悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される

仲室日月奈

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第三章

30. 聖地は本屋にこそあり

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(心の準備はできたわ。いざ……出陣のときよ!)

 腹も満たされ、気分は合戦におもむく戦国武将だ。
 今から向かうお店は後回しにしていた、本好きの聖地とも言うべき場所。逆に、ここに行かずしてお忍びツアーは終われない。
 イザベルは気合い十分に声を張り上げた。

「次は本屋よ!」

 しかし、後ろをついてきたリシャールは怪訝な声を出す。

「本屋ですか? それならお取り寄せすればいいのでは……? わざわざ買えば、帰りに荷物になるだけですよ」
「甘いわね、リシャール。わたくしは、ただ本が読みたいわけではないの。本屋に出向くことに意味があるのよ」
「さようでございますか」

 棒読みの声が返ってきたが、イザベルは気にせずに本屋のドアを開く。出迎え用のベルだろうか、上の方から鈴の音が鳴る。

(ああ……想像していたより、ずっといい! お店自体は古そうだけど、昔ながらの雰囲気がすてき……。これは期待できそうね)

 中には書棚が所狭しと置かれ、そのせいか店内は少し薄暗い。店内を淡く照らすのは花の形をしたランプ。壁際に等間隔に配置された光源は頼りなく揺らめき、妖精の森に迷い込んだような錯覚を起こす。
 多少暗いが、背表紙のタイトルはぎりぎり読むことができた。書棚は専門書、文庫、童話などジャンルごとに整理整頓されており、昼どきだからか、店内に他の客はいない。
 列ごとにじっくり眺めながら店内を見回っていると、奥には万年筆やノートなど、文房具が売られているスペースがこぢんまりながら設けられていた。
 入り口の新刊コーナーに戻ってきたイザベルは、律儀にも後ろを付き従うリシャールを手招きした。
 しぶしぶ顔を近づける彼に、実はね、と前置きして小声で説明する。

「とあるルートから、最新刊が午後に並ぶという情報を入手したの」

 極秘事項を伝達するように重々しく言うと、リシャールは薄く息をついた。

「……納得いたしました。ご自身の手で買い求め、早く読みたかったということですね」
「発売日に買うことは、本の続きを待ちきれない者として自然な行動よ。それに、メイドに買いに行かせる時間ロスがもったいないじゃない。新刊を探す途中の新しい本との出会い! 最後の一冊を手に取ったときの安堵感! 無事に買ってから家に帰るまでの高揚感! これらは本屋に直接行かなければ、決して味わえないものなのよ」

 興奮したまま一気に喋ると、軽く酸素不足になった。ふぅーと息を吐いてから、口を開けて酸素を体の中に取り込む。
 一方のリシャールは、眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、静かに問いかける。

「イザベル様は、こちらのお店を利用されたことがあるのですか?」
「? 今日が初めてよ」
「そうですよね。ですが、先ほどの言い方ですと、何度も味わったことがあるように感じました」

 目を細めて訝しげに見つめられ、イザベルは必死に言い訳を探した。

「それは……っ、クラウドからよく話を聞いているからよ。本屋がいかに素晴らしい聖地であるかを。だから、初めてだけど初めてじゃないのよ!」
「初めてだけど、初めてじゃない……?」
「この話はやめましょう。まだ他にも行きたいお店があるの」

 強引に話を切り上げ、イザベルは新刊コーナーから三冊を選ぶ。目当ての本、表紙に惹かれた本、裏表紙に書かれたあらすじを読んで決めた本である。
 カウンターにいるモノクルをつけた老紳士に手渡し、お会計を済ます。
 その間も背後からチクチクと視線が突き刺さっていたが、気づかないフリを突き通す。そのまま、買ったばかりの本が入った紙袋を両手に抱え、そそくさと出入り口のドアに向かう。

(うう、本当はもっと、ゆっくりするつもりだったのに。でも、近いうちにリベンジするんだから……!)

 涙を飲んで、心の中でまだ見ぬ本たちに別れを告げる。
 しかしながら、金色でしゃれた取っ手に伸ばした腕は宙を切った。驚いて目を瞬くと、外から来た客がドアを開けたところだった。
 ちりん、ちりん。涼やかな鈴の音が店内に響き渡る。
 ドアの向こうにいた相手も、その場で突っ立っているイザベルに気がついたらしく一言詫びてきた。

「失礼」
「い、いえ。こちらこそ、ごめんなさい」

 謝罪して横を通り過ぎようとすると、いきなり腕をつかまれる。
 いつもなら無礼だと一刀両断するところだが、今はしがない町娘。ここは穏便に済ませなければならない。

「あの……何か……?」
「その格好はどうしたんだ?」
「え?」

 目深までかぶったシルクハットを脱ぎ、さわやかな青空を彷彿させる天色の髪と、優しそうなダークブラウンの瞳が現れる。
 まさか、とイザベルは半歩足を後ろに引く。背後にいたリシャールも息を飲み、その正体に気づいたようだった。

「僕だよ、イザベル」
「……っ!」

 彼のフロックコートに縫い付けられているのは、透かし彫りのボタン。
 オリヴィル公爵家の紋章である雪の結晶をかたどった意匠は、そうそう出回るものではない。つまり、彼が本人であるという確固たる証拠品だ。

「……ジーク……なのですか?」
「ああ」
「ど……どうしてこちらに? お一人なのですか?」
「取り寄せしていた学術書が届いたと知らせを受けたので、農場の視察帰りに立ち寄ったんだ。従者は外で待っている」

 意識を外に向ければ、少し離れた広い道路に黒いリムジンが見えた。
 ジークフリートは腕を組み、獲物を見つけた狩人のような目がきらりと光らせた。

「さて、今度は僕の質問に答えてもらおう。その服装は一体どうしたんだ?」
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