのだろうか。
どちらにせよ、すでに素性が知られているなら、今さら隠しても無意味だろう。
覚悟を決めたディアナは開き直り、口を開いた。
「そうよ、私は敵国の者に違いないわ。憲兵に引き渡されても文句は言えない」
「……そんなことはしないさ。それに、隣国は平和条約を締結した友好国だ。敵国だったのは昔の話だろ?」
「でも」
「言いたいことはわかる。だが、俺は昔の因縁に興味はない。満月の王家だろうと、皆が好戦的なわけじゃないだろ。人を先入観だけで判断するのは、浅はかな者がやることだ」
まるで自分の心をのぞき込んだような言葉に、ディアナは目を瞠った。
「驚いたわ。太陽の皇国にも、あなたみたいな人がいるのね」
「お互い様だろ」
「そうね。……自己紹介がまだだったわね。私はディアナよ。差し支えなければ、あなたの名前を聞いてもいい?」
深い意味はない問いだったが、気まずげに視線をそらされる。
あわてて質問を取り下げようと口を開いたところで、つぶやくような声が返ってきた。
「……ロイだ」
ロイ――ロイ。
彼の名前を心の中で復唱し、胸に刻み込む。
「いい名前ね。あなたのおかげで、心細い思いをせずに済んだわ。無事に鞄も取り戻せたし。ありがとう、ロイ」
「……礼には及ばない。次からは用心することだ」
「そうする」
顔を引き締めて頷くと、ロイの口元がわずかにほころんだ。
「ところで、宿はどうするんだ?」
「それはご心配なく。転入生なの、私。今日から学園の寮にお世話になる予定だから」
「なるほど」
ロイは暮れなずむ空を見つめ、振り返る。
「もうすぐ閉門の時間だ。早く行った方がいい」
「あ、そうなの。親切にありがとう。じゃあ、行くわね」
離れがたい気持ちに蓋をして背中を向け、歩き出す。しかし、数歩歩いたところで焦ったような声が飛んできた。
「おい! どこへ行くつもりだ。学園は逆だぞ!」
「……え、そうなの?」
立ち止まり、旅行鞄から地図を取り出す。港の場所から学園までのルートを指でなぞり、首をひねる。
(えっと……北はどっちかしら?)
生まれてこの方、旅行は初めてだ。地図を見ながら、今いる場所はどこだろうと左右を見渡す。だが近くに方角を示すものはなく、学園の位置関係を示す看板も見当たらない。
両手に広げた地図を目に近づけたり離したりするが、現在地を示す矢印が浮かび上がるはずもない。
「それはわざとやっているのか」
いつの間にかロイが横におり、腕を組んでいる。
「ご、ごめんなさい。方向音痴なんです」
「……まず、見ている地図の向きが逆さまだ。少しは落ち着け」
「はっ、はい!」
「もういい。俺についてこい」
友人というよりは、教官と生徒のような受け答えをしながら、彼の後を追いかける。申し訳なさがいっぱいだったが、ロイはずんずんと先に進む。
はぐれないように時折、小走りで追いかけること数分。木々のトンネルを超えた先に、二メートルほどの門が現れる。
(思っていたより、ずっと立派だわ……!)
門の奥には、白壁に青い屋根の学び舎が見えた。植えられている木の幹も太くどっしりとして、大きな窓から白いカーテンがひらりと揺れている。
「ここまで来たらもう大丈夫だな」
「あ……はい! ありがとうございました」
勢いよく頭を下げる。ロイは首に手を回しながら、あー、と言葉を濁す。門番の青年がちらりとこっちを見ている。
「学園にはいろんな人間がいるだろうが、まあ、頑張れよ」
「はい!」
元気よく返事をすると、苦笑いが返ってきた。
突風が吹き、開け放されたままの窓からカーテンがばさばさと音を立てて翻った。
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