ループ8回目ですが、わたくしは悪役令嬢であって魔女ではありません!

仲室日月奈

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第四章

30. 白羽の矢が立つとは思いませんでした

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 季節は夏真っ盛り。
 照りつける日差しはきつくなる一方で、時折生暖かい風が回廊を吹き抜ける。
 ただ、公国の夏は湿度が低いせいか、気温が高い日でも帝国よりは過ごしやすい。公国の暑さにも体が慣れてきたようで、夏服で宮殿内を行き来するのも苦ではなくなってきた。

 そんな中、掃除の人数が足りないと駆り出されたのは、すずらんの館だった。

 なんでも他国の使節団が滞在するらしい。隅々まで部屋を掃除し、客人の好みに合わせて調度品も入れ替えるため、女官だけでなく騎士団からも応援が呼ばれていた。
 文官と上級女官の指示を受け、騎士数人がかけ声を合わせて大型の家具を運び出していく。力仕事は騎士団に任せ、セラフィーナは他の下級女官と掃除に励んだ。

(誰が使うかは知らないけれど、ピカピカにしておきましょう)

 青磁の壺の中まで入念に磨き上げる。
 自分の仕事に満足していると、ラウラにぽんと肩を叩かれた。

「お掃除、お疲れ様。思っていたより結構、大がかりみたいね。手は足りてる?」

 セラフィーナは壺をテーブルの上に置いて報告した。

「全員で家具の上にあった埃はすべて払い落とし、カーテンも交換済みです。空気も入れ換えました。今は新しい家具を入れ直しているところですね」
「そう。じゃあ、一応は一区切りついたところなのね」
「わたくしに何かご用でしたか?」

 用事がなければ、わざわざここまで来ないだろう。そう思って尋ねると、ラウラは困惑した表情で言いよどんだ。

「……ああ、ええとね。ローラント伯父様があなたの力を借りたいのですって」
「え?」
「あなたも聞いているでしょう? 今、文官棟でたちの悪い風邪が流行っていること。伯父様の優秀な部下も次々と倒れてしまって、部屋が処理待ちの荷物であふれかえっているそうよ。巻物整理の話を聞いた伯父様が、ぜひあなたにって」

 まさかのローラントからのご指名に、セラフィーナは瞬いた。

「それはまあ、構いませんが……ここの持ち場はどうしましょう?」
「私が代わりに残るわ。あなたは文官棟の手伝いに行ってくれるかしら」
「……かしこまりました。では、この場を頼みます」
「ええ。任せてちょうだい」

 ラウラは艶っぽく微笑み、胸に手を当てて請け負う。仕事熱心な彼女に任せれば問題はないだろう。上級女官や騎士とも顔が広いようだし。

(わたくしで役に立つかはわからないけれど、名指しされたからには頑張らないと……!)

 気合いを入れ直し、文官棟の最上階を目指すべく踵を返した。

   ◇◆◇

 風邪で倒れている文官が多いせいか、いつもは人の出入りが絶えない廊下は静まり返っていた。
 今日ばかりは障害物をよける必要もなく、すんなりと部屋の前までたどり着く。文官棟は常に戦場だと思っていただけに拍子抜けしてしまう。

(……これは、予想以上に深刻な状況かもしれないわね)

 ただのお手伝いだと思っていたが、気を引き締めねばならないだろう。
 セラフィーナは吸い込んだ息を吐き出し、扉を軽く叩く。

「ローラント事務次官はいらっしゃいますか? セラフィーナです」

 声を張り上げると、すぐに声が返ってきた。

「ああ、入ってくれ」
「……失礼いたします。お呼びと伺い、参上いたしました」

 中に入ると、書類が積み重なった箱が部屋のあちこちに散乱していた。
 執務机も例外ではない。思わず目を背けたくなる光景だ。
 ローラントの姿を探すと、疲れた顔をしたまま窓際に立っていた。

「待っていたよ。ラウラから君の優秀さは聞いている。なんでも皇太子妃になるはずの貴族令嬢だったとか」
「……昔の話ですよ。わたくしは何を手伝えばよろしいですか?」

 セラフィーナの質問にローラントは微笑を浮かべ、部屋の右端を見やった。
 その視線の先を追うと、いくつかの箱がひっくり返り、中に入っていたであろう巻物や紙の束が雪崩を起こしていた。控えめに言って大惨事だ。
 ローラントに視線を戻すと、彼は光を宿していない目で虚空を見つめていた。

「いやはや、風の妖精の悪戯には困ったものだよ」
「……窓から入ってきた風で書類が散乱してしまった、ということでしょうか?」
「まさしくそのとおり。ただでさえ、人手不足で忙しいときに書類の山が総崩れしてしまってね。途方に暮れていたところだ」
「ちなみに、あの一帯はどのような書類があったのでしょうか」
「見積書と発注書、それから稟議書だね。……そうそう、会議の資料も入り乱れてしまったんだったか。まあ、そういうわけだ。君には書類の整理を頼みたい。私も今朝からやっているが、とにかく量が多くてね」

 もはや、初めて会ったときの威圧感はない。
 セラフィーナの前にいるのは現実から目をそらす哀れな男だ。
 よく見れば、目の下の隈の色も濃い。一気に老け込んでしまったような哀愁すら漂っている。人は追い詰められると、ここまで雰囲気が変わるものだろうか。

「失礼ながら……この仕事量ですと、他にも助けを呼んだほうがよいのではありませんか?」
「ラウラから聞いているかもしれないが、今はどの部署も人手不足だ。君は飲み込みも早いうえに応用もできると耳にした。それに日頃から文官の頼み事を引き受けていただろう? 君の丁寧な仕事ぶりは文官たちの間でも評判だよ。他の下級女官に任せるより、早くて正確だとね。数人分の仕事を捌ける君が適任だ」
「……買いかぶりすぎですよ」

 評価してもらえるのは嬉しいが、あいにく自分は父親のような万能ではない。
 できることは限られているし、今は平民寄りに知識も偏っている。
 文官の頼まれ事は平民時代の経験が役立っただけだ。他の女官と差があるとしたら、女官以外の仕事経験の有無だろう。一つの職業を極めたわけではないが、複数の業種で地道に働いてきたことで、多角的な視点を持てるようになった。
 そんなセラフィーナの心情を否定するように、ローラントが頭を振った。

「アールベック侯爵家といえば、凄腕宰相の生家。そのご令嬢ならば、生半可な指導は受けていないだろう。君には期待している」
「…………。ご期待に添えるよう、努めさせていただきます……」

 その答えに希望を見いだしたのか、ローラントは生気を戻した瞳で頷いた。

「手始めにここから作業を頼んでもいいかな。私は急ぎの書類だけ抜き取って、先に処理を済ませねばならない」
「承知しました」

 それから書類の山を新しく作り直しつつ、期日が迫った承認用紙を見つけてはローラントに渡すというループ作業に没頭することになった。
 とっくに日は暮れて、その日の作業は夜遅くまでかかった。
 二人の奮闘を見守っていたのは、東の空から南の空に昇っていく下弦の月だけだった。
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